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「姉貴は、術師としては最弱のレベル1だった。そのくせに、レイチェル・セターの為に一緒に戦争に行ったんだ」
ロッサは、セイラを自分の胸に閉じ込めたまま静かに話し出した。
セイラは、その静かな声とは裏腹に、ロッサの鼓動が早くなっていくのに気づいた。
「姉貴がどんな風に死んだかは誰も知らない。戦争だし、みんな自分の事で精一杯だからな。ただ、“死んだ”って事と“遺体は無い”って事だけ、みんな口を揃えて言うんだ」
「あの炎で、燃えてしまったのね…」
セイラの呟きに、ロッサの心臓が更に大きく鼓動した。
一瞬にして全てを焼き尽くした炎。
その一瞬に巻き込まれなかった人々は、目の前の出来事に呆然とするしか出来なかった。
ただただ、塵のように燃えゆく物、家、そして、人を…。
眼に強制的に焼き付けられ、抗うことも出来ず、立ち尽くすだけ。
私もその一人だった。
「あの炎を作り出したのは、レイチェル・セターだ」
「レイ、が…?」
「そうだ。あいつが…、あいつがやったんだっ」
ドクンッ
その強く厳しい言葉に、セイラの身体に震えが走った。
「あいつが殺したんだっ、あんなに心配してついていった姉貴もっ、兵士もっ、術師もっ、なんの関係もない人もっ。セイラの家族もっ!みんな、みんなあいつが燃やしたんだっ!!」
「止めてっ!!」
「許さないっ、俺はあいつを殺すっ。絶対に許さないっ、絶対に殺すっ!!」、
「ロッサっ!!」
ロッサは我を忘れたように、何度も”殺す”と繰り返す。
強い呪いのような言葉に、セイラの心も、過去の闇へと引きずられていく。
レイが、あれをやったの?
私の家族を殺したのも、レイって事になるの?
そう思った瞬間、虚無感に襲われた。
レイが?
あの、レイ、が…?
・・・ダメっ
セイラは自分を叱咤した。
もしそれが、事実でも。
私は…っ!
「ロッサっ、お願いっ、落ち着いてっ」
興奮したロッサは、セイラを力の限りで締め付けるように抱きしめている。
あまりの痛さに思わず顔を顰めてた。
きっとロッサは、憎しみを支えにして、今まで生きてきたんだ。
そうでもしないと、寂しさで、死にたくなってしまうから。
命の尊さを知っているから、自分から死ぬことはできないのに。
なのに、生きていても、もう二度と、幸せになれない気がしたから。
憎しみが消えたら、きっと、寂しさや、苦しみから解放されると思って。
それは、あまりにもまっすぐすぎて。
切なくなる。
けど、違うよロッサ。
セイラは、息苦しさに意識が薄れそうになりながらも、ロッサの身体に腕を回した。
「お願いロッサ。大丈夫だから落ち着いて」
「殺すっ、絶対にっ」
「ロッサ、大丈夫だよ。大丈夫だから」
「許さない、許さないっ」
「ロッサっ!」
セイラは、なんとかロッサの拘束から抜け出した。
話を、しなければ。
きちんと、瞳をみて、悲しみを受け止めて。
セイラは、両手でロッサの顔を包み込んだ。
「ロッサ、大丈夫だよ」
セイラの土色の瞳が、ロッサの琥珀の瞳を捉えた。
まっすぐに、力強いセイラの瞳に見据えられて、ロッサの驚いたように瞬きをした。
「セイラ…」
「辛かったね、寂しかったよね」
セイラの言葉に、ロッサの身体がビクリと揺れた。
「お姉さん居なくなって、一人ぼっちになって、寂しかったね」
ロッサは、苦しそうにセイラから視線を外した。
「私も、寂しかったよ、突然一人になって、何も分からなくって。何にも見えなかった…」
気づいた時には、あのネックレスだけ握り締めて、孤児院の前だった。
セイラの搾り出すような声に、ロッサは何も言わず、さきほどとは違って、そっとセイラの背に腕を回した。
まるで、全ての悲しみから、かばうかのように。
「ロッサは幸せになる為に、憎しみを支えにしてるんだよね」
「別に幸せになる為じゃない。けど、憎むことを止めたら、生きている理由がみつからない」
「私も支えがある。けど、今ね、それを手離す為に旅をしているの」
そう、私をずっと支えてくれたネックレス。
あの時。
これをくれた人がいた。
一緒になって、燃えて、跡形もない家族を探してくれた。
熱くなった土や瓦礫を掘り返し、手が焼けた。
爛れるような熱い熱風で、髪が焦げた。
それでも、
私が、“死”を認めるまで。
ずっと、一緒に探してくれた人がいた。
顔も覚えていない。
けど、これを返して。
お礼を言おうと決めたんだ。
そしたらもう大丈夫だって。
自分で幸せを作っていけるって。
そう信じて、私は旅を始めた。
「支えがあるのは自信になる。けどその過去の支えに囚われるだけなら、前には進めないと思うの。
ねぇロッサ。気づいているんでしょ。レイを殺したって何も変わらないこと。だから、怖いんだよ、ね」
「・・・・っ」
「私も支えを手放して、本当に大丈夫なのか怖いわ。けど今のままじゃ嫌なの」
「あいつを殺しても、何も終わらない。殺してしまえば、生きる理由すら失ってしまう。けど、憎しみだけで生きていくのも、もう嫌だ…」
「そうね、そうだよね。だから、頑張ろう?私も一緒に頑張るから。二度と大切なものを失くさないように頑張るから。一人じゃないよ。ロッサは、一人じゃない。大丈夫だよ」
外されていたロッサの視線は、セイラにゆっくりと戻される。
その瞳には、不安と、戸惑いと。
小さな光が見える。
「一人じゃない。大丈夫」
セイラはしっかりとロッサをみつめて、ふんわりと微笑んだ。
「セイラ…っ、セイラっ」
その微笑に、ロッサは心が温かくなっていくのを感じた。
自然と涙が溢れ、頬を辿って、やさしく添えられたセイラの手をつたっていく。
それでもその涙を拭うことなく。
セイラは精一杯背伸びして、ロッサの頭を抱え込むように、抱きしめた。




