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変な人とおきつねさま  作者: 鈴谷
番外編
15/17

番外に:動物大行進

 皆様こんにちは。寒い冬が続いています。いかがお過ごしでしょうか。

 変人さんと何の因果か巡り合わせか恋人となったわたし、笠木 楓。一人間として現在言いたいことがあります。

 動物好きだとは言ったが、限度があるよおきつねさま!?

 ベッドの上で正座したまま今日はどうやって爪先を下ろそうか悩む。

 普通の人は何処でも良いじゃないかと言うだろう。今普通ではなくなりつつあるわたしには、残念ながら足の踏み場が見つからないので慰めにならない。

 迂闊なことは言うものではない。

 艶やかな猫の背中に、大きな犬のつぶらな瞳を見ながら溜息をついた。



 始まりは毎度の事の変哲もない一言だった。


「三科。おきつねさまの子供は良いとして、不法侵入者……というか犬や猫が増えてない」


 足下に鎮座する黒猫の耳を眺め、教卓の側で散らばったチョークを見つめる犬の尾を見る。

 先生が居なくなり、昼のチャイムが鳴ると同時に数匹の動物が雪崩れ込んでくるのだ。

 しかも誰も気にも留めない。三科のせいで慣れたのかも知れない。気持ちは分かるが、流石にこの状態はどうだろう。


「何時もとおなじ……だけど」


 誰もが認める変人様がそう曰うが、わたしの机を白猫が飛び越えていった。

 黒い綿毛のような身体から眠そうな顔を出し、子ぎつねさまが三科の頭上で伸びをする。


「どこがよ。こことかそことかあそことか! 立派に動物のたまり場でしょうが」


 びしびしびし、と足下、教卓、隣の机の上を指す。猫が団子状に絡まり寝そべってるのが普通なんて認めてたまるか。

 三匹の猫が絡み合う姿はある意味楽園だが。


「何言ってんだよ笠木。何処に動物いるんだ。むしろ居たら触りに行くぞ!」


 瞳を輝かせ、三科の親友であり、(奇特な)幼馴染みの南野が拳を握った。


「南野、動物好きなんだ。ほら一杯居るから触り放題だよ」


 瞳をキラキラさせてる割に、足下にいるのも見えないのか。


「何処だよ。居ないじゃん。あ、さてはからかってるな!?」


 大抵芸人のようなノリツッコミをかました後に抗議するが、珍しく普通に怒る南野。

 やっぱり好きなのか動物。


「笠木。無駄……ふつう、見えないから」


 ぼそりと。呟かれた言葉を理解するのに数秒の時を要し。

 その台詞の向かう先、わたしの現状を飲み込むまで約数十秒硬直する。

 ふつう、みえない。そうか、普通見えないのか。

 ならば触れないはずだ。触れないだろう、絶対に!

 そう決意し、艶々した黒い毛並みと時折揺れる耳が気になっていた黒猫をゆっくり脇から掴む。

 ふに、とした手応え。軟体動物のようにしなる躰。つやつやした高級絨毯のような触り心地。

 胸元の毛も柔らかそうだ。誘惑に抗えず、顔を埋める。

 すりすりすり。ああ、気持ちいい。

 恍惚の溜息を吐き出し、我に返る。一応そっと元の場所に黒猫を戻した。


「三科。この力一杯現実感ある子が見えないとは何よ」

「嘘じゃ、ない」


 少し拗ねたような声で、三科がおきつねさまの娘さんの喉をくすぐる。子ぎつねさまは気持ちよさそうに大きな目を閉じた。

 真似しようとしたわたしの指が通り抜けて机の表面に触れた。

 未だにその娘さんすら触れないのに、これが動物霊でした、で納得できる訳がない。

 じゃあ、あの犬も動物霊とか言うつもりか。あんなにデカイのに!

 確かに教室のみんなのシカトっぷりをみればそう言われた方が納得できる。

 けど、わたしは納得しない。ならばやっぱり触っても透き通るはずだ。

 チョークを鼻先でつついていた大きめのワンコにうりゃあと抱きつく。

 ばふ。と軽い音がして固めの毛が制服越しに伝わった。

 ぐりぐりぐり。頬ずりもしてみる。犬毛だ。


「パントマイムか楓ちゃん」


 名前呼びするなと南野に言おうとして、別の言葉に言い換える。


「居るでしょ。ほら。パントマイムって何」


 人なつっこい大型のワンコはパタパタ尻尾を振って居る。今更考えると、いきなり抱きつくのはまずかったかも知れない。


「ほうら南野、ワンコだよー。触り放題だよー」


 舌を出して嬉しそうに目を閉じている犬の頭を撫でる。動物好きでもここまで大量の動物に囲まれる事は少ないだろう。


「……もしかして居るのか」

「モシカもカシカも無く居る。目の前に」

「やたら上手いパントマイムだなーとか思ったけど、触ってるのか」

「抱きついたり出来るよ。凄い実体あるわよ」

「悪いが見えない。それはアレだ」


 アレというとアレですか。霊とか付く。このふっさふっさしてる毛並みの犬も。

 艶々していた黒猫とかも。現実の物ではないと。


「嘘だ」

「マジだ」

「嘘だーーー!! だって凄いもふもふしてるのよ。ふにふにしてたりもするのよ。信じられない!!」


 思わずわしわしと毛を撫でてしまう。気持ちいいのか、相変わらずされるがままの状態だ。

 こんなリアルな幽霊が居てたまるか。霊と言ったら半透明だったり不気味なのが常識だろう。非常識にも程がある。

 前に出た黒い影や女の幽霊さんはその辺をわきまえていたのに、どういうことだ動物霊。


「うわぁ。それは羨まし」

「くない! 見分け付かないじゃないこんなの!」


 近所の猫や犬がもしかしたら生物ではないのかも知れない。うっかり可愛い子ですねーなんて尋ねられなくなる。

 というより何を信じればいいのか分からなくなるではないか。隣にいたお婆さんとか、通りすがりのお兄さんとか、それすらも疑ってしまう。


「笠木。動物……きらい?」


 何処かピントのずれた質問に一瞬戸惑う。


「え、っと。好きな方だけど」


 好きだと思う。どりゃあっと抱きついたり思わず顔をうずめるくらいは。


「得したと思えば良いと思う。授業中も動物天国」


 そう言う考え方もありなんだろうか。

 わたしより遙かに霊経験の長い三科が言ってるんだから、信じても良いんだろうけど。

 三科自体が怪奇現象という説もあるくらいだし。いやいや、それを彼氏にしてしまうわたしが一番の怪奇現象なのか。

 昼休みの終わりのチャイムが鳴り響き、「慣れればいいか」と半ば考えを放棄しながら溜息をついた。

 本当に、慣れとは恐ろしい。




 それで今朝や今に至る訳だが。

 確かに動物は好きだと言った。言ったけども。

 この軍団はなんなんだろう。

 教科書を捲る手を止める。

 前の机に猫が積み重なり、隣の机では小型犬が腹を見せて寝ころんでいる。

 しゅ、集中できない。

 ただ、前、三科がこっちを見て少しだけ笑っていた理由が判明した。わたしの隣の席では仔猫が格闘を繰り広げている。

 しかも人様の頭の上で。絶妙なバランス感覚でリングという名の頭から落ちる事はない。

 今現在も必死に吹き出すのをこらえている。なんだこの面白アニマルワールドは。

 時々チラチラと視線を巡らせていた三科を前はちょっとだけ落ち着かない奴だと思っていた。

 凄いよ三科。わたしには真似できない。ちらりではなく、気を抜けばガン見していそうな自分が居る。

 猫が犬の尻尾に数珠繋ぎになったり、大型犬が尻尾で窓を叩いたりして居るのをすまし顔で見るなんて無理だ。

 先生の声が耳から素通りする。うあぁぁ、勉強できない。違う意味で困った事になりつつある。

 早く放課後来い。わたしは時計へ真剣に念を送った。




 鐘が鳴ってひとけがなくなり始めたのを確認し。わたしはダッシュで南野とだべる三科の元に駆け寄った。


「ギブ! 無理。もう無理ッ」

「なにが」


 すっとぼけている訳ではないらしいが、せっぱ詰まったわたしとは対照的にのほほんと三科が返す。

 慣れてきたのか、ぶらぶら前足だけ引っかけたまま子ぎつねさまもキョトンと見つめ返してくる。


「猫とか犬とかっ。授業中見えてもう駄目。集中できない」


 正直笑いをこらえるのがやっとだ。もうわたしが我慢しすぎの呼吸困難で倒れるのが先か授業が終わるのが先かの肉迫した戦いだった。


「うらやましー」

「羨ましくない。仔猫が人の頭でファイトしてんの。笑わないようにするだけで精神力使い果たした!」


 様々な場所で猫パンチやキックを見たが、教室の仔猫が一番洗練されている。危機迫る攻防に伸び上がる躰。

 狭いリングの中での知略すら駆使した戦い。正直仔猫にしておくのが惜しい程だ。いやもう、どっちも死んでるんだけどね。


「……それは別の意味で見たいな」


 見えるもんなら見せてあげたい。授業は違う意味で見えなくなる。


「おきつねさまに言えば、消して貰えるよ」

「見えなくして貰えるのね」

「ううん。消し飛ばしてくれるよ。笠木に害がないのだけしか近寄らないようにしてるみたいだし」

「仔猫まで消すのか、非道!!」

「いや、そこまでしなくて良い。見えなくなるだけで良い。っていうか昨日より動物が増えてるんだけど」


 気が付けば雀まで居る。


「笠木動物好きだっていったから、おきつねさまは、気配り」


 せんでいい。そんな微妙な気配りは。


「まあ、なんでこの間三科が吹き出したかは分かったけど。猫のファイトとか犬のガラス叩きが見えれば吹き出すよね」

「俺達の教室そんな面白空間になってんのか!?」


 なってるよ思い切り。


「あ、それはいつもの事だから。この間はちょっと……」

「ちょっと?」


 尋ねると三科が少しだけ困ったような顔をする。

「戦ってた猫が一匹顎から猫ぱんちもらって、丁度後ろに」

 あの綺麗な猫カウンターパンチが決まったのか。良く飛んだに違いない。


「あ、分かった。担任にジャストミート。あの渋面に仔猫が!!」


 南野がぽんと手を打つ。


「そう、顔に大の字で」


 更にとどめの一撃を三科が加えた。胃潰瘍でもあるのかと思うあのしかめっ面の担任に大の字の仔猫がダイブ。

 なんでビデオで撮ってくれなかった。いや、念で撮してくれなかったんだ。


「わたしなら吹き出すだけで済まない。絶対笑う」


 良く吹き出すだけで済んだよ三科。聞いてるだけで机を叩きそうになるのに。


「俺も笑う」


 全く同感だ南野。いつの間にかわたしの側に黒い髪があって身体が跳ねる。

 び、びっくりした。至近距離に来るな三科!


「うん……うん……うん」


 いつもながら脈絡がない。赤くなったわたしに気が付かないのか、無視しているのか肩に向かって口を動かす。


「三科。おきつねさまと何言ってるの」


 もうツーカーの仲なのか、声に出さなくても大抵の会話はおきつねさまと成り立ってしまうらしい。

 声に出して貰えないから、突拍子もない三科の行動が止めにくくなった。

 口パクの提案はなんと、おきつねさまらしい。わざとかおきつねさま。


「いいこと」


 少しだけ微笑むのが怖いよ三科。


「限度考えてね三科もおきつねさまも! 今朝猫と犬がみっしり床にいて困ったんだから」

「うわぁ。すごそう」


 想像したのか感嘆の溜息を漏らす南野。凄すぎて踏むのすら躊躇ったよ。


「わかった」


 変人さんは渋々頷いた。





 忠告した次の日。


 朝起きると――枕元にコウテイペンギンが居ました。


「三科あぁぁぁぁぁぁっ!!」


 教室にわたしの声が木霊した。


 廊下で猫や犬や虎やライオンとすれ違い。

 やっとたどり着いた教室にはカンガルーが跳ねていた。


「なんでペンギン居る!! ていうか何ここは。動物園か!?」


 中に入る時間も惜しく、片手で扉を開いたまま鞄とペンギンを持って抗議した。もう気分的には飢えた猛獣、骨まで囓ろうかという勢いだ。

 はっ。ついペンギンまで抱えてきてしまった。家に置いてくるのすら忘れていた。


「変わり種だと喜ぶかと」


 おきつねさまの娘さんと消しゴムで遊びながら呑気に微笑む変人一匹。光景は実にほのぼのとしている。

 わたしのこめかみの血管はブチブチと音を立てて千切れそうだが。


「心臓に悪い!」


 鞄を自分の机の脇にかけ、ペンギンを後ろの棚に置いておく。動かなければオブジェで通る。

 動くなペンギン。見えるのはわたしだけだけど。


「え、嘘。笠木それマジですか」


 そう言う彼の後ろを動物園でお亡くなりになったらしいアリクイが通り過ぎていった。前のめりで尋ねる南野の顔には長い猫じゃらしの穂先にも見える尻尾が揺れている。


「南野の頭にはリスザル居るけど」

「うおあ。見えない自分が憎いーーー」


 ずっと憎め。


「今すぐ消してすぐ消して頼んでも消えないのよ」

「これでも控えめにした、んだけど」

「ドコがだッ」


 明らかに教室が異常だろう。道路でシマウマやキリンが闊歩しているのが控えめとは言わせん。


「群れ単位のペンギン置いて、せめて起きた笠木がペンギンのお姫様気分を味わえるように」

「うわーやさしー陸」

「いらん!」


 気持ちはとてもとてもありがたいが、何かのベクトルがどうしようもなくずれている気がするぞ三科。

 ああ、これだからコイツは変人と言われるんだろうけど。

 確かにコウテイペンギンは偉そうな名前だからその中に居れば多少姫か女王気分が味わえるかも知れない、けど、けどよ。

 その肝心のペンギンは雄でも雌でもコウテイが付くんではないか。つか、あのペンギンデカイから可愛いと言うより怖い。すんごいデカイ。もう少し小さくなければ愛せない。眼光が迫力ありすぎる。

 ああ、三科が群れにするのを思いとどまってくれて良かった。何事も念には念を入れておく物だ。

 うっかり朝起きてショックでぽっくりは洒落にならない。

 げんなりとしたわたしの顔に気が付かないのか、三科は首を傾げた。頭に掴まっている子ぎつねさまがぽて、と机に転がり。ボールみたいに丸まったまま端まで進み、ペタ、と倒れる。

 気が付いた三科が優しく抱え上げ、目を回しているらしい子ぎつねさまの頭を撫でた。三科の瞳がわたしを射抜いたままぱちりと瞬く。

 なんでこやつはそう言うところだけ無意味に可愛いのだ。コノヤロウ。更に惚れさせる魂胆なのか。惚れてやる。


「次はパンダにしようと思ったけど、だめ?」


 パンダ。


「ど、どの位の」

「この位」


 バスケットボール程の大きさを作る。


「パンダ」


 白くてモコモコのふわふわなパンダ……死んでるけど、実体が感じられるパンダ。

 犬は触ったら少し暖かくて触感もふさふさとしていた。きっとパンダなら綿のようにふんわりとしていて、暖かいだろう。

 負けては駄目だ。でもパンダ。あの愛くるしいパンダ。

 あああ、触りたい。おきつねさまの娘さんが触れない分さーわーりーたーいーー。


「許す」


 結局、わたしは白と黒の誘惑に勝てなかった。



 三科かおきつねさまが飽きる二週間、わたしの家と学校は世界規模の動物園になった。

 お客様はわたしだけ。まあ、たまにはこういうのも良いのかな、と思ってしまうのは。

 心の中の秘密。

 奴に言えば調子に乗る、絶対に。

 わたしと三科にしか見えないテーマパークはそれなりに楽しかった。

 でも次からはゾウは教室に置かないで欲しい。

 ゾウの足が邪魔で遅刻しかけたのも、今では良い思い出です。

 量は減っても足下に黒猫が居たりするけど、この位は看過できる。

 ただ一つ、危惧するなら。


 水族館は作るなよ、三科。やりそうで怖い。


*コウテイペンギン補足

現生のペンギンでは最大種。デカイです。

体長は100cm-130cm、体重は20kg-45kg。

Wikipedia参照

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