9
そろそろ買出しに行かねば。
食材を確認すると、さすがに底をつきそうである。よくよく思い出せば、ここに来てから、庭以外の外に一度も出ていない。
まぁ、それだけやること(とにかく掃除)があるってことなんだけどね。
という事で、今日は街まで買出しです!
「おはようございます。いつものように食事は用意してあります。今日は街まで買出しに行ってきますので。それでは、失礼します」
「・・・」
相変わらず返事はないが、セイラは頭を下げて、その場を後にした。
ここでの生活費はシルビィーから貰ってきたので、彼から出してもらう必要はない。慎ましく生きる庶民の一年分ぐらいの生活費だったので、緊張しながら受け取ったのは記憶に新しい。
私の為に預かったお金じゃないから、どんな金額であっても受け取らないわけにはいかなかったとはいえ、ここの主には、こんなに多くの生活費は必要ないのではと、ふと思った。
でもどうせなら、彼には、衣食住にも興味を持ってもらいたいものだ。
たまには甘いお菓子でも作ろうかしら。彼は甘い物は好きかしら?
そんなことを思いながら、セイラはウキウキと家を後にした。
「いらっしゃいっ、そこのお嬢さん、新鮮な野菜はどうだい?」
「こっちは貝に魚に海の幸が一杯あるよっ」
商売人の威勢のいい声が飛び交っている。
近くの町は特別大きいわけではないが、とても賑やかだった。飛ばされてきたので分からないが、言葉も通じるし、お金も一緒だから、国内であることは間違いない。
この町は首都キダンとは違って、どこか下町っぽい雰囲気だ。
キダンのおしゃれな雰囲気も憧れるが、庶民の自分には、ここの空気のほうがよっぽど合っていると思った。
それにしても、疲れた。
今、ようやく町についたところだ。買い物は今からだっていうのに、太陽は傾きはじめている。
もう間もなくすれば、町には、夕飯の買出しに女たちが集まり、市場は更に活気付くだろう。
鬱蒼とした森の中の、少し高台に家は建っている。
だから森を下っていけば町があるのは見えていた。
そんなに遠くないだろうと、家のことを済ませて、彼の昼食の用意をして、それでも早めに出てきたのだが、森を抜けるのに相当時間をとられたのだ。
この森はめったに誰も踏み入らない地なのだろうか。道といえば、獣道しかなかった。その僅かに道だと思える、とてつもなく歩きにくい道を、帰りのことも考えて、少しでも舗装しようと邪魔な草を踏み分けてなんとか町までついたのだ。
足や腕は、いつのまにやらすり傷だらけである。
しかし久しぶりの人々の活気に、ワクワクしながら町を散策しはじめた。
「いらっしゃいっ、お嬢さん見かけない顔だね」
「えぇ、この町に来たばっかりなんです」
色とりどりの野菜や果物が並ぶテントの前に足を止めると、恰幅の良いおばさんが話しかけてくれた。
「やっぱりそうかい。そんな美人さん一度見たら忘れないと思ってたんだよ」
「いやいや滅相もないです!」
明るいおばさんにおだてられて、苦笑いをしながらも、さっそく野菜を手にしてしまう。
「小さい町だからね。あんたみたいな美人がいればすぐ噂になっちまうよ。みぃ~んなあんたのこと見てたよ」
「そんな煽てないでくださいよ。もぅ、持ちきれないぐらいお野菜買っちゃいそうじゃないですか」
あまりにも褒め上手なおばさんに、少々顔を赤らめてしまった。
「あははっ、本当のこと言っただけなのにね。あんた可愛いしおもしろいっ!よしっ、今日はサービスだから、いっぱい持っていきなっ」
おばさんはそう言って、たくさんの野菜をセイラの籠の中に詰めだした。
「えっ、こんなにいっぱい買えませんよ!」
セイラは慌てて返そうとするが、おばさんはサービスサービスと繰り返しお構いなしだ。
気づけば当初予定していたよりも倍の量を、半分の金額で買うことができていた。
「ありがとうございました。」
「いいのよ、これからもご贔屓ね」
「はいっ、もちろんです。また来ますね。」
溢れんばかりの野菜たちをよろよろと持ち、セイラは笑顔で挨拶をしお店を後にした。
それからも、なんだかとてつもなく気前の良い町は、肉だ魚だ卵だと、両手一杯になるまでセイラにサービスをしてくれた。
ふぅ~、買った…、というか、貰った?
それに、久しぶりに、いっぱい会話をしたわ。
一通り買い物が終わって、大量の食材と一緒に並び、公園のベンチでお茶を飲んでいた。
早く帰らないといけないのは分かっていても、この荷物を持って帰るには、力を溜める必要があったのだ。そうして一心地ついた時には、太陽はだいぶ西の空に傾いていた。
かれこれ3時間ほど町にいたようだ。
昼間は暑いが夕方になるとだいぶ涼しくなってくる。季節はもう秋である。
火照った肌に、涼しい風が心地よい。夏に比べると日も短くなった。
よし、体も休まったし、急いで帰らなくちゃね。
自分の家はあの鬱蒼とした森の中。
森の中はすでに暗くなりはじめているだろう。
あの獣道を真っ暗の中歩くと考えただけで、恐ろしい。
セイラは、よしっと気合をいれて荷物を持ち上げ、町を後にした。