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茉莉歌、りじぇねれいと!  作者: めらめら
第2章 最後の夏休み
7/22

滅びのキザシ

「こんなことしてて、いいのかなー。」

 カレーの湧く鍋を取りに、給食室へ向かいながら茉莉歌は一人そう呟いていた。

 いつまでも、この学園でのんびりしていて、いいのだろうか。

 そんな疑念が頭をよぎる。

 友達とも再会を果たし、学園での活気あふれる『新生活』に精一杯で、一時は他の事を考える余裕の無かった茉莉歌だったが、状況にもどうにか慣れてきた今、父親と母親を案じる気持ちは膨れて行く一方だ。

 叔父のリュウジはリュウジで、すっかり『ここ』での生活に適応しきっていて、なんだか『あれ』が起こる前の彼よりも『活き活き』としているようにも見えて、それも茉莉歌には何だか気に食わなかった。

 おまけに学園での『仕事』に慣れて来たと思ったら、またぞろあの、どうしようもない『小説』を書き始めているらしい!


「本当に、まるで変わっていない……」

 茉莉歌は溜息まじりにそう呟く。

 叔父のリュウジが、もう五年近く付き合っていた彼女の(メイ)と別れた、というか文字通り捨てられた(・・・・・)という事に茉莉歌が気付いたのは、今から一年程前の事だった。

 宝飾店に勤めていた『鳴ねえさん』は、世話好きで、サバサバとした性格で、それこそリュウジには勿体無いようなしっかりした(・・・・・・)女性だった。

 茉莉歌の事も可愛がってくれたし、一昨年やその前の年には、リュウジと茉莉歌の両親と一緒に、秋川渓谷にハイキングに行ったり、近所のイタリア料理店に連れ立って食事に行ったりしたものだったが、当時は期間採用とはいえ昼間はまともに働いていたリュウジが、いつの間にか「作家に専念したい」という理由から鳴に甘えるような形で彼女のアパートに転がり込み、昼の仕事を辞めた頃から、既に破局の種は撒かれていたらしい。

 茉莉歌の両親が、急速にリュウジと疎遠になって行ったのも、丁度その頃からだった。

 茉莉歌が気付いた頃には、リュウジは彼女のアパートを出て元の六畳一間に戻っていた。

 流石にリュウジも堪えたのか、それからの彼は非正規とはいえ昼間は働きに出るようになっていたし、茉莉歌の両親がリュウジの『悪友』として忌み嫌っていた学生時代の同級生、時城コータとの交遊もあまり目立たなくなっていた。

 (この『コータ』なる男が一体何をして暮らしているのか、茉莉歌には全く分らなかった。両親は既に新潟かどこかの田舎に帰り、彼自身は一人暮らしのはずなのに、昼の日中からいつも近所をほっつき歩いていて、何か仕事をして生計を立てている様子が、全くなかったのだ)

 ようやく、叔父も少しは『まとも』になったかと思っていた矢先に、この事件。

 そして、よりにもよってこんな大変な時期に、またも『小説』だなんて! 一体何を考えているのだろう?


「鳴ねえさん、今頃何処にいるのかなあ……?」

 茉莉歌は、渡り廊下の窓から校庭を見下ろしながら、優しかった鳴の行方に思いを馳せた。

 両親も、彼女も、果たして無事だろうか。


 だが、今の茉莉歌にそれを知る手立てはなかった。

 学園の他に行く場所も無い。

 新宿に足を運んで両親の安否を確かめたいが、もはや、それは危険すぎる行為だった。

 新宿、渋谷、秋葉原。この三地域は、今や、日本中でも、最も荒廃した場所となり果てていたのだ。

 自衛隊が何度追い払っても、すぐにまた、新しい『怪獣』や『ロボット』が暴れだす。

 夜には、妖怪や吸血鬼が跋扈しているという噂もあった。

 それだけ、様々な人間の激しい感情を喚起する土地だったのだろう。


 渡り廊下を歩いて行く茉莉歌の背中から、


「ちょっと、いいかな?」

 そう呼び止めれてて、振り返った彼女の前には、一人の、少女が立っていた。

 浅黄色のワンピースになびいた長い黒髪に、紅い髪留めが印象的な、整った貌をした少女だった。

 齢は高校生くらいだろうか?

 大きな瞳は茉莉歌をまっすぐ見つめているが、一体何を思うのか、その目からも貌からも、何の感情も伺い知れなかった。


「保健室を探しているんだけど、迷ってしまって……。きみ、場所わかるかな?」

 少女が茉莉歌に言った。


 保健室?


「保健室なら、あっち行って、こっちですけど、あの……?」

 彼女の言葉に、妙な違和感を感じて茉莉歌は聞き返した。


「お医者さんの診療なら、今は体育館でしていますよ。保健室には誰もいないと思うけど、いいんですか?」

 そう訊く茉莉歌に、


「うん。いいの、ありがとう」

 くるん。

 少女は踵を返して、廊下の角に消えた。


「なんだったんだろ? 学園のパイセンかなあ? でも……?」

 茉莉歌は、首をかしげた。


 あの貌、はじめて会ったはずなのに、どっかで会ったような貌……誰だっけ?


  #


 ピコピコピコピコ……


 体育館裏では、壁にもたれた時城コータが、プレイステーションⅩで遊んでいた。

 傍らには雨が座っている。


「おじちゃん。もう昼ごはんだよ! お皿並べとか、カレー運びとか手伝わないと……」

 そう言って呆れた顔で、このだらしないリュウジの親友を見上げる雨に、


「給食当番なんて、子供の仕事だろ。俺は大人だから、いーの!」

 彼を見向きもせずに、コータは携帯ゲームのTPS『地球破壊軍5』に没頭している。

 雨は、カチンときた。


「でもさあ、他の人はみんな手伝ってるよ。働かざるものくう……働く……働く……、てか、おじちゃん仕事なにしてるの?」

 ふと、そんな疑問が頭をよぎって、雨がコータにそう訊くと、


「映画」

 コータが、めんどくさそうに彼に答えた。


「映画……? 映画監督? カメラマン? まさか俳優!?」

 目を輝かす雨だったが、


「ちがう。映画の勉強」

「お弟子さん?」

「ちがうちがう、映画撮るために、映画見て映画の勉強してんの」

「勉強って……? でも見てるだけなんでしょ、普段の仕事は?」


「……だから映画」

「あ、あえ……?」

 雨は、触れてはならない何かに触れてしまったような気がした。


「でも見てるだけじゃさー……。実際に作ってみたりとかは?」

 おそるおそる、コータにそう訊く雨だったが、


「見てるだけじゃないぜ。今さあ、『ガンプラ』でストップモーションアニメの大作を撮ってるんだ!」

 コータが、雨を向いて得意そうに言った。


「完成したらYooTubeとニヤ動にアップすんのさ。そしたら、ハリウッドデビューも夢じゃないぜ! 知ってるかい? 今年の『ゴシ"ラ』の監督は、たった130万円で作った怪獣映画でブレイクして、ハリウッドにフックアップされたんだぜ。俺もせめて、それくらいの出資者を探さねーと……。それはまあとにかく、作り中だけど、見る? 俺のアニメ……」

 コータは自分の携帯を開いて、動画を雨に再生して見せた。

 動画が始まった。

 畳の上で、『グラップルビルドバーニングガンダム』(1/144)、がカクカクと拳闘の構えをとった。

 動画が終わった。3秒くらいだった。しかも、最後のコマでは、頭のツノが取れていた。


「……おじちゃん。これじゃあダメだと思うよ……」

 あきれ顔でコータにダメ出しする雨に、


「うっさいな! お子ちゃまは黙ってろよ、これはオープニングなの!」

 逆切れするコータだったが、


「こら小僧! そんなとこで何を油売っとるか! 飯の支度を手伝わんかぁ!」

 通りすがり、雨を見つけた物部老人が、ダミ声で彼にそう怒鳴った。

 学園に身を寄せる親とはぐれた子供たちを、何かと気に掛けるこの老人。

 人の子供でも容赦なく叱り飛ばして、食事の支度や掃除洗濯に無理矢理引っぱり出すのだ。


「おわあ! わかったよ物部さん!」

 雨は慌てて物部老人に返事をして、


「……あのお爺ちゃん、怖いんだよね」

 小声でコータにそう言うと、首をすくめながら物部老人のもとへ駆けていった。


「あーあ。つまんねーなー!」

 体育館裏に残されたコータが、


 ごろん。


 石畳に寝っ転がった。

 理事長が募った有志は、毎日のように怪物退治に繰り出しているというのに、コータだけは参加させてもらえないのだ。


「絶対に願い事はするなよ! でないと絶交!」

 リュウジにそう言われたからだ。


 だが、リュウジとの約束を破るわけにはいかなかった。

 もうここ何年も、コータと遊んでくれるのは、リュウジだけだったからだ。


「あーあ、空とか飛べて、ビームとか撃ててーなあ……」

 『特撮リボルテック』の『メタルマン』を弄りながら、寝っころがったコータは、そう独りごちた。

 その時だった。


「おじさん、『それ』が欲しいの? 私があげようか?」

 ふと、頭上から声が聞こえた。

 まるで鈴を振るような、澄んだ声だった。


「ん……?」

 コータは起き上がって、声の主を振り向いた。


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