今日の給食はカレーだ!
「如月食糧相! 『三日連続カレーは、さすがにきつい』と、民草から苦情が寄せられています!」
鳳乱流が、学園に身を寄せている生徒と保護者のアンケート結果を取りまとめて、リュウジにそう報告してきた。
「確かに、カレーと非常食のローテーションじゃあ、いい加減飽きるよな……。鳳くん、どうしたもんだろ?」
「うーんそうですね。うちの『てば九郎』は、なんぼでも焼き鳥を焼けます。ご飯に乗せて、焼き鳥丼というのはどうでしょう?」
「なんだかなー。カレーとか、焼き鳥丼とか、メニューがお子様寄りになってきたな。栄養価もいまいちアレな気がするし、茉莉歌ちゃんは、どんなメニューがいい?」
「塩鮭。納豆。ほうれんそうのお浸し。わかめの味噌汁!」
「はい、よくできました。誰か、そーゆーものの調達を願った人はいないのかな?」
「地味飯は敬遠されてるみたいですよ。みんなラーメンとか、ピザとか食べたがってますよ!」
「勝手だなー、みんな! てゆうか何で俺がこんなことで悩んでるんだ……。管理栄養士のタニタさんは、何処に行ったんだよ?」
「外に、恐竜狩りに出ています。今夜はティラノサウルスのステーキだって、張りきってましたよ」
「ワイルドなのはいいけど昼飯の事も考えてくれよ……。ん、まてよ? そもそも学園の備蓄と、カレーと、焼き鳥と、恐竜でメニューを賄おうとするのに無理があるんじゃないか?」
「どういうことですか?」
「外部業者の招聘だよ。牛丼屋とか、ラーメン屋とか、うどん屋とか、天丼屋とか、回転寿司とか、立ち食い蕎麦とか、各種外食産業と提携して校庭にフードコートを開くんだ!」
「……食糧相。普段の食生活がまるわかりなチョイスですねー。チェーン店ばかりですか?」
「それじゃあ味気ないだろ? 北海道フェアとか、博多フェスタとか、日本全国から個性的な名店も招聘して集客アップを図るんだ。年に一回は日本全国のご当地メニューを持ち寄ってB級グルメのチャンピオンを決めるグランプリを開催するんだ!」
「……今年は、焼きそばの牙城を突き崩して欲しいものですねえ」
「厳しいかもな。当て馬が『せんべい汁』だもんな。馬鹿みたいになんでもかんでもせんべいを入れればいいってもんじゃないぜ! おっといかん」
「口が過ぎましたね」
「……あとはやっぱり、ラーメン総合施設だな。多摩市にラーメン博物館を建造するのが長年の夢だったんだよ!」
「ラーメン店ばっかり寄せ集めて、本当に集客が望めるんですか?」
「ラーメンは別腹だ。需要はある! 一施設内で、醤油ラーメン、塩ラーメン、味噌ラーメン、坦々麺、オロチョンラーメン、八王子ラーメン、博多ラーメン、久留米ラーメン、和歌山ラーメン、佐野ラーメン、尾道ラーメン、南京ラーメン、竹岡式、横浜家系ラーメン、京都ドロドロラーメン、くまモンラーメン、喜多方ラーメン、悪魔ラーメン、富山ダークマター、木曽ラーメン、徳島ラーメン、燕三条背脂ラーメン、東池袋圧勝軒、永福町辛勝軒と、色々食べて回れるようなのが理想的だな」
「……なんだか、食糧相の趣味が突っ走っているだけのような気がしてきました。男性客は喜びそうですが、女性客はどうなんですかねー?」
「どういう意味だい?」
「素敵なお店が少ないと思うんです。もっとこう、石窯ピザとワインの美味しい店とか、トラットリア・ダ・フェニーチェとか、リストランテ・ピロとか、トリッペリア・イル・マガッツィーノとか、ビストロ・ラ・プロヴァンスとか、ル・バーラ・ユイットルとか、ル・グルニエ・ド・フェリックスとか、ら・パティスリー・デ・レーヴとか、クループリー・ド・ジョスランとか、デクリネゾン・ショコラとか、オ・リス・ダルジャンとか、レ・デルニエ・キャトルとか、女性もなごめるようなお店を沢山招聘するべきだと思うんです!」
「……鳳くん。君は自分は焼き鳥屋なのに、どうしてこう、お店の趣味嗜好がそっち寄りなんだよ……?」
「女性が一人で入れないお店なんて問題外ですよ。『汚いけど美味い店』なんて、あれは嘘です。詐欺です。犯罪です。都市伝説です。汚くて美味い店なんて、この世には存在しません!」
「過激だなー。しかし、ああいう『レ』とか、『デ』とか、『ダ』とか、『オ』とか『イル』とかが、沢山はいっているようなお店は、逆に男に優しくないだろ。あんな店に男一人で入るなんて、ギルガメッシュやヘラクレスや日本武尊や井伊さん・ハントにだって不可能な行為だと思うぞ!」
「二人で入ればいいんです」
「……うぐっ! そりゃあまあ、そうなのかもしれないけどさあゴニョゴニョ……」
「食糧相は独り身なんですか? 彼女とかはおられないのですか?」
「……いた」
「……あ! 過去形!」
「グスッ……半年前に別れた。……てゆーか捨てられた……」
「そ、それは失礼しました食糧相!」
「ほらほら、おじさん涙ふいてよ。はいチリ紙!」
「うぐっ! すまん茉莉歌ちゃん(チーン……)」
「おじさん、そう言えば鳴ねえさんとは、まだ連絡つかないの?」
「ああ。『あれ』から何度電話しても通じないし、引っ越し先の住所も聞いてなかったしな……」
「やっぱり、心配なのね……。でも大丈夫だって、きっとうちらみたいに、どこか安全な場所に避難してるはずだよ!」
「そうだな、茉莉歌ちゃん……」
「それにしても食糧相。フードコートを開いたら開いたで、今度は食糧相の仕事が無くなってしまうのではないですか?」
「結構なことじゃないか。そうしたら俺も、夜だけじゃなくて昼間も『本業』に専念できるしな」
「そういえば食糧相は、ここに来る前はどんな仕事をしていたのですか?」
「……作家」
「作家? 小説家! すごいですね! えーと、ペンネームはどんなのを?」
「ペンネームなんて無いよ。本名で勝負していたから」
「『如月リュウジ』ですか……(検索中……検索中……一致する情報は見つかりませんでした )、ええっと、どんな本を書かれているんですか?」
「SF。サイエンスフィクション。ジュブナイル」
「本当ですか!? 俺も子供の頃からSF小説やジュブナイル小説が好きだったんです! 読んでみたいんですが、ここの図書室なんかには置いてありますかね?」
「本は、まだ出していないんだ……」
「まだ出していない……では、いつ出る予定なんですか?」
「……それも決まっていない」
「だから捨てられたのよね、おじさん!」
「……それは言ってくれるな。茉莉歌ちゃん」
リュウジは、悲しそうに首を振りながら茉莉歌にそう答えると、
「それでも今は、この前読んでもらった作品の続きを頑張って書いているところなんだ! 今回の事件が落ち着いたら、こいつを応募して今度こそデビュー確実さ!」
顔を上げて、力強くそう言い放つと、今度は鳳乱琉の方を向いた。
「鳳くん、丁度いい。君にも俺のSF小説を試読してほしいんだ。色々と感想をきかせてくれ!」
そう言ってリュウジは、手元のノートパソコンからPDFファイルを開くと、ノーパソを乱琉に手渡そうとした。
「おじさん……? まだそんなものを書いていたの……!?」
茉莉歌は、愕然とした表情でリュウジを見て、
「ちょっと……。鳳さん、それは……ダメです!」
慌ててリュウジに縋ると、彼からノートパソコンを引ったくろうとする。
まるで何か、『身内の恥』を必死で他人の目から隠そうとするようにリュウジを制する茉莉歌だったが、
「いいじゃないか、茉莉歌ちゃん。身内以外の『客観的』な評価も欲しいしな!」
リュウジは、全く意に介さぬ様子で茉莉歌の手を振り払うと、
「さ、鳳くん。忌憚のない意見を頼む!」
鳳乱流に、彼の『作品』を手渡したのだ。
「これが、如月さんの小説……」
乱琉は戸惑いながら、パソコンに表示されたPDFファイルの内容に目を通し始めた。
「こ……これは!」
乱流は目を瞠った。
彼の『小説』は、以下のような内容であった。
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第1章 滅ビのキザシ
「やっべー、あと五分! 間に合うか!?」
冬の朝だった。
私立セイントクルセイド学園中等部ニ年、冥条琉詩葉が、ショートにまとめた燃え立つ炎のような紅髪を揺らしながら、紺碧のブレザーをパタパタさせて坂道を疾走してゆく。
いつも通り遅刻ギリギリの琉詩葉だった。
校門が閉まるまで、もう時間がない。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
『冥府門』の異名をとる目の前の校門が、土埃をたてながら閉まり始めた。
ジャキン!
校門の周りに飛び出す何本もの鋭い槍。
―――そんなカマシで、ビビルかっての!
スタン! 次の瞬間、琉詩葉が跳んだ。
門の隙間と自分の体をコロナル面にシフトさせて、何とか校内に飛び込んだのだ。
「セーーーフ! あー。ツルペタでよかった~~!」
大口を開け琉詩葉が笑う。
だが、その時だった。
ヒュルン!
空を裂いて飛んできた『何か』が、彼女の細い足首に巻き付いたのだ。
「どぎゃ~~~~!」
悲鳴をあげて校庭に転がる琉詩葉。
「これは!」
琉詩葉は自身の足首を見て愕然。
足に巻きついていたのは、革製の鞭だった。
「鞭使い! しまった! 今日はあいつの当番!」
琉詩葉の顔が蒼ざめる。
校門で彼女を待ち受けていたのは、片手に鞭を撓らせながら、テンガロンハットを目深にかぶった厳めしい面持ちの一人の教師だった。
学年の生徒指導主事、轟龍寺電磁郎だ。
「冥条! 一週間連続の校門違法突破! もう見過ごせん! ギルティ!!!」
怒りの電磁郎が鞭の取手のスイッチを入れた。
途端、バリバリバリ!
鞭から放たれた衝撃波が、琉詩葉のしなやかな脚を撃つ。
「ぎゃ~~! ちょっと電ちゃん、やりすぎじゃん!」
琉詩葉が右足を押さえながら電磁郎に叫ぶ。
「冥条……! この際はっきり言っておく。俺が赴任して十年、この『裁きの教鞭』の聖痕を体に刻まなかった不良は一人としていない! 今日がお前の番だ!」
教師は、帽子のつばを回しながらニタリと笑った。
「え~! あたし不良ちがうし! でも分かったわ。電ちゃん、目には目を……歯には歯を! そっちがその気ならこっちだって考えがあるから!」
琉詩葉が、スクールバッグから、紫色のアメジストをあしらった錫杖を取り出した。
「来たれ、風雷! エアリアルサーバント!」
天から鳴り響くドラムの異音。
晴天が、俄かにかき曇った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……轟龍寺先生。今日は本気みたいね……」
図書室の窓から校庭を見つめる少女が、静かにそう呟いた。
「ああ……いい機会だ。『冥条琉詩葉』、お前の『実力』、この目で確かめさせてもらう。我ら『聖魔の円卓』に列なる資格があるのかどうか!」
書架の陰に立つ燃える眼をした少年が、そう言って妖しく笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ドロドロドロドロ……
天から響くドラムの異音。
「キタキタキタキタ!」
校庭に立った琉詩葉の目が輝いた。
名門、冥条家に代々伝わる秘術体系の中でも、冥蟲召喚は彼女の随一の得意技だ。
いや、『唯一の』だが。
「きしゃ~~~~!」
暗雲を裂いて琉詩葉めがけて『何か』が降ってきた。
ポトッ!
「げげっ!」
足元に落ちてきた『それ』を見た琉詩葉は、まじでがっくりきた。
そこにいたのは筆入れほどしかない、ちいさな金色の『つちのこ』だったのだ。
「ぴきゅぴきゅぴきゅ~」
つちのこが、哀れっぽい声をあげて琉詩葉の足を上ってきた。
「だははは! 何が『エアリアルサーバント!』だっ!」
琉詩葉を指差して大笑いの電磁郎に、
「うー。うるさい! こういう時もあるの!」
琉詩葉が叫ぶ。
とはいえ、つちのこはこれまで召喚したモノの中でも、一番まともな部類なのだ。
「冥条! 今度は、こっちからいくぞ!」
電磁郎が笑いを堪えながら、鞭を大きく撓らせた。
「どわ~~~!」
足に巻き付いた鞭に引っ張られて宙に舞う琉詩葉。
ゴチッ!
受身を取りそこねた琉詩葉が、頭から地面に墜落した。
しまった!
電磁郎が一瞬蒼ざめる。つちのこで腹がよじれて、力の加減が利かなかった。
死んでもおかしくない衝撃だ。
運が良くても、脳震盪は避けられまい。
だが……
「いたたた~、もー電ちゃん、いー加減にしてよ!」
琉詩葉が、何も無かったように、すっくと立って電磁郎に言った。
「『冥条琉詩葉』……! 忘れておったわ。お前の成績が、オールタイム学年最下位だったことを!」
少しほっとした様子の電磁郎の大声が、校庭中に響きわたった。
ヘリウムよりも軽くて低密度な琉詩葉の頭は、常人ならば只では済まないような衝撃も、容易に吸収して拡散させるのである。
「ちょっ! そんな事、大声で言わないで~~!!!」
顔を真っ赤にして電磁郎にそう叫んだ、アホの子琉詩葉。
「問答無用!」
電磁郎が次の一撃を放った。
「くらえ冥条、裁きの疾風!」
バチン!
鞭から再び放たれた衝撃波。
だが、しかし……
どういうことだ、先程とは打って変わって琉詩葉は平然。
「なんだと?」
訝る電磁郎。」
疾風は彼女に達さず。
おお見ろ。いつの間にか鞭の先端を巻き取っていたのは琉詩葉の握ったアメジストの錫杖だ。
「へへ……残念。同じ技は効かないから!」
ニヤリと笑う琉詩葉。
「いくわよ、電ちゃん! 冥条流蠱術『ダーク・レギオン』!」
琉詩葉が叫んだ。
ブワァァァァァアアアアア……!
途端、錫杖から、濛々と何かが溢れた。
どういうことだ。
黒い煙の様なものに覆われ、見る見るうちに、ボロボロに朽ちて行く電磁郎の鞭。
あ。良く見れば、煙は『生きていた』。
なんということだ。
錫杖から溢れ出たのものの正体は、黒々とした羽虫の大軍団だった。
無数に集った虫どもが、鋭い顎で鞭を齧りとっていたのだ。
「なんだと!」
驚愕の電磁郎がボロボロの鞭を撓らせ羽虫を追い散らさんとする。
だが、鞭は脆くも地面に崩れ落ちた。
そして羽虫の食欲は鞭で収まらなかった。
ワァァァァァン!
恐るべき人喰い昆虫軍団が、一斉に空中に舞いあがると、今度は電磁郎の体に集りだしたのだ。
「うおおおお!」
全身を掻き毟り苦悶に吼える教師。
「やばっ! 戻れ。戻れ~~!」
慌てて琉詩葉が錫杖を振る。
だが術は及ばず。虫どもは戻ってこない。
「そんな~! 電ちゃん死なないで~!」
なんてダメな子だ。
琉詩葉が泣きながら電磁郎に謝った。
だが、その時だった。
ピカッ!
電磁郎を覆った羽虫の雲霞から光が漏れた。
どういうことか。光に撃たれた虫どもが電磁郎から千々に散る。
見ろ。とび散った虫柱から姿を現した電磁郎の身体は全くの無傷。
「くくく……! 愚かなり、ヘリウムヘッド!」
電磁郎が不敵に笑いながら琉詩葉をdisった。
「俺が『裁きの教鞭』を用いるは、むしろ生徒を気遣ってのこと……だが!!」
これはいかなることか。
教師の全身が金色に輝き、両手から飛び散るバチバチのスパーク!
ゴロゴロ……ピシャリ!
空を覆う暗雲から放たれた稲妻が、電磁郎を撃った。
だが、なんたることか。
電磁郎が落ちてきた稲妻を……己が手にむんずと掴んだ。
「うそ!」
後ずさる琉詩葉。
「もう手加減はせぬぞ冥条琉詩葉! この俺から鞭を取ったこと、後悔しながら保健室に行けぃ!」
バリバリバリバリバリバリ!
見ろ。電磁郎の手の中で、輝く妖刀へと姿を変えていく金色の稲妻!
「みたか! 轟龍寺流雷光剣、受け切れるか? 冥条!」
恐るべきは、電磁郎の特異体質よ。
ある種のウナギは、筋肉細胞を発電器官に変化させて、電撃を捕食の武器に用いるが、電磁郎は人の身でそれを行うのだ。
両腕の発電器官から放たれる電圧が、電気ウナギの数百倍に達して、羽虫どもを焼いたのだ。
彼の稲妻を自在に御する能力も、おそらくはこれを進化、発展させたものと類推できる。
「どひ~! ありえね~!」
電磁郎の気魄に押される琉詩葉に、
ずさり。
教師が間合いを詰めてきた。だが……
「二人とも、そこまで!」
背後から二人を制す錆声があった。
「待ったは聞かぬ! 何や……つ……」
振り向いた電磁郎が、声を飲んだ。
「お祖父ちゃん!」
琉詩葉が、声を弾ませた。
おお見ろ。いつの間にか二人の側に立っていたのは、朽ち葉色の着流しに銀色の総髪をなびかせた、眼光鋭い一人の老人である。
セイントクルセイド学園の理事長にして、冥条コンツェルン総帥、冥条獄閻斎その人だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こ……これは獄閻斎様、お越しになられていたとは!」
電磁郎が雷光剣を収め、震えながら老人にかしずいた。
「電磁郎。わしの孫に手を焼いとるようじゃの……」
老人が淡々とした口調で電磁郎に言った。
だが教師を見据えるその眼は、まるで猛禽のそれだ。
「いや、これはその、お孫さまが、何といいますか少々……」
電磁郎の目が恐怖に宙を泳いだ。
「よいよい。電磁郎、わしはお前を買っておるのよ。質実剛健を校是とする我がセイントクルセイド学園。お前のような教師があってこそ、校紀も正されるというものじゃ……」
獄閻斎は淡々と変わらず、優しげとも取れる声で続けた。
「だがな、電磁郎。今後も学園で教鞭をとる気があるなら、これだけは肝に銘じよ……!」
ぴたり。
獄閻斎の歩が電磁郎の前で止まった。
彼を睨む老人の眼がギラリと光った。
「 わ し の 孫 は 別 じ ゃ ~~~~~!!」
校庭に轟いた、獄閻斎の大喝一声。
「は、はは~~~~!!」
惨め、電磁郎は地べたに土下座した。
「電ちゃん、別だから~~!」
ずに乗る琉詩葉。
だが、それを見た獄閻斎は、あろうことか、ふにゃあ~と破顔一笑したのだ。
「よしよし、琉詩葉。授業に遅れるぞ、勉強頑張れよ。ほれ、これは今日のお小遣いじゃ!」
懐の長財布から、一万円札を取り出して琉詩葉に手渡す獄閻斎。
「ありがとー♪ お祖父ちゃん! またにょ~ん(^o^)ノ~~~」
「おうおう、琉詩葉! またにょ~ん(^o^)ノ~~~」
老人に見送られ、琉詩葉が笑顔で校舎に走っていく。
「ぐぬぬぬぬぬう……!」
頭上に展開される見苦しい馴れ合いに、電磁郎はひれ伏したまま無念の呻きを上げた。
あれほどの暗愚の娘が、甘やかされ放題のまま、いずれは超財閥、冥条コンツェルン総帥の名を継ぐのだ。
そのような世に至らば、民の人心これ如何程に乱れようか。
彼は学園封建制度の理不尽を、今、己の身を以ってあじわっていた。
「絶対に許さんぞ冥条琉詩葉……! 天下万民の為、必ずや貴様を矯正してみせる!」
電磁郎は顔を伏したまま、憤怒の形相でリベンジを誓っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あらあら轟龍寺先生、勝負なしとは、情けないわねえ……」
図書室の窓から事の顛末を見ていた少女が、あきれ顔でそう言った。
漆黒のセーラー服を身に纏い、豊かな黒髪をなびかせた美貌の少女だ。
「轟龍寺……。学園の教師の中では一番腕の立つ男だが、奴も所詮、理事長の犬か……!」
書架の陰に立つ少年が金色に燃える左眼を見開いて、吐き捨てるように言った。
「だが、琉詩葉の蠱術……まだ未熟だが、さすがは大冥条家の跡取りよ……」
少年が、己が左眼を隠すように眼帯で覆いながら、誰ともなしにそう呟く。
「来るべき『大戦』に向けて、奴の『能力』、叩き直す必要がある……。ひとつ、こちらから仕掛けてみるか……」
彼は顔を上げ少女の方を向いて言う。
「裂花、動いてもいいぞ!」
だがこれはいかなることか。
少年が顔を向けたその先に、裂花と呼ばれた少女の姿は既にない。
開け放された窓から吹き込む寒風に、カーテンがさわさわと揺れているばかりである。
びょおお。
吹き込む風が図書室を渡って少年のアホ毛を揺らす。
「ふふふふふ……」
図書室に鈴の音の様な笑いがこだました。
「うれしい、せつな君。久々に気晴らしできる……この私の『子供』たちが、お腹を減らして、むずかっていたの……」
どことも知れぬ書架の闇の奥から、少女の声が響いてきた。
「裂花、やりすぎるなよ! 『吸血花』の異名をとるお前の『能力』、正気で耐えられる者など、そうはいないのだぞ!」
眼帯の少年は、闇に向かってそう冷然と言い放つと、唇の片端を歪めて幽かに笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
---------------------------------------------------
「あ、あ~う~~…………」
リュウジの小説の冒頭を読み終えた乱流は、激しくリアクションに困った。
どこかで見たような設定、既視感バリバリの展開。
ライトノベルを指向しているのだろうか?
それにしても、文体や雰囲気が二昔くらい古い様な気がする。
それになんというか、百歩譲って『ジュブナイル』なのは認めるとしても、これの一体どこが『SF』なのだろうか?
ふざけているのだろうか? でも、もし本気で書いているのだとしたら、かなり、かわいそうだ……。
「おじさん、だから言ったじゃないの……」
乱流の気持ちを察したのか、茉莉歌はいたたまれない表情で、リュウジをジッと睨む。
「どうかな、鳳くん?」
茉莉歌の様子などどこ吹く風、乱流の賞賛の言葉を期待しているのか、おずおずと上目づかいにそう訊いてくるリュウジに、
乱流は思った。
この人には、もう出来る事ならずーっと学園で食糧担当相として頑張ってほしい。
彼に真実を告げるのは、あまりに辛すぎる。
「あ、ありがとうございます。あとでゆっくり読んでみます。そんなことより食糧相……」
乱流は無理矢理に、議題を変えた。
「『三日連続カレーは、さすがにきつい』と、民草から苦情が寄せられていますが、お昼は、どうしましょう?」
「うーん、確かに、カレーと非常食のローテーションじゃあ、いい加減飽きるよな……(きんこんかんこーん)いかん! もう昼か、茉莉歌ちゃん、カレー鍋を取ってきてくれ!」
「うん、わかった……」
「……またカレーですか!」