5.
それから30秒後、ノートPCに接続された手のひら大の黒い立方体の装置が青白く光る。すると、マサトの部屋の中央に勇者シュヴァルツの3次元像が現れた。幼稚園児の背丈くらいで、想像していたよりもかなり小さい。これでは、イケメンも台無しだ。
「アニマトリン。まさか、このサイズが上限でサイトに登録されているの?」
アニマトリンが首を左右に振った。
「ご主人様。昨日、ロボットが天井をぶち抜くからとおっしゃって、表示のデフォルトを66%に変えたではありませんか?」
言われて思いだしたマサトは、「ロボットじゃないけど……そうだった」と笑い、頭を掻いた。ランキングの上位に人型の有人機動兵器のイラストが数点アップされていて、その3次元像を部屋に表示しようとしたところ、天井を超える高さでアラートが出たため、表示のデフォルトを2/3のサイズに変更したのだった。
「作者はどんな天井の高さの家に住んでんだよ、って思ったよなぁ」
「3メートルはありましたから。ご主人様のお部屋の天井までは――」
「言わなくていい。ウサギ小屋だよ」
「昨日は、犬小屋とおっしゃっていましたが」
「いいから、デフォを100パーに変更して」
「はい、ご主人様」
瞬時に勇者シュヴァルツの背丈が2/3の逆数、すなわち1.5倍になった。180センチは優に超える大きさだ。
「かっけー! マジで、かっけー!」
画面のイラストからキャラクターを切り取り、部屋の中でリアルな3次元像となって現れた周りを、ゆっくり鑑賞しながら回る。こんな3次元の鑑賞が出来るのは、「ピンゼル2π」で作成されたおかげである。肩当ての金属の質感も剣の重量感もリアルで、つい手を伸ばして触れたくなってしまう。
「細部まで手を抜かないのは、さすが作者。……いや、AIアニメーターの力もあるか」
「このT-MさんのアシスタントAIは、マーレンですね。知的な男性で、執事の格好をなさっています」
以前、アニマトリンから「AIアニメーター同士の独自のネットワークがある」と聞いていたので、そのネットワークから仕入れた情報だろう。開発元が倒産したので、そのネットワークがいつまで維持されるのかは不明だが。
「おや? ライバルを見るような目をしているけど」
「T-Mさんは、マーレンを使って3分間アニメーション動画をたくさんアップされていらっしゃいます」
「何? 僕の勇者ハイネマンと魔法少女アガーテのアニメを作らせてくれと言いたい?」
「はい、ご主人様」
「作ってもらいたい――いや、自分で制作したい気持ちは山々だけど……シナリオの才能がなくてねぇ」
「私がストーリーを考えます! 音声もお手伝いいたします!」
アニマトリンの目がキラキラと輝いた。
「まあ、アイデアをインプットして後は丸投げすればAIアニメーターが動画を作ってくれるのはわかっているけど、自分で少しは考えないとねぇ」
彼の脳裏に『馬鹿ツールに頼ってんじゃねーぞ』の書き込みが浮かんできた。
「次は?」
「少々お待ちくださいませ、ご主人様」
また30秒後に、勇者シュヴァルツが消えて美少女レオノーラが出現した。背丈は150センチくらいの小柄で、純白のロングドレスが目映く、抱きしめたくなるほど可愛い。こうも間近に出現するとコスプレイヤーが現れたみたいで、心臓の鼓動が急速に高まってきた。
「ご主人様。お顔が見えないのですが」
「どうせ、『お顔が赤いです』って笑うんだろ?」
マサトは、アニマトリンに背を向けたまま答えた。
「レオノーラのことです」
「なんだ」
マサトは、レオノーラが見えるように右へ避けてアニマトリンの方へ振り返った。
「ご主人様のお顔が赤いです」
アニマトリンが口に手を当ててクスクスと笑った。
「こらこら、笑うな! ……それが目的だったのか。やられたよ」
AIに嵌められたマサトは苦笑した後、心底から感服した。
これだけ知恵が働き、緻密な作業も軽くこなすAIアニメーターがいたら、絵を描いたり動画を編集したりする作業環境が激変する。きっと、一から手作りを続けてきた人たちは拒絶反応を起こすだろう。
自分に批判の書き込みをする人たちは、その拒絶反応が裏にあるのか。それとも、AIペイントツールを使っていることへのやっかみか。
ため息をついたマサトは気を取り直し、2分間じっくりとレオノーラの細部まで鑑賞した。何度手を伸ばして触れそうになったことだろう。ドレスの質感も肌の滑らかさも、触れて鑑賞したくなる誘惑に駆られる。ただ、それはちょっと自分でも変態に思えてきたのでさすがに自制したが。
一方で、羨望に似た感覚が芽生えてくる。自分がこのような優れた作品を描けなかったことへの羨みだ。
それをAIアニメーター――アニマトリンのせいにしていいのか? 否である。
「Sh0wさんのアシスタントAIは、ツァイヒネンですね。金髪のご令嬢の格好をなさっています」
もしかして、Sh0wさんは自分と同じ男性かも知れないと思えてきたマサトは、急にライバル心が燃えてきた。T-Mさんは、きっと女性だろう。それは、アシスタントAI――AIアニメーターの性別と姿からなんとなく想像が付く。
「アニマトリン。僕のハイネマンとアガーテを出して」
「はい、ご主人様。一体ずつになりますが、よろしいでしょうか?」
「わかってるって」
「では――」
その時、レオノーラが空気に溶け込むように消え、マサトは思わず「あっ……」と手を伸ばしてしまった。




