表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

4: なつかれた


 ぱくぱくと何だか嬉しそうにお弁当をつまむ三科にわたしの堪忍袋の緒が切れた。


「三科。いい加減にしてよ。わたしいつも購買じゃん」


 喰うのは良いんだ。でも何故わたしのお弁当を米粒一つ残さずに平らげる。

 おかげさまでお弁当派なのに毎日購買という悲しい日々が続いている。正直言うとお小遣いの危機。


「美味しいから」

「そりゃどうも」


 悪びれた様子のない丸っこい瞳に睨みをきかせるが、にへ、と幼稚園児の笑顔が返ってくる。

 これが高校生の反応か。


「……俺の食べてイイよ?」

「有り難う」 


 とても有り難い申し出に一つ礼を言って、一拍置き。


「でもアンタの弁当キャベツじゃん!」


 わたしの反論に周りの連中がご飯を吹き出した。一部は喉につまらせて慌ててトイレに向かっている。ゴメン、イメージ裏切って。


「あれは、あの日だけだったから」


 ほう、と頷き三科の側にある見た目は普通の弁当箱を手に取る。軽い。

 何にも入ってないんじゃないかってくらい重みがない。

 黄色いハンカチをゆっくり解き、妙に綺麗な弁当箱の蓋を取り去ると。


「ハクサイ」


 ビッシリときざまれた白菜が敷き詰められていた。白米のはいる余地はドコにもない。

 しかも。


「生か!?」


 更に後ろ辺りでざわめきが聞こえるけど、こればっかりはわたしのせいでもないし。

 『やっぱり変な奴だ』『イメージが』とか言うのは納得できるが『対応する笠木も変人だ』なんて人聞きの悪い事は言わないで欲しい。

 三科がしょっちゅうまとわりついてくるだけで、わたしは真人間だ。こんな変なのと一緒にするな。 

 変人がにこにこと笑うこれだけ見れば普通なんだけどな。


「笠木のお弁当美味しい」


 そりゃあ美味しいだろう生野菜の千切りよりは。三科、アンタはわたしにきざみハクサイをかわりに食べろと言いたいのか?


「いつもキャベツとか白菜じゃない」


 考えを見越したみたい首を傾ける姿は中身はアレだがリスみたいに愛らしい。


「にんじんの時もあるし。日がよければ新鮮なネギの時も」


 薬味じゃん。日が良くても野菜なのか弁当は。


「……ベジタリアンなんだ?」

「そうでもない」


 そうでもないのか。


「たまには生卵」


 生は止めろ。

 取り敢えず三科の食生活が垣間見えた良く今まで生きてこられたものだ。


「最近は油揚げ」

「そのままで?」

「包装紙は剥く。このごろは」


 この間まで包装紙ごと食べてたのかお前。きっと湯通しとか油抜きとかそういう単語は三科の辞書には存在しないに違いない。

 注意する気も失せて大きな溜息が口から漏れる。


「メンマも美味しいよ?」


 励ますように言ってくれるが、色々な意味で涙がにじんでくる。


「メンマは主で食べるものでも、弁当に大量に詰め込むモンでもない」

「そうなんだ」


 偉く感心されて、激しい脱力感が襲ってくる。止めなければきっとコイツはメンマを弁当箱一杯に詰めてくるに違いない。日の丸弁当の方がまだマシだ。


「わかったわかった。このままじゃわたしも食いっぱぐれるし……経費を出すなら食料援助してあげよう」


 ただではしない。お小遣いの限られたわたしは財布の紐を締めなくてはいけないのだ。


「けいひ……。野菜渡したら作ってくれる?」


 作れるけど三科。それだともれなくサラダか野菜オンパレードになるぞアンタの弁当箱。


「材料費くれれば好きなの作ってもいいけど」

「ほんと? ……たまごやき、も」


 やっぱり好きなんだ卵焼き。


「いいよ」

「メンマ持ってくる」

「メンマはいらんから」


 何故かメンマにこだわる三科。そんなに気に入ってるんだろうか、メンマ。


「じゃあ……えーと。笠木、ダイジョウブ?」


 なんだと。それはわたしに対する挑戦か。


「馬鹿にしてはいけない。これでも鍵っ子なんだからそこそこは出来る。

 野菜千切りよりは人間らしいものが食えると思って良し」

「ほんと?」

「本当。わたしもお弁当派だからこのまま購買続きもイヤだし」


 強めに頷いてみせると大きめの黒い瞳が一層大きく見開かれ。ぱぁぁ、と周囲へあからさまに花を散らす。

 う。いくら三科が変な奴だとはいえ、そこまで喜ばれると悪い気はしない。

 じろじろ見ないようにしていたが掠めた笑顔に思わず視線が惹き付けられてしまう。

 なんて顔で笑ってるんだ。

 無邪気な子供みたく目一杯喜色を浮かべて微笑んでいる。


「大好き笠木」


 その笑顔のまま奴はとんでもない台詞を吐き出す。


「なっ!?」


 な、ななななにをこ、こう、公衆の面前で。


「お弁当」


 更に続けられた言葉に肩が落ちた。そうか、お弁当が。一瞬いらん想像をして跳ね上がったよわたしのお馬鹿な心臓。


「笠木宜しくねー」


 ぎゅ、と勢いよく机越しに抱きつかれて。


「こら抱きつくな分かったから離れろ」


 赤くなった顔を見られないように慌てて頬ずりすらしそうな三科を引きはがす。

 いささか乱暴な扱いにも不満を漏らさず、三科は常にご機嫌な笑顔でわたしを眺めていた。


 なんかわたし、コイツの保護者になってる気がするよ。おきつねさま。

 これって、なつかれた……のかなぁ?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ