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3: 通訳はじめました

「おきつねさまがマフラーになりたいって」

「知るか」

「通訳はじめました」


 わけのわからん事を言ってる三科(みしな)をやりかけのドリルの背で適当に追いやっていると、勢いよく手を挙げて、その男子はわたしに満面の笑顔を向けた。

 硬質の髪がちょっとだけボサついているが、顔立ちも体型もただの男子生徒。見た目は普通なのはよく分かる。でも三科に一種通じるその突拍子のなさは変な人その二といった印象だ。

 変人奇人ご来店。


「現在取り込み中の為面会は出来ません」 


 顔を伏せて、続きの問題に頭を悩ませる。こうやって人は強くなるのだな。


「おきつねさまー」


 人が真剣に紙面に向かっているというのに、奴がだらーんと机にうつ伏せてドリルに影を作る。


「邪魔するな三科。わたしは今この数学ドリルに全神経を注いでいるんだから。まだ午前中の休み時間でしょ油揚げは昼休みにして」


 マフラーの意味も分からんし。だんだんわたしも三科に対して遠慮という言葉が無くなってきている。


「かまって」

「は?」


 表紙を喰らえとばかりに押し付けると、正面から上がった抗議の声。ではなく先程の男子だ。

 歩み寄り、三科の肩に手を置いて。深々と頷く姿に思わずぽかんと口を開けてしまう。


「構えとヤツは言っている」

「三科が?」


 マフラーがどうのこうのとか言ってたけど構って欲しかったのか? 残念ながらそこまで曲解できる脳を持っていない。

 それよりも、どこの誰だ。三科とはどういう……ある程度深い関係みたいだけど。


「らしい。あ、俺は南野 良二みなみのりょうじ。りょうちゃんと呼んでくれ」


 よくよくみると微かに芸人のような雰囲気があって三科よりは取っつきやすい。


「一応陸の幼馴染みだ。陸ってのは三科の事な、もちろん」

「おさななじみ」


 否定はしないらしい三科。


「わたしは笠木楓。で、南野。お願いがあるんだけど」


 南野の『あだ名で呼んで呼んで』オーラを丁重に押し返し、肩をすくめる。


「カエデだったっけ」


 大きな黒い瞳がじいっとこっちを向いて。わたし達の話は知ったことではないとばかりに三科がこて、と首を傾けた。

 ドリルの側に寝ているので艶々した黒髪に消しゴムかすが絡む。

 そうか。名前覚えてたんじゃなくて名字しか覚えてなかったのか。

 覚えてただけでも凄いけど。仕方がないのでゴミを払ってやるが冬眠中の熊みたいに不動。


「カエデだったよ。南野取り敢えず邪魔だからこれ持って行って」


引き渡す為に持ち上げようとするけど、体重を掛けられて全く持ち上がる気配がない。


「やだ」


 ごろんとうつ伏せになったまま机にしがみついて唇を尖らせる。三科、さっき払ってあげたばかりの髪がまた汚れたよ。


「ヤダじゃなくて行け。次のテストがやばいんだから」


 指先でぱっぱ、と払う仕草を見せても三科はいやいやとだだっ子になる。


「おきつねさまー」


 そんなに好きか私の肩の動物霊。


「おきつねさまとは昼にでも遊べるでしょうに」


 溜息混じりに眺めると、うるうるしながらも三科が口を引き結ぶ。

 奴の外見が子供っぽいせいで酷くいじらしく見えてしまう。く、クラスの面々の視線が痛い。


「…………じゃあ。昼、来るよ?」


 お留守番を頼まれた子供のようなたどたどしい口調。


「はいはい」

「うん……約束」


 適当に手を振ると、少しだけホッとしたように奴は頷いて自分の巣(席)に帰って行った。イイ子だ三科これで集中できる。

 心で頷いていると、未だにドリルに影が差している事に気が付いた。


「南野。まだ何か用でもある?」


 顔を上げてみる。ひょうきんそうな南野の顔が引き締まり、わたしの目をじっと見つめる。

 な、なにか真面目な話なのか。引き気味になるわたしに構わず南野は顔をぐい、と寄せ。


「変わり者だけど、陸を宜しく頼む」


 深々と一礼。そっちの方に真面目な話か! 力の限り遠慮したい頼み事に引きつりそうになった頬を抑え。


「何で私が」


 愛想良くにっこり首を傾けた。目線で『隣とかあっちとかそっちとかにも人がいるだろう』と告げてみる。

 ふ、と南野は遠い目をして。


「俺以外友達居ないんだよ。昔から」


 沈痛な面持ちで首を振る。


「…………あー」


 日数は浅くとも、接触回数は格段に多いので、酷く納得の声を上げてしまった。

 頼みの綱はお前だけなんだ、とばかりに懇願の目。


「なっ。頼むよ……後生だからさ! 分かんない会話は手伝うし」


 後半の台詞は有り難いが、並の人間であれば通訳はいらんだろう。

 まあ、三科だもんなあ。

 変わり者の友人らしき南野は両手を合わせ、ずっとこっちを拝んでいる。

 わたしは大仏か。

 泣く子供と友達思いの奴の頼みは断れない。


「ちょっとだけだからね」

「有り難う笠木。恩に着る!!」


 どうせもう手遅れだしな。肩の方でケン、と幻聴が聞こえて。私は小さく溜息を吐いた。

 

 三科の入れ知恵(らしきもの)による毎晩の御神酒で金縛りが無くなった事は喜ばしいけど。

 おきつねさま。あなたのおかげで妙な縁がはぐくまれております。


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