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・・・ここっ、ですか?!
思わず、二度見して。
更には、辺りを見渡した。
目の前には一軒のボロ屋。いや、ボロ屋というのは失礼かもしれない。
ただ手入れのされていない、大きな屋敷。
鬱蒼とした森のなかに、忽然とその家は存在しているのだった。
事の始まりは…
「じゃあ、メイドさんでもやるかい?」
セイラは人質(物質?)を取られたうえ、脅迫されるような(シルビィー曰くお願い)形で、3ヶ月の滞在を余儀なくされている。
しかし、3ヶ月。
暇なのである。
報酬も得られるというので働く必要はなかったが、それでもお客様としてここにいるのはどうにも居心地が悪すぎた。
セイラはその環境に2日で根を上げて、街で働かせてくれとお願いしたのだ。
それに返ってきた言葉が、"メイドさんやってみる?"だったのである。
別にメイドでもなんでもいい。何もせずにここで自堕落に過ごし、シルビィーのクロい微笑みと向き合うよりはと、一にも二にもなく頷いた。
しかしここの城のメイドは足りているということで、別宅の方に行くことが決まったのだ。
別宅と言ってもまさかこんな城から離れた森の中とは思わなかった。
歩いて行ける程度の距離と勝手に考えていたので、魔石装置で飛ばされると知った時には戸惑ってしまった。というか、一瞬で場所の移動ができる装置があるなんて、知らなかった…。
「えっ、近くじゃないんですか?」
移動用の魔石装置をいじっているシルビィーに思わず詰め寄ってしまう。
「詳しい場所は言えないんだけど、魔力で飛ばすから大丈夫だよ」
いえ、道が分からないとかそんなことじゃなくて。人を簡単に疑うものではないとは思うけど。
最初からネックレスを奪う為の策略だったのでは…。
なんて、あり得る…。
いや、でもこのネックレスを奪うのにそこまでする必要があるかしら?
本当に返してくれるの?
セイラの表情は、不信感と不安感でどんどん曇っていった。
「僕の事、疑ってるでしょ?」
「えっ、いやっ…、はい…」
シルビィーは悪戯っぽい表情でセイラの心の中を読んだように言った。
最初は失礼かとごまかそうとしたが、素直に返事をした。
「君は、とてもいい子だね」
セイラの返事にシルビィーは満足したように優しく微笑んだ。
その微笑はいつものクロさを含んでいない、自然なもののように感じてしまう。
なぜ急にシルビィーがそんな事を言うのかが分からなかった。
「うん、そう思っても当然だよね。でも、信じて欲しい。3ヶ月、別宅に行ってくれるだけでいいんだ。3ヶ月したら、ネックレスを返して報酬を支払う。僕もちょくちょく顔を出すし、別宅が嫌になったらそこの主に言えばいいよ。主は術師だからすぐに君をこの城に返してくれる。それでも嫌かい?」
僅かな時間しか共にしていないが、今ほど真剣なシルビィーを見たのは初めてだ。
もしかしたら、ネックレスよりも別宅に行かせることが目的なのかしら?
もしそれが目的なら、3ヶ月終わればネックレスは無事に返してくれるだろう。
セイラは、いまだシルビィーへの不信感を募らせていたが、自分の中で無理やりそう納得させた。
きっと尋ねても答えてくれないだろうし。
「正直言って、シルビィーさんが何を考えているか分かりませんが…、シルビィーさんを信じます。3ヶ月は別宅で一生懸命働いてきます。だから、約束守ってくださいね」
これは自分で決めたこと。
無理やり強要されたわけじゃない。
セイラはシルビィーをまっすぐ見据えて、穏やかに微笑んだ。
「ありがとう。じゃあ、いってらっしゃい」
その言葉とともに、シルビィーはセイラを飛ばした。
って、飛ばす前に心の準備とかさぁ!
なんて経緯で、きっとここが勤務地である別宅、だろう。
足元に目をやるとは、セイラの荷物も飛ばされてきていた。
なんて、用意周到な人なんだ…。
呆れた気分を振り払うように、大きく深呼吸して気分を持ち直した。
とりあえず、扉をノックする前に屋敷のまわりを確認してみる。
それにしても、本当に人が住んでるのかしら?
見渡しても鬱蒼とした森と屋敷以外何もない。
周りを見れば見るほど、シルビィーに対する疑いが深まってしまった。
いやいや、信じようと決めたんだし!
ブンブンと頭を左右に振って、その疑いを吹き飛ばした。