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全3話くらいを予定しております
不意に感じた息苦しさ。病気ではない。息苦しさの理由なんて自分が一番わかってる。そういう時はいつも屋上に行って叫ぶ。鍵の壊れた屋上のドアの前には立ち入り禁止の札があるけれど、それを潜り抜けるとだれもいないオアシスがある。そこでいつも本音や不満をぶちまける。そうすることで私はいつもの相槌マシーンに戻ることができるのだ。
叫べば、戻る。
それを知っているから私は今日も屋上へ行った。さび付いた音が私が屋上へ来たことを歓迎してくれる。安全フェンスの近くまで行って、大きく息を吸い込んだ。
「まじめな自分なんてクソくらえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
あ゛―――っ!!!だとかの叫び声をひとしきり上げ、満足して息を整える。うん、これで元通り。にこ、と手鏡を見ながら笑ってみせると、相槌マシーンの私がにこりと中から返事を返した。そんなくだらない、でも大切な儀式をして、さて帰ろうというころ、視線を感じた。
ぎぎぎ、と振り向くと、ガスタンクの近くに男子生徒がいた。ネクタイの色からして先輩だろう。同級生じゃなかっただけマシと思いたいところだが、生憎そんなクソ根性は持ち合わせていない。第一、ここの屋上にくることさえ私にとっては精いっぱいの『悪いこと』なのだ。知り合いじゃないからよかったー、と割り切れるような図太い神経を持っているなら最初から不満が爆発するまでため込んでいない。
かと言って、本人に、しかも初対面の人に自分から話しかける勇気もない私は、先輩に見えているかどうかも定かでない笑顔をへらりと状況に困惑しているながらにつくり、この場を立ち去ろうとした。
「いつもここで叫んでるにゃあ」
――――にゃあ?
声をかけられたとか、何で知っているとか云々を忘れてしまいそうなほどぶっ飛んだ語尾に、私の頭は暫し『にゃあ』で埋め尽くされた。人は、混乱の極みに達するとかえって落ち着くらしい。私は静かに振り返って、「そうです」と端的に答えた。先輩は目を細めて静かに笑む。からかうようなその笑い方に眉を顰めるも、先輩にそれを気にするそぶりはない。
たぶん。
最初から自分の一番の秘密を見られてしまったことと、語尾がぶっ飛んでいたこと、相手の態度が初対面ながらに不躾だったことが、私から彼に対して丁寧に接するという考えを消し去っていたのだと思う。そうでなければ私がこんなにも塩対応することなんてありえないから。
「つっっまんなそうな顔してるにゃあ」
「余計なお世話ですね」
「否定はしないのにゃ」
「事実ですから」
先輩の問いかけは一々失礼極まりなかったが、なぜか私は居心地が良かった。相槌マシーンでない私が返事をしているからだと思う。素の自分で話すことは、思っていた以上に楽なことだった。先輩はそれを知ってか知らずか、ゆるゆると艶やかに笑む。
太陽に向かってぐっと伸びをする姿は、語尾も相まってか猫そのものだった。私は心の中で猫センパイと静かに命名した。
「|峰《みね》|紺屋《こうや》だにゃあ」
聞いてもないのに、先輩は勝手に自己紹介する。だが、そんなことを思う反面、私は納得をしてもいた。
み|ねこ《・・》うや。
―――なるほど、あくまでも猫なわけだ、先輩は。
太陽に透けるふわふわとした先輩の髪を見ながら一人ごちる。
「|折原《おりはら》|鈴音《すずね》です、猫センパイ」
これが私と猫センパイとの出会い。