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7:里子もらい受けます

 視界がぶれている身体は熱いし意識も薄れがち。しかもそれは毎日のことだ。産気づいたのはおきつねさまではなく自分の方じゃないかとも馬鹿なことを思って見る。

 吐き気はない。ただ、鉛のような重さの固まりが身体を押しつぶそうとしているような感触がある。


「笠木」


 ゆさゆさ。


「かさぎ~」


 ゆらゆら。

 身体がぶれる。重たいはずの鉛の身体は簡単に揺らされる。


「かさ――」


 更に揺らそうとする腕を震える片腕で身体を固定し、がっしと掴む。


「酔うから、ヤメロ。半死半生の、わたしに、な、にか……用」


 ぜいはぜいはと呼吸するわたしこと笠木(かさぎ) (かえで)。変人さんである三科(みしな)は黒髪を揺らし、綺麗な瞳を瞬いて。


「ううん。生きてるかなーって」


 悪気無く言った。

 普通の人ならば首の一、二回くらい捻りたかったけれど、相手は変人さんである。捻るだけ無駄というものであろう。

 菩薩ではないが、息を吐き出して諦める。仏にはなろうと思うので後二回やったら許さない事にした。


「なんとか……生きてる、なんとか」


 気を抜くとお花畑を飛び越えて橋を渡りそうだけど。


「大丈夫だよ笠木。もうすぐ終わるから」

「ナニガですか」

「しゅっさ」


 どうやらわたしは仏にはなれなかったらしく、反射的に三科の唇に裏拳を当てていた。

 へろへろなので威力はないが、口を塞ぐことには成功。

 っていうか今出産中ー!?

 変人さんの言うことが確かならばまさしく私の肩のどちらかは出産現場な訳だ。

 二十四時間番組も真っ青な緊急事態だ。ていうか人の肩で出産してくれるなおきつねさま。


「……もむーむむー」


 変人さんが何か言いたそうにしているので手を下ろす。


「良かったね笠木。元気な女の子だよ」


 わたしの暴虐は気にせずに、にぱあ、と笑って両手を合わせる。

 そ、そうか。よかった。一匹か。


「……終わり? もう出てこない!?」

「うーん。一匹だけみたい。残念」


 残念じゃなくてラッキーです。と思った瞬間身体全体に重みが掛かる。

 この感覚は忘れもしない。久方のおきつねさまのお仕置きタイム!

 ごめんなさいごめんなさいご出産おめでとう御座います。御神酒と油揚げも添えますので許して下さいッ。

 心の中でひとしきり謝り倒すとふ、と重みが消えた。


「重い」


 だが、前より肩が重い。右肩が。と思うと左肩が重くなり、次は頭が重くなる。


「元気だよ、もう歩き回ってる」


 やっぱり子供が原因か!!

 三科はとてもほのぼのとした表情を向けているが、わたしにはなんにも見えない。

 見えるのは恐らく三科ただ一人だ。


「三科。わたしなんか限界」


 さっきより身体が重い。


「神体を創り出すって結構大変らしいから、きっと笠木の力もちょっと貰ったんだね」


 だね、じゃない。なに人の体力奪ってるんですおきつねさまー!!


「引き離した方が笠木は楽だと思うけど、母体から栄養貰わないと駄目だから遠くに置けないし」

「――三科。その前に『おきつねさまの子供宜しく』で通じる奴居ないと思う」

「南野なら大丈夫かな」


 ただひとりの三科の友人。人当たりは良さそうだが預けたいと思うのは未知の物体の子供だ。

 おきつねさまが視えて、話も出来て、それで(おきつねさまの)信頼もあって、よく会う人物に頼むしか。

 そこまで考えて視線が三科に向いた。


「え。なあに笠木」


 見た目は人並み以上だがヘンナヒトだ。しかしその変な人の原因の多くは霊が視えることにある(らしい)。

 苦渋の選択。古びた梯子のような不安感だが後ろには崖しかない。すう、と息を吐いて私は決断した。


「三科。子供預かって、下さい」


 もう周囲にどんな目で見られようが気にしない。これ以上なんか搾り取られたら死ぬ気がする。

 それに、毎日毎日『おきつねさま』と連呼する三科が断ることはないだろう。そんな打算めいたことも頭の隅にあった。


「俺? えっと、うん。良いよ。おきつねさま……いい? 笠木が良いなら良いって」


 えへへ、と笑う。とても嬉しそうだ。打算のあった自分が醜くく感じてくる。


「じゃあ受け取るね」


 すっと頭の上に三科が両手を伸ばす。ザ、と教室が一瞬沸いた。

 掠める黒い尻尾。今のなんですか。

 三科の腕にスッポリと収まる黒っぽい犬のような生き物。

 犬にしては妙に耳が大きいような。


「なまえはおきつねさまその三がいい? ちがうのがいいー?」


 センス皆無の台詞にじたばたとちっこく奇妙な生き物は身体を揺らし、三科の腕から消えた。

 ――消えた。フッと。水の中に落とされた一滴のインクのように。

 わたしの意識も消えそうだが、どうも辺りにもそう見えたのか『怪奇現象!? 流石変人ッ』とざわめかれている。


「あっ。駄目なんだ。教壇まで逃げて行かなくても」


 気のせいだ。気のせいだ絶対気のせいだ。だってわたしは視えない人だから!

 『油揚げあげるー』と無邪気に机の上に袋をぶら下げる変人さんを横目に、わたしは自己暗示にふけった。

 譲渡先は見つかったけれど、何かがとても不安に思った今日この頃。

 だれかわたしの一般的な日常を返して下さい。


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