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「僕はシルビィーって言うんだけど、君は?」
あれよあれよと車に乗せられ、ぶつかった男、シルビィーの家とやらの一室に連れこまれてしまっていた。
「あっ、すみませんっ!セイラです。セイラ・マルベクスって言います」
連れ込まれた少女、セイラは車に乗せられてからここまで、とにかく唖然・呆然・愕然としていて、シルビィーに話しかけられてやっと我に返った。
この世界には、いわゆる魔力というエネルギーがある。魔力は、そこら中に漂っているらしい。
らしい、というのは、大抵の人は自身に魔力を持っておらず、見ることも感じることもできないから。
けど、魔力を持ち、見ることができて、更には使用することができる人もいる。そういう人たちは術師って呼ばれている。
術師は、血筋とか生まれ持った力に左右されるから、訓練とかじゃどうにもならない。
そんな術師たちは、魔力が使えない人たちでも、その力を使用できるように、魔力を加工して、様々な便利な物を開発していってくれる。
代表的なのは、やっぱり、水と火。あとは、灯りや空調といったものも、魔力によって動いている。水道に水の魔力を持った魔石をセットすれば、スイッチを押すだけで水が出るし、竈に火の魔力を持った魔石をセットすれば火がでる。魔石に力がなくなれば、新しいのと取り換えたり、補充してもらうのだ。
そんな風に当然のように使用している魔力だけど、一般生活以外に利用される魔力は、相当な金額なのは常識である。魔動車なんて、大商人や貴族のお金持ちしか所有していない。
庶民の移動手段は、基本は徒歩。都市部では乗り合いの魔動車もあるけど、ちょっと田舎に行けばもっぱら馬車が一般的である。
セイラもこの街まで、馬車に乗ってやってきた。
そんな高価な乗り物を所有しているだけでも、どんだけ金持ちなんだと唖然としてしまう。
しかも、シルビィーの車は、見かけは質素だったが、乗り合いとは比べ物にならない程頑丈な素材で出来ていて、僅かな揺れも感じないという、最高級品だった。
その上、車内は簡易ながらもキッチンまで付いており、住めそうな勢いだ。そこらの宿よりよっぽど快適だろう。
次に家。
確かこの人は家に寄らないか?と、お茶に誘うかのように軽く言ったのだ。
家?家というのが、人の住む建物のことを指すなら、間違っていないけども。
この街は、マテーラ王国の首都キダン。国の首都というだけあって、今まで旅してきたどの街より文化が進んでおり、街も、街に住む人々もおしゃれに見えた。
そんなキダンでもっとも目を引くのが、マテーラ国を治める王族が住むお城。
お城は、キダンに入ってから常に視界に入ってくるが、それはどの角度から見ても、同じ大きさ、同じ向き、同じ位置に存在していた。要は、お城に近づくことも出来なければ、逆に離れることも出来ない。
不思議な気分でお城を眺めていると、シルビィーは親切に説明してくれた。
「王族の安全の為に、レベル10の、この国一番の術師がそんな呪いをかけているんだよ。城から許された者だけが、城に続く道が見えているんだ」
へぇ、なるほどねぇ。キダンに入ってから、お城の近くも観光がてら見てみたいと思っていたので、少し残念な気もするがそれなら仕方ない。
なんて思っていたのに、
「さぁ、着いたよ」
そう言って、運転手が開いたドアから先に下りたシルビィーが、慣れた手つきでセイラをエスコートし車から降ろしてくれた。
そんな優雅にエスコートされたのなんて初めてだったセイラが、緊張のあまりドアの上部に頭をぶつけ、顔と額を真っ赤にさせながらなんとか外に出ると、目の前に広がっていたのは…
お城…?なんですけど。
「ようこそ、我が家へ」
真っ赤な顔から呆然とした顔に変わったセイラに、可笑しそうに笑いながらシルビィーはそう言ったのだ。
そして、とどめに…
「お帰りなさいませ、シルビィー王子」
そう言って、いわゆる門番の護衛兵さんが、大きな門を開いて、一列に並び敬礼したのだった。