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アミス伝 ~聖獣使いの少年~  作者: 樹 つかさ
7・魔力の壺
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暗殺者ジャスク

 「こちらの言葉を理解されてますか?」


 口調は穏やかだったが、挑発にしか思えない発言だった。

 そんな女神官ジーブル・フラムの発言に、乱れていた暗殺者ジャスクの心に冷静さが戻った。鋭い目付きで目の前にいる彼女を観察するジャスク。どう見ても特別な力を感じずにただの小娘にしか見えない。だがしかし、その余裕が見受けられる優しげな笑顔が逆にその真意を隠している様だった。攻撃に出れば簡単に倒せるという考えはありながらも、攻撃に出る事を躊躇うジャスク。


 (なんなんだ? この女は……)


 今まで出会ったことのないタイプだった。昼間の観察では簡単な相手だと認識していた相手。そんな相手のなんて事の無い表情に、躊躇う自分に感じる違和感。このままでは駄目だと判断したジャスクは、魔力を展開し自分と相手が入る様に防音の結界を張った。会話により、精神的に押されている現状を打破する為に……


 「見逃してくれるなら、お前の命だけでも見逃してやっても……」

 「お断りします」


 ジーブルからの食い気味の返答に、ジャスクの言葉が詰まる。彼女の表情に変化はない。


 「貴様は状況を正しく理解しているのか?」

 「正しく……ですか?」

 

 首を傾げるジーブル。笑顔から不思議そうな表情に変化しているが、余裕が感じ取れる表情に違いはなかった。それが僅かにジャスクの心に苛立ちを生むが、あくまでも冷静な対応を考える。


 「自分が死ぬかもしれないとは思わないのか?」

 「そうですねぇ……」


 考え込む仕草を見せるジーブルに、ジャスクは一つの可能性を浮かべていた。改めてよく見てみればまだまだ若い神官である。冒険者となってからもそんなに時が経っていないのかもしれない。故に現状を把握する事が出来ていないのかもしれないと……


 「もし殺されたとしても、恨むつもりはありませんわ」

 

 少しの間を置いて返ってきた言葉は少し予想外のものだった。


 「貴方はどうなのかしら?」

 「?」

 「あなたはこの場で死ぬ可能性って考えてるのかしら?」

 「なに?」


 再び笑みを見せるジーブルに、ジャスクの表情は再び曇る。


 「私はある方の命により、貴方が狙っているあの方の命を守らなければならないんです。だから、脅されても引き下がるつもりはありませんし、その為に命を失っても恨み言を言うつもりはありません。

 それで貴方はどうなのかしら? 貴方にはその覚悟が御有りなのかしら?」

 

 そう言い、笑顔のまま首を傾げるジーブルに対して、ジャスクは戸惑いを見せた。

 考えてもいなかった事だったからだ。簡単にやられるつもりもなければ、万が一の状況に備えて逃げる手段も用意してある。だからこそ、自分が死ぬという想定はしてはいないので、その質問に返せる言葉はジャスクには無かった。

 

 (俺を殺せるつもりなのか?)


 強さに絶対的な自信があるわけではなかったが、それでも簡単には殺されない思いがあった。一撃でやられない限りは、逃げる事ができる自身もある。故に、ジャスクには殺されるという想定はないのだ。


 「俺を殺す? お前がか……?」


 相手の出方を伺う為に出した質問。何気なく口に出した言葉だった。それが状況を動かすきっかけになるとも思いもせずに……


 「私がですか……」


 その質問に対して、少し意外そうな表情を見せながらジーブルは考える素振りを見せる。

 ジャスクは、万が一に備えて彼女の動きをじっくりと観察する。万が一の奇襲を受けない為に……


 「そのつもりがないので、引き下がってもらう様にお願いしてるんですけどね。私もできれば同種族の方の命は取りたくないので……」


 (同種族? こいつは気付いていないようだな……)


 ジーブルのその返答は。ジャスクに落ち着きを取り戻させた。


 (ま、どう見ても人間にしか見えないか……)


 暗殺者ジャクスは魔族だった。

 だが、そうだとはバレないようにそう判断できる特徴を隠すような装備に身を包んでいた。そして、身からにじみ出る魔力も隠匿している為、普通の者ならば人間だとしか思えないのは仕方のない事だった。だからこそ、ジーブルが状況を見通せていない事を確信したジャスクは、冷静さを取り戻していったのだ。


 「どうされましか? 引き下がってくれるつもりになられましたか?」


 『馬鹿な女だ』と思いながら、ジャスクは静かに言葉を返そうとしたが、それより先にジーブルの言葉が続けられた。


 「暗殺というお仕事は向いてないようなので、御止めになった方がよろしいですよ」

 「なに?」


 ジーブルの言葉により、一瞬にしてイラつきを超えた怒りがジャスクの心に生まれた。生まれつき強い魔力に恵まれなかった彼が、それでも魔族として馬鹿にされないように選んだのが暗殺者という仕事。隠密能力と索敵能力を鍛え上げて、少ない魔力でも戦える力も身に着けて、暗殺者としてなら生きていけると自身が持てるようになっていた。そんな、努力で手に入れた能力を否定されては流石に冷静さを維持することは難しい。

 殺気の籠った瞳をジーブルに向けるが、そんな彼女は少し寂しそうに小さく溜息をついた。

 先の発言から、彼女が挑発していると感じていたジャスクは、そんな彼女の表情に動きを止める。


 「一つ……、感情を見せすぎです」


 ジーブルが呟いたのは暗殺者に向かないと思った理由。


 「でもそれ以前に技量不足です」


 更に続けられた理由に、ジャスクの目付きが鋭くなる。努力で手にいれた能力を否定されて面白いわけがなく、これ以上、彼女の口から生み出される言葉を聞いているのは我慢できなかった。

 ジャスク自身、冷静さを失っている事を実感はしていたが、それでも、目の前の小娘の命を奪う事は容易くできると判断し、気付かれないように攻撃の準備をし始めた。

 相手に気付かれないように攻撃を行う。

 それは暗殺者としての基本であり、技能不足と言い捨てた相手を気付かれないうちに殺す事こそ、その言葉を否定する手段なのだとジャスクは考えていた。

 殺気を感じさせずに、会話を続けながら攻撃に出るチャンスを伺っていたが、ジーブルが不意についた大きな溜息に一瞬気を抜かれる。再度、気を引き締めようとしたが、


 「そういった所なんですけどね……」


 そう言うジーブルの視線が自分から逸れた事に気付いた事により、彼女が言っている意味をようやく理解するジャスク。視線の先である自身の背後から僅かに感じ取れた気配。目の前のジーブルからの攻撃は無い事を確信、背後へと攻撃意識を移し、背後の敵から間合いを取るように跳びながら攻撃態勢に入る。

 跳びながら振り向いた先には何者も存在していなかった。既に背後から感じ取った気配は移動をしているが、ジャスクは気配の追跡を問題なく出来ていた。そこで彼は相手を罠に嵌めようと考える。相手がそれに気づくかは判らなかったが、僅かに相手を見失った振りをしたのだ。

 

 (かかった!)


 背後からの攻撃の意思を感じ取ったジャスクは、直ぐに用意していた対応に出た。

 様々な状況に備え、それらを素早く判断し実行できるようになるまで訓練してきた。魔力に劣る自分が強者に勝つために行ってきた努力。それが彼の心を支えていたが、その努力が逆に正しい選択肢を選ばせなかったのかもしれない。逃げるという選択肢を……

 捕縛用の魔法具が発動する。背後の広い範囲に広がる魔力の網。攻撃態勢に入っているなら躱せるわけが無い。はずだった……


 「!?」


 魔法具が発動した直後まで感じられていた気配が急に消える。それはジャスクにとって考えられないタイミングだった。それでも直ぐに回避行動の為にその場を離れたのは彼の判断力の速さが成せる業だった。だがしかし、そんな神業とも思えた動きすらも相手は超えて見せた。


 「くっ!」


 気配を感じると同時に右足を捉えた激痛に、ジャスクの思考は僅かな混乱を生み出す。攻撃を仕掛けてきたであろう背後へと意識を視線を向けたがそこには誰も居ない。


 (どこに!?)


 と、再度振り返るとすぐ目の間に立つ人影に驚き、一瞬身体が硬直する。そして、次の瞬間には体を激痛が襲う。

 一瞬、何が起こったか解からなかったが、思考が直ぐに戻り、そして理解する。

 自分が斬られた事を……、そして、それが致命傷だという事を……


 「は、はは……」


 ジャスクは小さく笑ってしまった。

 笑いながら、自分を斬った相手を見つめる。

 目の前に立っているのは、一振りの片手剣を持った女だった。


 (確か、タリサといったか……)


 観察している時に、要注意人物の一人と思っていた女戦士。だが、それは正面から戦った時の話であり、暗殺するのは問題無いと思っていた。だが、その考えは間違っていた事を今は実感している。索敵能力に自信があった自分に気付かれないように背後を取り、素早さに自信があった自分より素早く動き、様々な状況に備えていた自分に対応させなかった。

 体から力が抜けて、ジャスクの膝が折れる。そして、そのまま後ろへと倒れていった。


 「お前の言った通りだな……」

 「?」

 「確かに、俺に暗殺者は向いてなかった……だが、それしか生きる道は……」


 そこでジャスクの言葉は止まった。

 完全に動かなくなった暗殺者をタリサとジーブルは黙って見つめていた。

 タリサ達から見て、名前もこちらを狙う理由もはっきり解からないままの終了であった。


 「何も訊かなくても良かったのですか?」

 

 ジーブルが尋ねたが、タリサは静かに首を横に振ると、


 「裏の仕事を生業にしてる奴は総じて口が堅い。それと……」

 

 タリサは冷静にジャスクの身体を見回す。魔法具に関して詳しいわけではないが、無数の魔法具を身に着けている事は判る事ができた。


 「備えを怠らないタイプの様だったからな……。それを使うチャンスを与えるべきではないと判断した結果だ」


 故に、一切の手加減をせずに命を奪う為の攻撃を行ったタリサだった。


 「なるほど……、タリサさん、随分と慣れているのですね……」


 タリサが元は国に仕える者だった事を教えられていないジーブルは、素直にそんな感想を口にし、タリサも「ああ、そうだな……」と簡単な返答しかしなかった。


 「それより……」


 タリサは横たわるジャスクから目をジーブルに移した。その目付きは、やや鋭く疑いの感情が籠ったものだった。ジーブルも一瞬気圧されたような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻す。


 「貴女は何者?」


 訊ねられたジーブルも予想していた問だった。タリサの予想以上の高い隠密能力によりギリギリまで存在に気付けなかったジーブルには、どこから会話を聞かれていたのか見当も付かない。ある程度の早いうちから会話を聞かれていたのなら、自分がアミス達と出会ったのが偶然ではない事は知られてしまっているだろう。

 そうならば、下手な誤魔化しは返って立場を悪くする。故に、ジーブルには嘘を()くつもりは無い。

全てを話すことは出来ないが、話せる範囲で全てを話すつもりになっていた。

 だからこそ、慌てる気持ちも無く、落ち着いて笑顔という表情を自然に見せる事が出来ているのだ。

 

 (さて、どうなるかしら……?)


 ジーブルはどう話せば良いかじっくりと思案する。流れに身を任せながらも、より良い結果にするために……


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