(2)
車だ。どうやら車が一台こちらに向かっているようだった。
こんな夜中に一体何の用だ。だがちょうど良い。このままでは野垂れ死にの可能性もある。彼らに助けてもらおう。彼らが善良な市民であればの話だが。
車は私の視界の真正面に入ってきた。まっすぐに私の方へと向かってくる。だんだんと光が迫ってくる。まだ車は先の方にいるがその光がわずかに私を取り囲んでいた世界を明るくした。鬱蒼とした林。そして自分の背後。そこには橋があった。私の乗っていた車はちょうど橋の手前で止まっていた。
車は徐々にスピードをおとしてゆるゆると林道を進んでくる。そしておよそ私との距離は10m程だろうか。車はそこで一度止まった。
ドアが開く音がし、すぐにバタンと閉じる音が響いてきた。何やら賑やかそうな、それでいて軽率感のある若々しい声が耳に入ってきた。大学生だろうか。とすれば、肝試しか何かで来たのか。点けっぱなしになっている車のライトの他に小さな明かりが二つゆらゆらと動いている。少なくとも二人以上降りてきたらしい事がわかる。
ざっ、ざっと地面を踏みしめる音がだんだんと大きくなる。相手がちゃらちゃらした大学生かと思うと気が滅入るがそうも言っていられない。私も明かりの方へと歩みを進めた。
「い……、マ……で怖……な。」
「ほん……出……かよ。」
よくは聞き取れないが私の予想は概ね当たっていそうな会話だ。足音がだいぶと近くなってきた。私は思い切って声を投げかけた。
「おーい!助けてくれないか!」
会話がぴたっと止んだ。そして、
「……なん……聞こ……か?」
「え……が?」
先程よりも彼らの声色が弱まった。警戒されている。
まずい。今引き返されれば本当にまずい事になるかもしれない。私は焦って足を速めた。
「……っち、近づいてきてないか……?」
「……ああ、なんか、来てる。来てるぞ!」
人の輪郭がはっきりと浮かんだ。懐中電灯を私の方に向け戸惑っている様子に見えた。
無理もない。まさかここに他に誰かいるなんて思ってもいなかったのだろう。
とうとう完全に顔が確認出来る距離まで来て、ちょっとすまないがと私が声を出そうとした瞬間、
「ああああああああああああああ!」
若者達があらん限りの絶叫を上げた。
「やべえ!マジだ!マジだったんだ!」
「逃げろ逃げろ!うわあああああ!」
彼らは全速力で元来た道を走っていった。どうやら何かとんでもない勘違いをされているようだ。
「おい!ちょっと待ってくれ!」
私も負けじと速度をあげようとしたが、彼らとの距離はどんどん離れていく。歳の差というものだろうか。そしてあろう事かこのタイミングで足元にある枝か何かに足をひっかけ私は盛大に転んだ。全身に強い衝撃が走る。向こうの方でドアの開閉音が再び聞こえたかと思うと威勢のいいエンジン音が鳴り響き、その音は瞬く間に遠ざかって行った。