6:里親さがしてます
木漏れ日が教室を包み、昼食をどこで取ろうか思案する生徒達を横目にわたしこと笠木楓は、ダウンしていた。
言葉を紡ぐことすらも苦行になり、あまりの労力に呻きの一つ漏らすことさえ止めた。
ちょこちょことわたしの正面に佇んだ後、三科が既に恒例となった席移動をする。ちゃんとマイ椅子持参だ。
後ろ手に新聞に包まれた何かを持ちこちらの様子をうかがって、黒い瞳を少しだけ瞬いた後。
「どうしたの」
一応人間らしい気遣いをしてくれる。
「動けないだけ」
全体的に圧力を受けてるだけで、息は出来る。背後霊だか守護霊だかの機嫌を損ねてしまったんだろうか。
「ふうん」
頷いて両手を差し出してくる。そこでスルーか。
心の中で突っ込みながら、三科なだめ用弁当を机の中から片手で取り出して正面に置いてやる。
表情はそこまで動かないが、瞳を潤ませて頬を染めている辺り花を散らして喜んでいる。
大分この男の表情が分かるようになってきた。学園一の変人さんと名高い三科陸。
「あ、おきつねさまに今日はこれをあげる」
「ど、どうも」
実体は学園一の変人さんではなく、霊感が高い視える人だったりする。
変なのは同じだけど。
変人さんもとい三科は、新聞に包まれたそれを開く。
なんだかとても高そうな桃だ。
艶やかな桃をそっと取り出し、三科はいそいそと弁当と交換した。
今日のお供え物らしい。
「〝さんごのひだち〟に良いものってよく分からなかったからこれ」
いつの間にか蓋を開き、卵焼きを口いっぱい頬張ってからもぐもぐと喋る。
飲み込んでから喋れ。
「産後の肥立ち?」
注意しようとも思ったけれど、聞き逃せない単語を反すうする。
「うん。そろそろだね」
きんぴらゴボウをつついてにこにこ微笑む変人一名。そして凍り付くわたし。
「…………もしかして三科。私の肩の居候三匹になりかけてる?」
軋みを上げかねない首を動かして、心の中で泣きながら尋ねる。感動でも歓喜でもなく絶望の涙だ。
「双子じゃなければそうだと思う」
視える人は無邪気に頷いた。どうして分かってくれないんだろう、この悲哀。
「いつ頃から」
「二月ほど前からお腹が大きく」
あーなんか、その時期から重くなってきたから。何処か機嫌を損ねたのだろうと捧げものを神棚にしてみたのに。
よりによって出産? タダでさえ二匹でも重いというのに居候が増える!?
というより生物かどうかすら分からないのに妊娠?
頭を抱えるわたしに、「あ」と三科は呟いて。白いご飯をお箸に載せたまま、
「妊娠おめでとうございます」
ぺこりと、人の気も知らず頭を下げた。
そしてクラスの数人がぎょっとした目でこちらを見つめてくる。
誤解された。絶対誤解された。
頬と頭が熱い。
……泣いてやる。
昼食を三科に譲り、ぱたんとわたしはうつ伏せた。
誰か、このおきつねさまの増殖を止めるかして下さい。
『笠木楓、現在二匹のおきつねさまの家。更に居候は増加中。
視える人に限り、ただいま里親募集中。
ついでに目の前の変人さんの面倒も見て下さい』
生きた屍のわたしは、心の中で張り紙を出した。