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アミス伝 ~聖獣使いの少年~  作者: 樹 つかさ
7・魔力の壺
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エルの魔力

 「ジーブルはアミスの治療に専念してくれ。

 その間は、私が防御結界を展開する」


 アミス・アルリアが負った傷は、決して軽くはなかった。

 すぐにでもある程度の治療が必要なレベルであり、それが判っているからこそ、レンは少し慌て気味にジーブルへと指示を飛ばした。

 正直言って、レンは他人を守るのが得意なタイプではない。

 基本的に仲間を作らずに一人で依頼を受けてきた影響もあり、自分の身を守る術ばかりを磨いてきたので、範囲型の防御結界には自信が無かった。

 だが、自信がないからと諦める性格でもない。

 現状で最も助かる可能性が高い行動をするだけだった。

 少なくとも、治療魔法よりはまだ防御結界の方ができるレンは、現状ではアミスの傷を治せる可能性があるのはジーブルしかいないと判断したのだ。

 正直、神聖魔法の力の源となる法力をジーブルがどれほど持っているかは、専門外であるレンには判らないが、彼女の防御結界の強さを見る限り、高い法力を持っているとレンは予想していた。

 少なくとも、今この場に居る中では一番高いと……

 本来であればアミスが聖獣≪白翼天女≫の力を使うのが一番であったが、既に意識が朦朧としている彼にそれを求めることは無理があった。


 「だから、言ったんだ……」


 そう呟いたのは、アミスをじっと見つめて何もせずに立ち尽くすエルだった。

 夫々がアミスを守るために動きを見せる中、エルだけは何もせずにいる。

 それまでの冷静に行動を起こしていたのが嘘のような変わりように、レンも驚きと疑念の視線を彼女に向けていた。


 「おい、ぼーっとするな」

 「この戦いのカギを握っていたのが自分だと判っていなかったのか?

 それが判らないよう奴に魔法使いなんて務まりはしない……」


 そう言うエルから感じられるのは怒りより呆れの感情の方が強かった。


 「そんな事言ってる場合では……」


 そんなエルに対して逆に怒りの感情を向けたのはラスだった。

 確かにアミスの行動にも問題があったのはラスにも理解できた。

 だが、身を挺して自分を守ってくれたアミスに対して、蔑むような視線を向ける彼女に怒りの感情を抑えられる自信が無かった。

 だが、ラスが文句の言葉をエルに放つより先に、アミスが言葉を発する。


 「ごめんなさい……」


 アミスの口から出たのは謝罪の言葉。


 「ちゅ……忠告してくれたのに……、また……同じことをして……しまいました……」

 「お前は馬鹿だ……、今回のみ一緒にいるだけの私を庇って深手を負うなんてな」

 「ははは……、返す言葉もないです……」

 「だろうな……」

 

 冷たく感じる視線をアミスに向けているエル。

 その横に立ち、防御結界を展開するレンは、一瞬エルに文句の言葉を発しようとしたが、その瞳から感じるのが冷たさだけじゃない事に気付き、言葉を飲み込んだ。

 それを感じ取ったのはレンだけではなかった。

 故に、誰も口を挟めずにアミスとエルの会話に耳を傾けることしかできなかった。

 ただ一人ウェディックを除いて……

 ウェディックは、二人のやり取りに対して高笑いをあげていた。

 エルが言ったように、ウェディックから見てもこの戦いのキーマンだったアミス・アルリア。

 そんなキーマンが、自ら戦線から脱落してくれた事が楽しくて仕方なかった。

 後は、慎重に油断なく一人ずつ始末するだけだった。

 絶対的な有利な状況が生み出す油断しそうな衝動を抑えながら……


 「で……でも僕には……」

 「アミスさん、無理に喋っては駄目です」


 ジーブルは治癒魔法をアミスにかけながら、アミスの言葉を制しようとした。

 だが、アミスの言葉は止まらない。


 「きっと、あのまま何もせずに……、エルさんが死んでしまったら……」


 苦しそうな表情を浮かべながら、アミスは必死に言葉を続ける。


 「後悔する……、眠れないぐらいに……」

 「やっぱり馬鹿だ……」


 言葉の意味通りにとれば、それは辛辣なもの。

 だが、誰もエルの瞳からは辛辣さを感じることが出来ない。


 「そ、そうですね……」


 アミスの言葉が止まった。

 心配する一同の視線がアミスに集まったが、治療魔法を続けるジーブルが首を横に振りながら、気を失っただけだと告げた。

 ウェディックの攻撃は続く。

 完全にアミスにとどめを刺すことを優先しているのか、アミス周辺に黒い槍や火系の攻撃魔法を続けて放っていく。

 持ち前の高い魔力を活かしたレンの防御魔法がそれを何とか防いでいたが、防御魔法は元々使い慣れていない魔法であるため、レンに効果以上の負荷がかかり、余分に魔法力を消費していた。

 誰の目から見てもこの状況は長くは続かないのは明白だった。

 誰もが諦めかけていた。

 そんな中、エルが防御結界を張るレンの前に出る。


 「!? おい、結界の後ろで体力を回復させてろ」

 「あなたの方が、もう限界でしょ?」

 

 エルのその言葉は正しかった。

 レンもそれが判っており、正直追い込まれている状況であった。

 彼女が思った以上にアミスの傷は深いらしく、ジーブルの治癒魔法で目覚める気配がない。

 どんな苦境も自身の実力で乗り越えていたレンにも、状況を打破する手段が浮かばない。 

 それが表情に出ている事を、ふと実感するレン。

 だが、そんな自分を見るエルが笑みを浮かべている事に気付き、レンは表情は驚きへと変わった。

 

 「私が状況を変えるから、チャンスを流さないで……」

 「な、なにを……?」


 エルはゆっくりと歩き出す。

 再び上空の絶対的優位な位置へと戻っているウェディックに近づくために……

 ウェディックは攻撃の手を止めないまま、エルに対して馬鹿にしたような笑みを向ける。

 するとそれに反応してなのか、エルは同じような笑みを返す。

 咄嗟に眉をひそめるウェディック。

 

 「何を……?」

 「本気を出すことにした……」

 「は?」


 理解に苦しむ言葉だった。

 本気ではなかったと言うのか?

 そんなわけがなかった。

 そんな余裕があるようには見えない。

 どう考えても戯言だった。

 だが、そんな戯言を言う事に意味が感じられない。

 何を企んでいるのか?

 ウェディックは彼女の出方を伺いながらも、アミス達への攻撃を止めない。

 油断をするつもりはなかったが、それでも彼女に今更どうにかできる手段はないと思っていた。

 そんな方法があるなら、既に実行していると思うのは当然の状況だった。

 だが、そんな考えも直ぐに訂正する事となった。

 急速に高まるエルの魔力。

 突然の事にウェディックも驚きが先に立ち、思考が働かずに何も行動を起こせなかった。

 そして、エルの姿が急に消え、ほぼそれと同時に背後から生まれる強大な魔力。

 咄嗟に振り向き、自分に襲い掛かる斬撃を予め準備してあった、魔力の盾で受け流す。

 その自分を襲った者の動きは、ウェディック自身も反応できたのが奇跡と思える早さだった。

 そして、直ぐに次の攻撃に備えて防御結界を強めるが、その防御結界は強大な魔力を帯びた炎によってかき消され、続いて繰り出された斬撃がウェディックの右肩を捉える。

 飛ぶ鮮血が返って混乱しかけたウェディックの頭に思考を呼び込み、出した答えは防御一辺倒になるのは危険というものだった。

 防御主体にしなければならない状況だったが、反撃が無いと思わせては相手の攻撃を止める事はできない。

 その冷静な判断は数度の斬撃で、攻撃を止める事に成功する。

 だが、その攻防でウェディックは予想外のダメージを負う事となった。

 攻撃を中断し地に立ち止まったエルを警戒した面持ちで睨みつけるウェディックは、右腕を斬り落とされていた。

 何が起こったか理解に苦しみながらも、ウェディックは自分でも不思議に思える程、落ち着いていた。

 予想外過ぎるその状況を分析する。


 「体内に、何を宿している……?」

 

 ウェディックのその問いに、エルは笑みを返す。


 「それを知った所で、お前にこの力を防げるとは思えないが、返答は断らせてもらうよ」

 

 エルのその異常というべき魔力は、味方であるレンやラス達でさえ手を出すことが躊躇われるものだった。

 弱体化の結界により力が弱まっている自分達では、足手まといにしかならない。

 そう判断したからこそ、レンはここまでの戦闘で無理をして失った魔法力の回復に努め、ジーブルはアミスの医療に専念する。

 ラスや、タリサ達も無理はせずに、来るか判らないチャンスの為に力を溜めることに集中する中、サンクローゼだけは、攻撃を仕掛ける隙がないか伺いながら、地を動き回っていた。


 「お前も今のうちに傷の手当てをしておけ」


 と、ラスはサンクローゼに言ったが、動きを止めない彼から不思議な力を感じ取っていた。

 それはリンが最初から気になっていた力。

 その力が強まっており、予めリンから聞いていたラスも気にし始める。


 (精霊力……、いや聖獣か?)


 ラスは一瞬、その事を思考しかけるが、今はそれを気にする状況では無いと、ウェディックとエルの戦闘に意識を戻すことにした。

 ラスが意識を戻すと、エルが再度動き出していた。

 エルはウェディックに向かって飛んでいく。

 高位の魔術師であるレンですら、弱体化で魔力の弱った今の状況では制御しきれない【飛行】の魔法を、戦闘に利用できる程のレベルで使いこなしていた。

 それは弱体化の影響のないウェディックですらできない程のものであり、15歳の少女が到達できるレベルのものではなかった。

 だが、驚くより先に生まれる疑問。

 それは何故今まで使ってこなかったのか?

 一人で自分に傷を負わすことが出来るのなら、アミスの支援があるうちに使えば状況が違ったかもしれない。

 だからといって負けるとは思わないが、もう少し苦戦を強いられていたかもしれない。

 再度始まったエルの攻撃をギリギリで捌きながら、ウェディックは考える。

 時折エルの剣がウェディックの身体に傷を与える。

 その素早い動きに慣れてきたウェディックだったが、それでもエルの動きは完全に躱すのは困難な動きであり、反撃の意思は見せながらもそれを実行することができないでいた。

 それでもウェディックは冷静さを失う事はなく、冷静な頭が自分を追い詰めつつあるエルから感じ取れる違和感を強めていく。

 そんな中、ウェディックの頭の中に一つの予測が立ち、それを確かめるために、ウェディックは反撃の意識を消し、完全に防御に徹することにした。

 反撃の気配を消したウェディックに対して、エルは彼から間合いを広げると魔法の詠唱を始める。


 (こ、これは、このままでは防げない……)


 その詠唱が生み出す魔法が何か判ったウェディックも直ぐに詠唱を開始する。

 そして、自分の予測が正しければ、これを防ぐことができれば勝ちが決まるはずだった。

 全力で防御の為に魔力を収束させるウェディックだったが、自分が作り出した防御結界では、エルが放とうとしている魔法を正面から防ぐことが出来ない事は判っていた。

 それほどまでに、魔力の強さに圧倒的な差があるのだ。

 だが、まともに受けなければいいだけだった。

 多少のダメージも覚悟の上で、魔力の強さではなく、魔法技術によりその魔法を耐え抜くつもりでいた。

 既にウェディックの準備は万端であり、エルの魔法の発動を待つだけだった。

 彼女がその身に帯びる魔力はどんどん高まっていく。

 それは、百戦錬磨のウェディックであっても恐怖に背筋が凍りそうな気分になるほどのもの。

 だが、ウェディックは自分の技量に自信を持っており、自分には魔力差を埋める技量があると確信して、その魔力が自分に向かって放たれるのを待つ。


 そして……

 その魔法は放たれた。

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