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「…んっ」
まどろみの中から意識が覚醒してくる。
まだ眠い…。
もうちょっと…って、おいっ!
セイラは勢いよく飛び起き、辺りを見渡した。
視界に入ってくるのは見たこともないものばかり。
これって、やっぱり…
「ホントに、誘拐、ですか…」
呆然と呟いた言葉は、静寂の中に溶けていった。
事の発端は、数時間前の事である。
「おや、綺麗な指輪だねぇ」
「えぇ、ありがとうございます」
八百屋のおばさんが、目ざとくもセイラの指輪に気づいた。
またか…
内心そう思いながらも返事を返す。
実は他のお店でも指輪について、色々聞かれたのだ。
「しかもその指につけてるってことは、この前一緒だった男前のお兄さんからのプレゼントかい?」
「えぇっと、まぁ、そうなんですけど…」
「やっぱり恋人同士だったんだねぇ。町の男どもが悲しむよ~」
「からかわないで下さいよ~。指も薬指しか合わなかったから深い意味は…」
「はいはい、照れなくていいから。ほらっ、これも持っていきな」
おばさんはセイラの言葉を遮りながら、いつものように野菜を詰めていく。
「違いますって!」
「そんな赤い顔して言われてもねぇ」
うっ…、この赤面症めっ!
「あははっ、じゃあ気をつけて帰るんだよセイラちゃん」
「はぁい、また来ますね」
そうして赤い顔をしたセイラはおばさんに見送られながら、八百屋を後にした。
両腕で前に抱え込むように荷物を持ちながら、家路に着く。
まぁ、否定はしてても、内心嬉しいのだけどね。
やっぱり好きな人と恋人同士のように見られるのって、くすぐったくて、嬉しい。
レイもいないから、そんな風に言われてレイが迷惑そうな顔したらどうしようなんて考える必要もないし。
つい、顔が緩んでしまう。
こんな時は、弾む足取りのまま、ゆっくり町の散策でもしてみたくなっちゃう。
けど、レイのいない間にやっちゃいけない事項の中に、
「町での買い物が終わったらすぐ家に帰り、寄り道はしない」
ってのが入っているのですよ。
心配してくれているのは分かるけど。
少々ごねていたら“今度一緒に行くから”って言ってくれた。
もうお別れなのに今度なんて…、って今なら思うけど、その時は嬉しくてそんなこと思いつかず、ついつい約束してしまったのだ。
惚れた弱みってヤツね…。
そんな自分に呆れながらも、なぜか笑みがこぼれてしまう。
叶わない約束すら嬉しいなんて。
こんな調子じゃ、お別れできる気がしない。
この離れている10日の間に気持ちの整理をしようと思っていたのに。
想いは募るばかり。
会いたい
逢いたい
「はぁ…」
思わずため息をついてしまった。
「ねぇ」
突然背後から肩を叩かれ、声をかけられた。
「はい?」
「これ、落としたよ」
「えっ?」
後ろを振り返れば、水色の生地に白い小花があしらわれたハンカチが差し出されていた。
慌ててカバンの中を漁るが出てこない。
それは、確かにセイラのハンカチだった。
あれっ?出した記憶はないのにおかしいなぁ。
「私の…?みたいです。ありがとうございます」
不思議に思いながらもセイラは頭をさげた。
ドサドサドサッ
「・・・・・」
「・・・・・」
2人の間に沈黙がはしる。
セイラは頭を下げると同時に腰も折っており、両腕で抱えていた荷物が袋から転がり落ちたのだ。
「…、大変っ」
恥かしいっ、私ってばなんてドジなのっ!
顔が真っ赤になっていくのが分かる。
それを隠すように慌ててしゃがみこんで、落ちた野菜を拾いはじめた。
「…プッ、ククッ」
んっ?
セイラが下から見上げれば、ハンカチを拾ってくれた男が、セイラを見下ろしながら笑いを堪えていた。




