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8:変な関係

 近頃変人さんは昼休みと中休み以外にもわたしに接触を図るようになった。

 子供を預かってるせいか、おきつねさまおきつねさま連呼することは減ったけれど、なんだか少し変でもある。


「笠木ー。おはよ」


 廊下から教室に入ってきて一目散にわたしの机前に立ち、にこにこにこと無垢な微笑みを浮かべる。

 その頭にもこもこの物体が一つ。気になるけれど何も言わず。


「おっ、おはよ。三科」


 無理矢理強張った笑みを返す。こんな風景が続くこと三日。


「三科! ペットは連れてきては駄目だとあれほど言っただろう!!」


 けたたましい開閉音と、先生様の怒号が飛ぶ。嫌が応にも視線は物体へと向く。そろそろ現実逃避に無理が出てきている。

 ぼーっと私の机の前で三科は佇んで、こっくりと首を傾けた。


「ペットじゃ、ないです」


 心なし憮然とした声。じたばたと必死で頭にしがみつく謎の生き物。否、おきつねさまの可愛い可愛い娘さん。


「この子は立派なおきつねさまになる予定です」


 力説してうんうん頷く。ああ、先生の額に青筋が。


「せ、先生。また冗談ばっかり。見えませんよ何にも。ねぇ」


 振り向くとみんなが曖昧な顔をして、男子生徒の一人が立ち上がる。


「お、俺。見えません」


 それを皮切りに「私も」「僕も」と次々と挙手。普通ならそんな程度では誤魔化せないだろう。

 普通なら。あっ、と三科が声を上げる。見るところんと後方に転がる子狐一匹。

 ふっと、姿がかき消える。何度見ても慣れないのか先生も絶句する。

 そう、おきつねさまの子供は三科の側を離れるとすぐに見えなくなってしまう。しかしおきつねさま大好きな三科が子狐から目を離すことは余り無い。

 子供なので時折跳ねたり飛んだり転げ落ちたりする。それが現在三科の周りで頻発している怪奇現象の真実だ。

 もう三日も経つのに先生は現実を受け入れてくれない。周りのみんなの方が余程諦めのついた……否、悟りきった空気を出している。

 担任なんだからいい加減諦めてくれないモノだろうか。少しだけ無理な注文を考える。

 緊張感のあったHRを終え、一時間目の授業へと移行する。

 一時間目は数学だ。黒板に書かれた公式の後は空白。


「あー三科」


 数学の先生は現実逃避でもしているのか三科を指名した後何も言わない。帽子代わりの子狐を乗っけたまま三科は前に進み出る。


「…………」


 そして、不思議そうに『じー』っと先生を眺めた。先生がたじろぐ。

 ああ、そう言えば三科の表情の変化、分かりにくいんだった。不思議そうに見つめているのも無表情で眺めているようにしか見えないだろう。

 怪奇現象を頭に乗せ、見つめられ続けたらさぞかし怖いはずだ。現在先生は恐怖でか汗を額に浮かべて沈黙を守り続けている。いや、声が出せないのかも。

 可哀想になってきたので三科に聞こえるように声を上げる。


「公式解いて。ほら、前にある奴」


 黒板黒板、と示すと変人さんはようやく気が付いてくれたのか納得の表情になる。


「答え、書くの?」


 コクコク頷く先生。嬉しそうだ。でも、わたしを救世主のような目で見るのは止めて下さい。





 三科と出会って、何度目か分からない昼休み。何時も通り彼はわたしの机に椅子を寄せ、油揚げを差し出す。

 この捧げものももう何十枚目だろうか。おかげさまで油揚げで作れる料理のレパートリーが増えてしまった。

 お弁当を二人分取り出して机に並べる。嬉しそうに瞳を輝かせた後、三科はちょっとだけ眉を寄せる。


「ね、笠木」


 んー、と生返事を返しつつ箸を置く。


「最近みんな変だね」

「あんたが原因です。ていうか分かってなかったの!?」


 思わず後ろにひっくり返りそうになったのをこらえ、返す。引きつる口元はどうしようもない。


「先生が脅えてるかな、とかは」

「三科、『立派なおきつねさまになる予定』とまで答えてて気が付いてなかったとか言わないよね」

「何が」


 変人さんはきょとんと黒い大きな瞳を瞬く。


「子狐が思いっきり見えるの」

「……見えてた?」


 見えてた? って疑問調か!?


「なんとなく、そんな気もしてたけど。みんな見えないって」

「それは力の限りに現実逃避してただけだから。三科から離れたら消えちゃうし」

「そうなんだ。別に変わったことはしてないんだけど」


 三科の手元で子狐がコロコロ転がる。


「そう言えば三科って意外に頭良いんだね。数学全部解いてたし」

「分からないなら、教えてもいいけど」


 言ってくれた言葉は嬉しいが、果たして三科は教え上手なのだろうか。

 おきつねさまの事は大分受け入れ始めている自分が居る。ある種の開き直りなのかもしれないが。


「三科」

「ん?」


 不思議なことも多いけど。やっぱり今思うのはこれだろうか。じっと、真剣に目の前の変人を見つめる。


「子狐触らせて」

「いい、けど。なんで」


 不思議そうに首を傾ける奴には分からないのだろうか。このコロコロしたふわふわした反則的な可愛さが。

 良し触るぞ! と意気込むわたし。何故か居ない黒いふわふわ。


「三科居ないんだけど」

「ちゃんと笠木の側にいるよ。ほら、手に触ってる」


 触ってる? ……全く分からない。今だけで良い、霊感が欲しい。


「全然分かんない」


 触りたいのに触れない。ふわふわしたのが側にいるのは確実なのに見えもしない。泣きたくなる。


「あっ、笠木触りたいんだっけ。じゃあ、ああすればいいのかな」


 慌てたように三科が手を振った。

 そして、すっと顔を近づける。頬に三科の艶やかな黒髪が触れる程の距離。

 うわ、うわ。おさまれ心臓。三科、何を考えているのかは分からないけれど、いきなり顔を近づけるな!

 ばくばくどきどきと我が心臓は偉いことになってしまっている。顔が熱いのが分かる。見えませんように。

 初対面の時でもあるまいし、相手は分かってるんだから、変人相手に高鳴るなわたしの心臓ーっ。

 呼吸困難に陥る前に三科が離れた。両手で何かを掴んでいる。


「はい、これで見えるよ」


 ……そ、そうだね。と答える元気もなくこくんと頷く。

 見た目通りふわっふわだ。変人さんが持ってるから私にも触れるだろう。

 レッツチャレンジ!


「あれ。わっ」


 触ろうとした腕が黒い子狐を突き抜けた。

 何、嘘、わたしは駄目だって言うの!? 文句を言おうとして驚いたような表情を見せる黒い瞳と視線が絡んだ。

 間にあるのは平らな机。このまま体勢が崩れれば顔面激突は免れない。

 やばい。

 思うが身体は落ちてゆく。がぐ、と腕が軋みを上げた。今の衝撃のせいか心臓の音が耳元で聞こえる。

 少しざらついた布と、早めの鼓動。腕が少し痛い。

 ん? 顔は痛くない。今結構な勢いで顔面をぶつけるコースだったよね?


「笠木、大丈夫?」


 側で響いたささやきに、わたしの身体と脳は硬直した。

 …………

 鼓動が聞こえる。身体は痛くない。柔らかな体温が今更ながらに分かる。

 初めての出会いとは全く逆で、今度はわたしが三科に助けられた。そう気が付くのにしばらく掛かった。


「ご、ごめん。重かったよね!?」


 慌てて身体を離して姿勢を正す。三科が息を吐き出し、小さく笑った。


「ううん。無事、ならいいよ。触れなくて残念?」

「え、あ。ちょっとだけど。いいや、もう良いから!!」


 なんか混乱しつつ手を振る。

『あの三科が人を!?』『ていうか抱き合うなんて大胆!!』『ヒューヒュー』

 紅い顔を自覚しながら周りの声とからかいに沸騰しそうな気持ちを抑える。

 そして気が付いた。わたしは変人を少し意識している。


「おまえら変な関係だよな」


 いつの間にか後ろに佇んでいた南野が、大きく息をつく。

 確かにわたしと三科は変な関係なのだろう。出会いから今日まで。

 おきつねさましか繋がりはない。最初は迷惑だったこの関係。

 面倒でたまらなかったはずだった三科との言い合いがちょっとだけ心地よくなっていることにも、わたしは気が付き始めていた。


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