とある者が見た婚約破棄現場
息抜きというか、特に何となくどこかの国をぷちっとしたいと思って書いてみた、
久し振りの婚約破棄ざまぁで、流行はもう過ぎたとは思うけれども、どうぞ楽しんでください。
…‥‥どうしようか、この状況。
そう思いながらも、俺はじっとその状況を観察しつつ、何時動くべきか悩んでいた。
「ヘンリエッタ令嬢!!だから婚約破棄をすると言っているだろうが!!」
「いーえまだ無理ですわ、バッカボーン殿下!!国王陛下の了承なしでは出来ないので、準備ができるまではまだ婚約者なのですよー!!」
「いい加減にしてくださいヘンリエッタ様!!殿下をこれ以上縛るのは、ヤメ、」
ぎりぃっ!!
「ぐべぼぅ!?」
「貴女の発言は許してないわよビッツルボーネ嬢!!大体、貴女のせいでもあるのよ!!」
「やめろヘンリエ、」
ぎりぎりぎりぃ!!
「ぐげぇぇぇぇぇ!!」
「‥‥‥何だろう、このコント」
今いるこの国の、第1王子てあるバッカボーンと、その彼に付き添うビッツルボーネという女。
そしてそれらを王太子の婚約者であった公爵令嬢ヘンリエッタが、どこからか取り出した縄でぎっちぎちに縛り上げ、婚約破棄だどうだと叫んでいる光景なのだが‥‥‥こんなの、俺の知っているような婚約破棄現場ではない。
王太子やそのビッツルボーネとか言うやつの取りまきも全員縛られており、その他の俺を含む周囲の人たちは、この状況に呆れたような目を向けつつ、どうしたものかと動けない者ばかり。
うん、その気持ちは非常に分かる。こうなることは既に調査済みゆえに知っていたのだが‥‥‥まさか、ヘンリエッタ令嬢が即・実力行使に出るとは思わなかった。
いやまぁ、あそこまで実力が付いたのは、元々この国の王妃が王妃教育の一環として、夫になるはずであった王太子を守れるようにとして鍛えていたというのもあるのだが…‥‥アレはもう、プロの腕前であろう。捕縛免許というものがあれば、特級である。
そしてここにいる人たちは、先ほどから述べられている国王の登場を待っているだろう。
そう、国王さえいれば、あの婚約破棄現場をどうにかすることができるはずであると、切実に登場を願っているのである。
何しろ今の現場は、このボッツラーク王国中心部にある、貴族専用の学び舎であるダラーク学園の卒業式現場。
ここのOBでもある国王は毎年この卒業式の場にて、未来を担う若者たちへ向けて色々と話をするためにやってくるはずなのだが…‥‥一向に姿を見せない。
まぁ、その原因を俺は知っているけれどね。というか、邪魔しているのは俺だからなぁ‥‥‥
そうこうしているうちに、事態が硬直状態にある中、遂に王太子の方がブチッと切れた。
「ええええい!!もう父上の話とかいらないではないか!!どうせ未来の王になるこのわたしが婚約破棄をすると言えば、良いだけの話であろう!!」
「今、はっきりとおっしゃいましたねバッカボーン殿下!!」
‥‥‥あーあ、やってしまったな。あの王子、その発言はアウトです。
「それがどうしたヘンリエッタ!!そもそも、未来の王を縛り上げて地に伏せさせている時点で、婚約者でもなくなったお前は明かな不敬罪なん、」
ギリギリ!!バギィッツ!!
「ぎげえええええええ!!」
「ああ、ゴメンあそばせ殿下。ついうっかり強めましたわ」
明らかに骨が折れたような音がしたが、ニヤリと笑みを浮かべながらそう告げるヘンリエッタ令嬢。
普段の場であれば、淑女として似合うような笑顔だが、今の状況だと死神顔負けの怖さであろう。
「それで、殿下は今明らかに未来の王になるとおっしゃいましたが‥‥‥変ですわねぇ。殿下の身分はまだ第1王子であり、王太子にはなっていませんよね?弟殿下方もいらっしゃるのに、もう王になったつもりなのかしら?」
「いや、そうなるに間違いないはずだろう!?なぜならばこのわたしが一番優秀なはずで、王太子になるのは間違いないはずだ!!そのわたしをぬいて学年連続トップだったお前は、確実に不正もしているだろう!!」
「そうよそうよ!!そうでないなら殿下がトップでないのはおかし、」
ぎぎぎぎりぃ!!ボギィッツ!
「ぐっげぇぇぇぇぇ!?」
「で、殿下ぁぁぁぁ!?なんで今、殿下の方を締め上げたの!?」
「あ、単純に間違えましたわ。こっちがあなたの方に縛り上げていた縄でしたわね」
ビッツルボーネを締め上げるはずが、さっきから折っていた王子の方を間違えて締め上げたようで、うっかりというようにヘンリエッタ令嬢は別の縄を持つ。
「こっちが、貴女を縛り上げている縄でしたわね」
ぎちぃごぎぃ!!
「ぎええええええええええ!?」
「か、カストンマ様ぁぁぁ!?」
「あら?騎士団長子息様の方でしたわね。でしたらこっちのはずで‥‥‥」
ぎしぎしぃ、ごりぃっ!!
「あんぶれぇならぁ!?」
「ダラッピィ様ぁぁぁぁ!?」
「あらあらぁ?魔導士長子息様の方ですわね。おかしいですわね?」
首を傾げながら、次々と他の縄を引き上げるのだが、どれもがビッツルボーネのものではない。
というか、さっき確実に引けていたので、本当はどれが正解なのか分かっているのだろうが、それなのにわざと明らかに違う者の方を締め上げている。
騎士団長子息、魔導士長子息はもちろん、取りまきの財務大臣子息やビッツルボーネに味方していた御令嬢たちなど、どう考えても明らかに骨が折れたか、粉砕されたかのような音を立てている。
「‥‥‥王子、王子、騎士、魔導士、財務、王子、令嬢、騎士、王子、王子っと…‥‥ランダムでありつつも、主犯の方を重点的に痛めつけているな」
それぞれの悲鳴を巧みに上げさせ、ヘンリエッタ令嬢は演奏をしているようである。
婚約破棄された令嬢とは思えないような、悪役じみた表情で楽器を奏でる様は、まさに地獄の演奏会。アンコールもあれば多分全身粉砕骨折間違いなし。
「‥‥お、ようやくか」
地獄の演奏がこのまま続くのかと思われていたが、どうやらようやく、俺の雇い主の方が到着したようだ。
「ヘンリエッタ令嬢、無事か!?」
「あら、イイトーコド皇子様!」
ごっぎばっぎぅぃ!!
「ぎえええええええええええええええええええええええええ!?」
会場の扉がバァンっと開かれ、国王がようやく到着したかと思った人々が目にしたのは、この国の国王ではなく、隣国のヤッタネン帝国の皇子。
王子の登場に思わずびっくりしたのか縄を勢いよくヘンリエッタ令嬢が引き上げると共に、とどめを刺したかのような音と凄まじい断末魔が響き渡った。
まぁ、何にしてもようやく来たのならばこれで良いだろう。あの様子だと王子全身粉砕骨折だが、命まではまだ別状ないからね。多分。
そう思い、俺はパチッと指を鳴らし、国王を妨害していた魔法を解除した。
するとあっという間に、国王がどたどたと駆けつけ、ようやく会場の惨事の場へ辿り着いた。
「お、おいどうしたこの惨状は!!我がバカ息子がしでかした連絡を受け、一生懸命来たというのに何だこの状況は!?」
国王が混乱したかのように叫ぶのも無理はないだろう。
粉砕骨折見込みの重傷を負った王子たちは失禁し、あぶくを吹き、失神していた。
異臭も少々漂いつつ、嗅がせないようにするためなのか香水を皇子がまき、ヘンリエッタ令嬢の方は淑女の嗜みのようにそっと華麗に礼をする。
「すいません陛下、たった今、この馬鹿殿下たちから婚約破棄を受け、有りもしない冤罪で貶めてこようとして来たので、撃退してしまいましたわ。王子たちを害してしまったので、わたくしはこの国にいることはできません。なので、国外追放を自ら望みますわね」
「そうしてあげてくれ、この国の国王陛下。彼女は今追放された身でありつつ、既にわたしのほうへ移住することが決定しているのだ」
「いやいやいやいや!?ちょっと待ってくれ、まだ状況が飲み込めないのだが!?」
混乱の極みに達する国王。
だが、既に宣言した皇子、令嬢の動きは素早く、言いたいだけ言ったかと思うと瞬時にその場から姿を消した。
後に残されたのは、失禁などしている王子に、事態が飲み込み切れずに放心している国王、そして何よりもその王子とビッツルボーネがやらかした所業を証拠と共につらつらとまとめ上げた報告書類だけであった…‥‥
「…‥‥ふぅ、本当に良いのかいヘンリエッタ令嬢。我が国は完全な実力主義で、実力の無いものはあっという間に蹴落とされてしまうよ」
「ええ、良いのですわイイトーコド皇子様」
会場から離れ、さっさと逃げ帰る馬車の中で、令嬢と皇子がそう談笑しあう。
「で、こんなばかばかしい婚約破棄の計画を手伝わされた報酬はしっかりあるだろうな?」
「ああ、あるよ」
同じく馬車内にいた俺の言葉に、皇子はそう答える。
「悪魔との契約は絶対で破らないようにするからね。すべてしっかりと契約書通りに支払おう」
…‥‥そう、実は俺は悪魔である。
元々別の世界にいたのだが、どういう訳かこの皇子が俺を召喚してしまった。
召喚した原因としては、本当に呼び出せるのかどうか疑問に抱き、好奇心ゆえにやってしまったらしい。
そして王子の方は、出来たら叶えたい願いがあったようで、そのためにも代償を払うというので、互いの思惑を混ぜ合わせ、ひとまずこちらで要求したとある物と引き換えに、願い事を叶えることにしたのである。
その願い事とは…‥‥
「…‥‥この国の没落確定王子との婚約破棄と、成功するまでに出るであろう妨害者を阻止、ついでに流されるままにできるようにちょっと思考誘導の魔法でさっさと終わらせる‥‥‥だったか。全部で3つで、贅沢な願いの使い方だが、これでいいのか?」
「ああ、かまわないさ。ヘンリエッタ令嬢と共になれるからこそ、悪魔とも契約したのさ」
「イイトーコド皇子様、流石ですわね」
…‥‥なお、中々面白いものが見れてもいるので、代償も軽めである。
この皇子の国の国家予算の3分の1の金額だけで済ませているからなぁ。しかもこの二人であれば、将来的にそれ以上の資産を生み出せるだろうし、互にそこまで痛くもないのだ。なお、本来であれば魂もいただくはずなのだが、この二人の魂は綺麗ながらも腹黒すぎるので、少々連れて行きにくく、そこは断念した。
「でも一つ聞いて良いか?」
「なんだ?」
「婚約破棄の了承には国王が必要なのに、なんでわざわざできるだけ遅らせるように妨害させた?」
「ああ、それはあの王子たちにヘンリエッタの技を受けてもらって、少しでも長く苦しんでもらいたかったのさ」
「王妃になるための教育は厳しかったですからね…‥‥そのうっぷん晴らしとしてはちょうどいい贈り物でしたわ」
互いにニコッと笑い、そう答えるが‥‥‥うん、人間こういう腹黒さは怖い。
俺の知り合いのとあるメイドであれば、さらなるヤバさも提供できただろうが、世界が違うゆえに提供せずに済んで良かったかもしれない。
何にしても、契約としてはここまでである。
「さてと、俺はもう帰らせてもらうが、もう他には無いな?」
「勿論さ。彼女とともに国に着いたら、後は国籍を移し、家族を移し、色々と事務作業もこなし、婚約者になってもらう」
「教育は既に受けているので、そのまま持ち越せるのは非常にいいですわね」
なんというか、愛ゆえにここまでできるとは、これはこれで人間凄いな。
‥‥‥そしてその後、ちょっと気になったので10年後に召喚抜きで再び訪れて見たところ、大体予想通りの結末を迎えていた。
ボッツラーク王国はあの後、王子の容態は良くなることなく、不祥事でいろいろやらかし、色々と駄目な部分が露見しまくり、結果として滅んでいた。
まぁ、予想はできていたが…‥‥ここまでの没落ぶりはすさまじすぎる。人間、成しとげる時はものすごく成しとげるというのに、その反対も物凄くやらかすのか。
一方で、あの令嬢と皇子の方は対極的に大成功をおさめ続け、昨年には結婚し、既に子宝に恵まれているらしい。
「本当に、なんでこんなに人間でも差が出るのだろうか‥‥‥」
知り合いの大悪魔が見れば、答えが出るのだろうか。いや、出ないだろう。
あの大悪魔、何かと人間に甘い部分も多いからなぁ‥‥‥人に、いや、悪魔に言えた口ではないが、回答は持ち合わせていないとは思う。
何にしても、悪魔は悪魔であり、人間の事を分かる必要もない。
そう思いつつも、また次の契約がないのか、俺は再び呼ばれるその時を待つだけであった‥‥‥‥
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『登場人物紹介』
・とある悪魔
今回の傍観者兼仕込み役。皇子に召喚され、悪魔らしく魂を要求しようとしたが、面白そうな内容になっていたので変更し、金の方を要求した。契約終了後、得た金は全て宝石に換金し、また別の世界での資金源にしようと検討中。
・ヘンリエッタ令嬢
今回の婚約破棄される、悪役令嬢的な立ち回りをする人物。と言っても、この世界は何処かの乙女ゲームの中でもなく、この令嬢も転生者ではない、ただの「肉体言語=解決手段至上主義」な人物。ヤッタネン帝国へ国籍を移し、イイトーコド皇子の妻となる。その後、その多彩な才能を生かして国の発展を寄与し、多くの功績を残して大往生する。
・イイトーコド皇子
帝国の皇子でありつつ、今回の元凶(その1)。悪魔を興味半分で召喚して成功したのち、当時から聞いていたヘンリエッタ令嬢に興味を持ち、色々と画策した結果彼女を手に入れることに成功する。人を見る目は確かだったようで、国の発展に寄与しつつも影の為政者に徹したようで、妻程名を残すことはしなかったのだが、それでも死後は悪魔の取り計らいで来世も妻と一緒に転生して夫婦になることが約束された。
・バッカボーン殿下
ボッツラーク王国の王子ではあるが、王太子ではない。その他にも王子が存在しており、「王太子になる宣言をした=他の王子たちを暗殺する」が確定すると言われるほどの愚物。国王としては令嬢に支えてもらってどうにかしたかった思惑があったようだが、この殿下自身のせいですべてがパァ。有能な者たちが全て見限ってしまい、結果として大没落を招く。
・ビッツルボーネ嬢
男爵家の娘であり、今回の元凶(その2)。実は転生者でありつつ、この世界を乙女ゲームで自身をヒロインと勘違いしていた、頭がお花畑な大馬鹿者。うまくいかないことがあった時にヘンリエッタ令嬢を悪役令嬢だと思い込み、色々と手回しをして冤罪を被せ断罪を決定。だがしかし、逆にこの騒動のせいですべての愚かな行動が明るみになってしまい、殿下共々大没落の道を歩んでしまった。
・騎士団長子息、魔導士長子息、財務大臣子息、その他取りまき
よくある将来の臣下となる取りまきたちABCなど。今回の件のせいで全員やらかしたので、没落決定。ただし、途中で自分の罪に気が付いて改心して再び返り咲いた者もいた模様。
・国王
ボッツラーク王国の国王にして、今回の元凶(その3)。全部の息子たちが大事であったが、特にひどかったバッカボーンをどうにかしたいと思い、親心で良縁を捜して、ヘンリエッタ令嬢に巡り合い、彼女を婚約者とした。だが、それは望む者ではなかったようで、逃したくなかったので無理やり王権を使って仕立て上げたので、この国の没落を招く原因にもなった。騒動後、一切不毛となったので大人しく隠居しつつ、最後まで王という立場であった自負を忘れずに、共に没落の道を歩むことにした。
‥‥‥なお、この悪魔に関しては自身の作品に出る悪魔とはまた違った者の模様。
知り合いらしいけれども、そちらの方がより一層こういうことに巻き込まれやすい。