俳優になったきっかけ
俺、久能市 耕夫が俳優をやるきっかけになったのは、とても浅い理由がある。
テレビでよく天然物の魚とかをみると食べたくなる。これと同じようなものである。
幼少期の俺は、テレビに映る忍者を本物と思い何度も時代劇を観ていた。
そんな幼少時代の時である。いつものように権力を振りかざして世直しをする時代劇を観ている時だった。ふと母さんから声を掛けられた。
「ねぇ、耕夫」
「ん?何?」
「いつも時代劇観てるけど好きなの?」
「うん!このくノ一が好き!」
「良かったわぁ、今からこのくノ一のおねえちゃんに会えるかもしれなわよ」
母さんは、俺の好きな時代劇の子役募集のチラシをみせた。何でも一話限りの登場で、地方の権力者の圧政に苦しむ村の子どもの役で、主役の各地を旅する国の権力者の親族に偉い人と知らずに恩を売り、村の状態を教えるという動きをするみたいだ。
「耕夫、あんたは顔もいいし、物覚えもいいし、なんたって昔女優(を目指していた)ママの血が入っているのだからいいところまでいけるんじゃないかしら」
「よくわからないけど、くノ一のおねえちゃんに会えるなら頑張る!」
あの時の俺はテレビのくノ一が本物だと思っていたので、自称女優の母さんの熱血教育を受けた。
3日後
「耕夫…もうあなたに教えることないわ…やはりあなたは天才だったわ…自信を持って子役の募集を受けなさい!応募はしといたから!」
いつも母さんの言葉を鵜吞みにする俺でも、ちゃんとした専門の学校や先生に教えて貰っているわけでもないのだから流石にこんな付け焼刃の稽古で受かると思うほど現実が甘くないと思っている。
子役の審査会場では色んな子がいて、自信に溢れている子どもにキツイことを言われ今にも泣きそうな子ども…ん?俺?審査員にくノ一のおねえちゃんがいて満足している勢だよ。
生のくノ一のおねえちゃんに満足だが、服がくノ一の服じゃなくて普通の洋服なのが残念だ。
ここに来てもしかしてあのくノ一のおねえちゃんは本物じゃないのではないかという可能性に気付き始めたが、そんなこと考え始めている間に俺のアピールタイムがやってきた。
母さんの「頑張ればくノ一のおねえちゃんに褒められるよ」につられて全力でやった。
「君、文句なしの合格!まさかこんな金の卵がいたなんて!」
マジかよ…。受かっちまったよ…。
本番では、俺の演技はNGなしで一発でOKだった。
そしてあまりにも上手いことからシナリオを変更し、レギュラーメンバーになっていた。
ここからが、俺の役者デビューだった。
役はしっかり者の子どもという役でうっかりな仲間を叱ったりするシーンや誘拐されて怖くても泣かないシーンが多かった。
舞台裏では、うっかりなくノ一のおねえちゃんを注意することが多かった。そしてくノ一が実際しないことに気付いてしまったのであった。ちなみにくノ一のおねえちゃんこと猿飛 アヤメさんは歳は俺とは4歳ほど離れている。元は雑技団員でそこからプロデューサーの知り合いから推薦されて、くノ一役をやっているらしい。忍者のような動きも雑技団での技らしい。
最初はおねえちゃんぶっていたが、アヤメさんはやたらと演技が下手でセリフも忘れるのでキャラが無口なくノ一みたい感じになってくらいである。
よく監督からも
「アヤメ!またセリフ飛ばしやがって!飛ぶのはジャンプだけでええんや!」
とよくお叱りを受けていた。
「ええーん、耕夫ちゃん慰めて!」
「ハイハイ、アヤメさん…。次は気を付けましょうね。あと、セリフを噛んでましたよ。カメラを意識し過ぎていましたし、演技もどこかぎこちなかったような…あとは」
「耕夫ちゃん!追い打ちやめて!」
「いいぞ耕夫、もっと言ってやれ」
「「「ハハハハハ」」」
いつもこんな感じだった。
時が過ぎれば、シーズンが終わればいつものメンバーは解散になるが俺はよく継続だった。アヤメさんは俺ほどではないが、継続になることがあった。この仕事以外にも合うことが多く、パパラッチくらったことがあった。
「耕夫ちゃん!高校進学おめでとう!これお祝ね!」
「アヤメさん、ありがとうございます。…これアヤメさんのグラビア本じゃないですか」
「ふふーん、今回はグアムでの撮影で色んな水着を着たのよ…って何観ずに片付けているのよ」
「後でみまーす(棒読み)」
「絶対観る気ないでしょ!これだからくノ一オタクは!」
「で、何か用ですか?」
「え?だから進学のお祝いを…」
「知ってます?アヤメさんって嘘をついてる時は瞬きがいつもより多くなるんですよ」
「え!?嘘!?本当なの!?」
「嘘ですよ」
「耕夫ちゃん!おねえちゃんをからかうものじゃありません!」
「で、本当は?」
「耕夫様、どうか大学のレポート助けてください…単位が危ないんです」
この人は何と予想通りな人なのだろうか…。きっとグラビア撮影でグアムとかに行った影響だろう。
俺は鞄からUSBを取り出した。
「だろうと思いましたよ。アヤメさんの大学用のレポートの下書きが入ったUSBがここにあります。また、そのまま提出されたら大変になりますよ」
「流石!耕えもん!何でもできる超人!よっ天才!イケメン!愛してる~!」
前に俺の書いたレポートをそのまま出して、大変なことになったそうだ。
教授から「お前誰から盗んだ」と散々聞かれたそうだ。
「これで何となるわ!あれっ!?えっ!?」
俺は彼女が受け取ろうとしたUSBを持ち上げた。
「耕夫ちゃん…何で意地悪するの?」
「アヤメさん、俺はタダでこれは渡せません。わかってますよね(ニヤリ)」
「くっ、最初からそれが狙いなのね!」
「くくく、物分かり良くなったではないか。あと、今の演技を活かせると監督から怒られる回数減ると思うよ」
「やめてぇ!みんな耕夫ちゃんみたいな超人じゃないのよ!」
「で、どうする?受け取るのか受け取らないのか。好きな方を選べ」
「くっ、覚えていなさいよ!」
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「ニンニン!耕夫様!お茶を淹れて参りました!」
そこには、なんとペットボトルのお茶を紙コップに注ぐくノ一の姿が!?
「うむ、流石だアヤメ!報酬のUSBだ」
「ありがたき幸せ」
「うむ、このまま一月頼むぞ」
これはこれで楽しいんだけど、本物のくノ一に会いたいな。
この間の忍者の子孫ってのは外れだったなぁ…。
「耕夫ちゃん、一月は長くないかしら」
「たまにくノ一の衣装を着てくれるなら1週間でいいよ」
「このくノ一衣装って昔思い出すのよね」
「何言ってるんですか?この間の時代劇でも着てたんじゃないですか?」
「ああ、時代劇じゃなくてね…ううん、何でもないわ」
「?コスプレでもやってたんですか?」
「だ・か・ら、何でもないで御座るヨ!ニンニン!では次の仕事がある故に失礼!
煙遁 けむり玉の術」
ドロンッ
煙と共にアヤメさんは消えていった。
「アヤメさん、やっぱりなんだかんだでくノ一の実技系の演技は上手いんだよな」
ああ、本物のくノ一に会いてぇな。