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間章:彼の生活


 重たいスーパーの袋をどさ、とキッチンにある机の上に置く。

 あっ。卵割れなかったよね、うん割れてない。


「あら楓。どうしたのそんなに」

「明日のお弁当」


 タイミング悪く様子を見に来た母親に心の中で半眼になり、出来うる限り素っ気なく続ける。


「……ちょっと多すぎると思うわよ」


 鋭い。うう、確かにいつもより多いからなー。


「ちょっと知り合いから弁当作り頼まれた」

「めんどくさがりの楓が引き受けるなんて珍しいわね。肩凝ったーとかいって止めるじゃない」


 最近はその肩の原因がキツネの同居人だと判明したが、前のわたしと同じく霊感やそのたぐいを全く受け付けない母親に言っても信じては貰えないだろう。

 もちろんわたしだって信じたくない気持ちがあるのは確かだけど、三科の側にいると肩がもの凄く軽くなったり。

 おきつねさまの悪口を言うと全身が硬直したりと笑えない現象が起こっている為、無下にも出来ない。


「彼氏?」

「ううん。お弁当がキャベツの人」

「……こんど連休だけど。その人ダイジョウブなの?」


 子供じゃあるまいしそんな心配しなくても。と、言えないのが三科の三科たるゆえんか。

 わたしは曖昧な笑みを母親に向け。


「栄養失調しないように作るよ」


 全く笑い場所が見つからない言葉に母親はしばし沈黙し。

 深くは追及せずに『責任重大ね』と励ましのエールを投げて去っていった。 


「ホント。どうしてるかな。食事してればいいけど」


 ウインナーの包みを置き、買ったばかりの卵を眺めて思う。

 無理だろうけど、おきつねさま、差し入れくらいしてあげたらどうだろう。




 鍵を外し、いつもの無機質な扉を開く。ただいまは言わない。

 なんとなく昨日壁一面に描いた油絵もそのまま。今日も、だれもいない。

 冷蔵庫を眺める。いつものように笠木にちょっと怒られたな、と思い出す。

 キッチンのテーブルに冷めたご飯と野菜炒め。

 毎日変わらず出てくる料理。俺の知っている母親の手料理はこれだけで家族で食事なんてした記憶もない。写真を見てようやく家族が誰か分かるくらい。

 上に掛けられたラップを外し、面倒なので暖めずに口に運ぶ。

 数度箸が動くけれど、すぐに手と食欲が止まってしまう。

 物足りない。

 ふと思い立って冷蔵庫の扉を開いた。隙間の多く見通しの良い空間には母親の好きな甘いものと。水とお茶。それだけしかなくて。父親の好きなものも入ってない。

 なにかないかと下の引き出しをあける。野菜室に白い大根とキャベツが転がっている。

 横を見る。大量に買い置きされたメンマが棚を占領していた。

 ふう、と溜息をつく。大根はあんまり好きじゃない。

 そのままかじってもからいだけ。ほんの少し付けた練乳もいつも放り出してしまう。

 食事が楽しいと感じた事はないけれど、妙に詰まらない。

 昼間があんなに明るいからだろうか。

 半分以上残った皿を片付けて、大事な事を思い出す。


「油揚げ」


 あの綺麗な二匹の狐に捧げものをしよう。

 昼食代と書かれたメモを握りつぶし、ゴミ箱に放る。溢れた紙くずが雪崩を起こして床に散らばった。


 そういえば、笠木のお弁当――美味しかった作ってくれるの。楽しみ。


 ノブに手を掛ける。行ってらっしゃいの声のかわりに、軋んだ金属の音が立って。重たい響きが鼓膜を打った。

冷たい空気が頬を撫でて、俺は自分の気持ちを反すうする。


「楽しい…?」


 昼ご飯。楽しい、んだ。最近は。

 藍が混じりはじめた空気に笠木の困ったような笑顔が重なって、ちょっとムズムズとくすぐったい気持ちになる。

 彩色の激しい信号が赤く滲む。白い横断歩道は薄闇が乗せられて灰色に映る。

 はやく、明日にならないかな。

 何だか無性にあのお弁当を食べたい。無い物ねだりだ。



 横にいた人達が歩き始め、顔を上げると既に信号は青く変わっている。

 「寒…」着替えていなかったせいか、今日はいつもより寒く感じた。 

 おきつねさま、マフラーになってみたいって言ってたけど暖かいんだろうな。

 ――笠木、どうしてるんだろ。

 寒空を見上げると、何故か狐の宿り主が俺の頭をよぎった。



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