(5)
全て思い出した。
すぐに行く。そう思っていたのに私はあろう事か全てを忘れ、なぜかのうのうと車中で眠りこけ、あろう事かたまたま訪れた若者に助けまで求めた。彼らが逃げるのも無理はない。なにせ血まみれの男がこんな夜中に現れ近付いてこられたら逃げるだろう。
でも良かった。彼らに助けられていたら、私は何事もなかったかのようにまた生活を始めたかもしれない。
私は何の迷いもなく橋に足を掛けた。今行くから。今度こそちゃんと。
その瞬間、強烈な既視感が襲った。私は一旦動きを止めた。
知っている。私はこの光景を知っている。そしてその時私はもう一つ大事な事を思い出し、安堵した。
だって私は、ちゃんと一度死んだじゃないか。
でも本当に死ねたのだろうか。少し疑問には思ったが確固たる自信はあった。紛れもなく自分は死んでいる。例えば今の状態でもう一度ここから落ちたらどうなるのだろうか。もう一度死ぬ事になるのだろうか。よく分からないがそれを実行する事に恐怖はない。
車で目覚めた時に激しくぶつけた腕。
盛大に転んで打ち付けた全身。
大きく陥没した頭部。
どれ一つとして痛みを感じない。もう一度落ちた所で落ちた感触はあれど、痛みは伴わない。高さだって怖くもなんともない。それに私は今早く落ちたいとすら思っている。
行くよ。静絵。
橋の下で笑顔で微笑む静絵の下に、私は再び飛び込んだ。