51
戦いからは何も生まれない。
ただ、悲しみが積もるだけ。
だから、これ以上二人に傷ついてほしくない。
心も、身体も…。
「落ち着いたかい?」
「はい…、取り乱してすみませんでした」
疲れたようにため息をつけば、シルビィーはそっとセイラの頭を撫でてくれた。
「レイの過去を知ったみたいだね?」
シルビィーは椅子からベッドに座りなおし、セイラの顔が正面から見える位置に移動した。
「はい、ロッサに聞きました。5年前の戦争のことと、その…、“血染めの術師”って呼ばれているって」
そこまで口にすると、ギッと唇を噛みしめ苦い顔になり、祈るかのように両手をギュッと組み、俯いてしまう。
「本当、なんですか?」
そして、意を決して顔をあげシルビィーを見つめた。
海のような紺碧の瞳は、戸惑いに揺れたように見えた。
しかし、それも一瞬で。
「僕とレイが15の時だ。初陣であの戦争に行ったんだ。簡潔に言えば、あの炎を出現させ、全てを焼き尽くしたのは、間違いなくレイだ」
やっぱり、本当だったんだ。
「そうですか…」
それだけ呟くと、言葉を続けることができなかった。
「僕もレイも、たくさんの人を殺した。戦争だから当然なんだけど、僕らはたくさんの命を奪った。奪った…、ううん、違うね。やっぱり、殺したんだ。」
シルビィーは自嘲するように笑った。
その声は、まっすぐで。
その瞳は、苦しみの色が見え隠れして。
切なかった。
「セイラちゃんの家族も、直接的にじゃないけど、僕たちが殺したみたいだね。怖い、かい?」
あぁ、なんて人だろう。
自分の言葉で、自分を傷つけて。
更には、私にまで自分を傷つけさせようとしている。
「怖い、です」
セイラはシルビィーから視線を外したまま、ポツリと呟く。
「そうだよね、ごめ「戦争はっ…」
「戦争は怖い、です。誰も幸せにならない。たくさんの命が奪われて、たくさんの命を奪って。そんなことしても、誰も嬉しくない。幸せになんてなれない」
自分から傷つけさせるような言葉を言わせておいて、それに本当に傷ついて。
それでもそれを受け入れ、謝罪するシルビィーの言葉を遮って、セイラはしっかりとシルビィーを見つめた。
強くて。
優しい。
カナシイ、人…。
「シルビィーさんも分かっているんでしょ?だから、5年前からこの国では戦争はない。それはシルビィーさんが国を治める立場にある者として頑張っているからでしょ?二度と戦争が起きないように。
シルビィーさんは怖くありません。戦争の恐怖と虚しさを知っている人だから。たくさんの命を奪ったことを忘れてなんて、言いません。
でも、
過去に囚われて、自分を責め続けるのは止めてください。シルビィーさんがあれから進んで来た今の道は、絶対間違っていないから、もう自分を責めないでください」
どうか、伝わってほしい。
拙い言葉しか出てこなくてもどかしいけど。
これ以上過去に囚われて、自分を責めないで。
「シルビィーさんが、幸せな未来を夢見てください。そして、実現させてください」
一瞬、目の前が真っ白になったかと思うと、身体が温かさに包まれた。
シルビィーに抱きしめられたのだ。
突然のことに驚いて固まっていると、耳元に小さな声が聞こえた。
「…もう少しだけ、このままでいさせて」
その声も、抱きしめる腕も、震えている。
セイラの肩に乗せられた重さからは、じんわりと、温かい冷たさが広がる。
セイラは何も答えず、その震える身体を包み込むように抱きしめた。
強くて、優しい人だから。
抱え込むものが多すぎて。
それが溢れそうになったら、一番最初に、自分のモノから捨ててしまうんだろう。
それなら、私が拾いましょう。
だって、あなたは十分に頑張っているじゃない。
私は、この5年間、戦争の恐怖はなかったわ。
だから、もう、傷つかないで。
あなたは何も失くす必要はない。
ただ、まっすぐに、進んでください。
それが、みんなの幸せな未来への道だから。
「フフッ、ごめんね。セイラちゃんが、セイラちゃんでよかったよ」
しばらくして落ち着いたのか、シルビィーはゆっくりとセイラから離れた。
その表情はどこか吹っ切れたように晴々として見えて、セイラも嬉しかった。
でも、私が私でよかったって?
小首を傾げていると、シルビィーはセイラの首にネックレスをかけた。
「これ、返すね」
世界中に存在する、
彩という彩。
光という光。
闇という闇。
それを一つにまとめたような、不思議なネックレス。
私の、一番大切なモノ。
そっと手を触れて、久しぶりの感触を確かめた。