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 殺したと言えば、私が一方的な殺意を持って事に及んだと思われるだろう。だが決してそうではない事は神に誓える。誓う神などいない事を知ってしまったが、そう言えばきっと人は私の思いを信じてくれるだろう。

 静絵は私にとって大事な存在だった。多くの時間を共にしてきた。

 彼女は、とても優しい人だった。心の澄みきった、嘘みたいに、馬鹿みたいに、優しさに溢れた人だった。静絵なしの人生など自分にはないと思っていた。しかしこの人の世において彼女はあまりにも優しすぎた。

 静絵はある時、親友の保証人となった。私が助けてあげないと、そう思ったらしい。

 詳しい話は私にも分からないし聞かなかった。何故なら私がその話を聞いた時点で、もう既に静絵の人生は坂を転がり始めていたからだ。

 静絵の部屋には連日叩き割るようなノック音や怒鳴り声が訪れ、ありもしない誹謗中傷の張り紙がなされた。金を回収する為の手段には手慣れた連中だ。静絵の心は日に日に弱っていった。

 このままではいけない。ろくな案が浮かばなかった私は彼女を連れてとにかく逃げる事にした。真正面から勝負する度胸も根性もなかった自分を憎く思ったが、それでも何もしないわけにはいかないと思った結果だった。そして彼女を車に乗せ、私はあてもなくとにかく走った。

 もういいよ。静絵が小さく、だがはっきりとそう呟いたのは日も暮れどことも分からない場所のコンビニで小休止をとっていた時の事だった。

 逃げ切れるさ。そしてどこか別の場所で静かに暮らせばいいじゃないか。そう声に出せたら、また違った運命があったのかもしれない。それが出来なかったのは静絵の瞳から一切の光が消えてしまっているのを見てしまったからだった。

 信じていたのだろう。しかしその彼女の優しさはいとも簡単に踏みにじられた。静絵がごそごそと自分の鞄を探りその中から綺麗に輝く包丁を取り出した時、私は息をのみ静絵の絶望に触れた。

「私を殺してほしい。完全に。」

 車を山の方へと走らせた。誰もいない場所。私と彼女だけの静かな場所を目指した。やがて車を山の奥深くの橋の手前で止めた。

 静絵と私は車外へと出た。私の手には静絵の包丁が握られていた。

 静絵。君の願いを叶えるよ。大好きな君の為に。

 私は静絵をひしと抱き締めた。強く強く。そのまま折ってしまいかねない程に強く。

 そして、そのまま包丁を勢いよく彼女の体へと沈めた。

 静絵の体から力が抜けていった。

「ちゃんと、殺してね。ちゃんとだよ。」

 ほとんど聞き取れない、蚊の鳴くような声。それが彼女の最後の言葉だった。この世にかけらも残りたくないという強い意志を感じた。

 彼女の体はぴくりとも動かなくなった。死んだ。でもちゃんと死ねたのだろうか。人を殺した事などない。ふと何かの拍子で目を覚ますのではないか。それでは駄目だ。ちゃんと、殺してあげないと。

 私は泣き叫びながら彼女を何度も刺した。惨い事をしているという意識はなかった。静絵の幸せを願うばかりの行為だった。

 ちゃんと殺さないと。ちゃんと殺さないと。ちゃんと殺さないと。

 その後、私は彼女を抱え、橋の上を進んだ。そしてそのまま彼女を確実にあの世へと運んだ。最後にそうしたのは自分も後でそちらに向かうつもりだったからだ。

 この期に及んで、私は自分の体を刺す勇気はなかった。でもこれなら。

 静絵、待っててくれ。すぐ行くから。

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