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アミス伝 ~聖獣使いの少年~  作者: 樹 つかさ
7・魔力の壺
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消える結界

 広い部屋に響き渡ったエルの怒声。


 「呼びましたか?」


 それに対して返ってきた声は、緊張感の無い穏やかなもの。

 その場に居た全員の驚きの視線が声の主に集まっ たが、無数の視線を向けられた本人は特に気にした様子も無く、自分の名前を呼んだエルに笑顔を向けていた。


 「ラ、ラミル……」


 上空にある通路の入口に立っていたのは、エルの相棒である魔導士のラミルだった。

 エルはその名前を叫んではいたが、返事が返ってくる事を期待してはいなかった。

 悪い状況を好転させることが困難な中、不満をぶつける相手として、思わず口から出た名前だった。

 だが、返ってきたその声は、エルの心に一瞬の安らぎを与えたが、それに酔っている余裕は無い。

 気付けば、当然現れたラミルに対して、ウェディックは強い嫌悪感が籠った視線を向けていたからだ。

 せっかくの事態を変えるチャンスをつぶされる訳にはいかないと、エルはラミルに指示を飛ばそうとした。

 だが、それより先にラミルが動きを見せる。

 それはやって欲しくない、やってはいけない行動だった。


 「バカ! やめろ! 降りてくるな!!」


 静止の声は間に合わずに、ラミルは飛び降りる。

 【浮遊】の魔法で落下速度を落とし、エルに向かってゆっくりと……

 エルは言葉を失う。

 ラミルにはそのまま引き返して、この遺跡の結界をどうにかしてもらおうと思っていた。

 エル自身も、どうすればいいかは解からなかったが、ラミルならどうにかできるのではないかと期待していた。

 だが、それはもう叶わない願い。

 魔力弱体化の結界の中で、上空にある通路に再度戻ることなど無理な事だった。

 妨害が無ければ可能かもしれなかったが、ウェディックがそれを許すわけがない。


 「お前まで、結界内に入ってどうする……」


 ただでさえ、疲弊しきって力が入らない身体から、更に力が抜けていくような感覚に襲われていた。

 気付けば、上空のウェディックは笑いを隠せない様子で、抑えきれない愉悦の笑い声がエル達の耳に聞こえてきていた。


 (一瞬焦ったが、なんてことはない。

 ただ、愚かな獲物が迷い込んできただけだ……)


 また予想外の事態になるかと心配したが、状況が変わる事にはなりそうになく、ウェディックは安心していた。


 (まだ、もう一人居ない奴がいるが……)


 魔剣士を名乗っていたヴェルダ・フィライン。

 今、目の前で愚かな行動で自ら罠に嵌りに来た若い魔法使いとは違い、抜かりがなさそうな性格だと思える魔剣士の方がやっかいかもしれないと、ウェディックは思う。

 これ以上、邪魔をされない為に早く決着をつけたいと思いもあるが、回復が完了するのはもう少し時間を要する。

 無理をすれば攻撃はできるが、万が一の攻撃に備えてまずは万全な状態に戻ることを優先させる判断をくだした。

 慎重さがあるからこそ、ここまで予想外の攻撃を防いできたのだから……


 そんなウェディックの考えを他所に、目の前に降り立ち満面の笑みを自分に向ける相棒に対して、エルは大きなため息をつく。

 

 「お前まで……」

 「?」


 右手で頭を抑えてもう一度ため息をつくエルに対して、不思議そうに可愛らしく首を傾げるその少年の姿は、どう見ても少女の顔だった。

 

 「お前まで結界内に入ってしまってどうする……?」


 態々、自ら弱体化の結界内に入ったことを責める相棒に対して、呆れるエル。

 ラミルの魔法に関しての知識の豊富さを知るエルにとって、それは意外な行動であり、彼の失策に思えた。

 彼ならば状況を正しく認識、判断し、結界内に入ってくることは無いだろうと思っていたため、落胆の感情は強かった。


 「やっぱり、この結界は敵さんの仕業ですか?」

 「そんなわかりきったことを……、だからお前に何とかしてもらおうと……」

 「なら大丈夫ですよ」


 ラミルの言葉に対して、エルは驚きの表情を浮かべ、ラミルは満面の笑みで返す。


 「どういうことだ?」

 「大丈夫なんです」


 ラミルは再度そう返すと、右手の人差し指を体の前に出す。

 視線をその人差し指の先に移すと、そこに微力な魔力が集まっている事に気付く。

 だが、それが何の意味を成すのか解からない。

 ウェディックも自身の回復に努めながら訝しげな表情で観察していたが、魔法に関して詳しい彼でも感じ取れる魔力が何を起こすためのものなのか予測が出来なかった。

 ただ、その感じ取れる魔力の小ささに、彼は油断していたのかもしれない。

 そんな小さなもので何ができるのかと、高を括っていた。

 故に、それを止めるという行動は一切取らずに好きにさせてしまう。


 「皆さん、準備しておいてくださいね……」


 と、全員に視線を流してからラミルは指先の魔力を解放させた。

 少しの間を置いて起こった変化に最初に気付いたのはウェディックだった。

 起こった現象は余りにも予想外の事であり、流石のウェディックの心にも一瞬混乱する程の驚きを与えた。


 結界が消え去っていく。

 遺跡の結界も、ウェディックが作り出した結界も……


 「な……?」


 何がどうなって解除されたのか?

 あんな微弱な魔力でどうにかできる結界ではなかったはずなのだ。

 そんな混乱してる中で、突然背後に現れる気配。

 咄嗟に振り返ると、そこには先程まで視界内に居たはずの女戦士の姿があった。

 それに反応できたのも奇跡と言えた。

 それほどの斬撃がウェディックを襲ったが、間一髪のところで躱すことが出来た。

 その攻撃を受けたのが地上であったなら、攻撃を仕掛けたタリサ・ハールマンにしっかりとした足場があれば、追撃により頸を刎ねられていたかもしれない。

 そんな思いがウェディックに今回初めての恐怖を与えた。

 だが、恐怖に支配されたのも一瞬の事。

 すぐさま持ち前の冷静さを取り戻すと、続けての攻撃にもすぐに対応して見せる。

 ラスやリンが放つ攻撃魔法にも、再度跳び上がって攻撃を仕掛けるタリサやサンクローゼの攻撃にも、危なげなく対応して見せた。

 冷静に見れば、タリサが何を足場にして跳んでいたのかしっかりと見える。

 

 (聖獣の力か……)


 一匹の氷の狼が姿を見せ、その氷狼が生み出す氷の銛がウェディックを包むように無数に飛んできており、タリサはその銛を足場にしていたが、冷静に対応すれば恐れる攻撃ではなかった。

 幾ら複数の銛を出したとしても、一直線にしか飛ばないそれでは簡単に動きが予測できるからだ。

 サンクローゼも便乗してその銛を利用する器用さを見せたが、簡単に反撃の魔法を受けて撃ち落されるだけだった。


 (反撃を受けないあの女が異常なのだ……)


 弱体化の結界が無くなったことにより解放されたタリサ・ハールマンの実力に、ウェディックは舌を巻く思いだった。

 もう一人、ウェディックが予想外の強さを感じ取ったのがラス・アラーグェだった。

 強い魔力を待つとは感じ取っていたが、実際に生み出される攻撃魔法は、ウェディックの想像を軽く超えていた。


 「よくも、ここまでのメンバーが……」


 ウェディックが今まで出会った冒険者で最もレベルの高かった者を明らかに超えている者達が何人もいる状況。


 (それでも……)


 まだ、自分が有利であると認識していた。

 現状での戦いを見る限り、その認識に間違いはないだろう。

 タリサやラス達はそれを理解し、このまま攻撃を続けてもしとめる事が出来ないと判断して攻撃の手を止め、それに伴い氷の銛が生み出されなくなり、自ら足場を創り出すことが出来ないサンクローゼも自然に止まることになる。

 戦況が落ち着いた事で、漸くウェディックはラミルに対して問いかける事にした。

 気付けば、エルは腰を降ろして意識を何とか保っている状態であり、そんな彼女の手当てをアミスとジーブルで行っている状況だった。

 だが、ウェディックは判っていた。

 エルの身体の状態は、簡単に回復できるものでは無いという事を……

 どんな強力な回復魔法をもってしても、かなりの時間を必要とするだろう。

 既にウェディックにとって、女剣士エルは戦力外なのだ。


 ふとある可能性を想像し、ウェディックの心に恐怖の感情が湧き上がる。

 弱体化の結界が無いこの状況下で、先程の強大な魔力を使われていたらと……


 (だが……)


 ウェディックはそんな恐怖を振り払った。

 その恐怖を生み出す対象である女剣士エルは既に恐れる相手ではない。

 そう期待してしまうその心の支配されつつあるウェディックは、既に完全な冷静さを持ってはいない事に彼自身気付く事が出来ていなかった。

 もし、冷静さが完全であれば、最も正しい行動を取っているはず。

 今ならば容易く実行できる撤退という選択肢を選んでいるはずのだから……

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