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10:キツネの嫁入り

 いつも通りの日常。変人さんの黒髪から子ぎつねが転がり落ちたり、時折ケーンと幻聴が両肩で聞こえる、ごくごく平和な一日が今日も過ぎる。

 意識したは良い物の、目の前の油揚げをぶら下げている男をどうしてくれよう。告白とか考えはしたけれど。

 相手は学校一のいや、市内一の変な人だ。普通のアプローチで気が付いてくれるか、そんな訳無い。

 机の上で餌付けをしている三科の幼馴染みの南野は、「良ちゃんにまかせとけ!」とガッツポーズつけて返答してくれた。

 四日経ったけど。全く進展が見られませんがおきつねさま、そして南野。

 大体、なんでわたしはコイツが好きなのだろう。


「こぎつねさまー。ちゃんと食べないと大きくなれないよ?」


 ナチュラルに空間に向かって油揚げを捧げる男に、どうして惹かれた、なんでだ自分!!

 様々な神に祈りたい心境だ。はぁ。

 聞こえないふりしたくても、時折黒いふわふわの動物が顔を出すから幻聴にも出来ない。

 というより、この状況でどうやってわたしは告白とかアプローチをすれば良いんだろう。

 わたしの肩に大きなきつねが二匹、そして三科の側に子ぎつね一匹。

 どう考えても絶対三科の周りではきつねワールドが広がっている訳だし。周囲の同級生が同情の眼差しを向けてくる。

 恋心をどうした物か悩むことにではなく、幽霊よりタチの悪い変人に憑かれたわたしを哀れむ目だ。

 前は「ほっといてくれ、そんな目で見ないで!」と言うところだが、今はもう少し三科をまともな観点で見てあげて欲しいと思う。

 確かに奇行は多いけど、霊関係はどうも本当のようで、筋の通ったことをやっている。清めの塩とか霊水をぶちまけるとか。

 オカルトを信じる人間でなければついていけない世界ではあるけど。時々の本物の奇行は個性だと思って今は諦めている。

 ああ、こういうの毒されてるっていうよね。


「ぎゃっ!?」


 泣きたい気持ちと共に吐き出そうとした重い溜息は、背中に覆い被さった重たい感触で喉の奥にしまい込まれた。思わず悲鳴を上げてしまう。


「笠木っちゃ~ん。目線で何考えてるかバレバレ。それとも楓ちゃんが良い?」


 南野がだらーんと脱力した特大の猫の如く背中から寄りかかってきている。わたしをちゃんと呼ぶな。大きな声で言ってから頭を擦りつけるなー。

 しかもしかも。


「どっちも嫌だ。重たい。離れろセクハラだー!」


 何故よりによって奴の目の前で背中から抱きつくか! 常々三科の頭を覗いてみたいとは思っていたけど、南野の脳みそは分解して検査に出したい。


「そんなに嫌がっちゃって。俺と、オ、マ、エ、の、仲じゃんかぁ」


 どんな仲だ。瞬時に突っ込みの言葉が下る。


「ヒミツを共有する仲間?」


 ひょうきんな顔に浮かんだ意地の悪い笑みに反射的に身体がすくむ。


「うっ」


 もしかしてそれは三科が好きだと言うことがヒミツとやらなのか。なら当たらずとも遠からずだけど、なんでこの仕打ち? もしやキューピッドじゃなくてわたしは悪魔の赤い糸切り職人を呼んでしまった?


「良二。何で笠木に抱きついてるの?」


 石のように黙すことが多い三科が唇を開いた。重たい荷物のせいで顔は見えない。

 助かった、三科、ヘルプ。ヘルプミー。

 声を大に助けを求めようとしたらいつの間にか腕を回されていたらしい喉元が絞まった。苦しいという程ではなくても台詞を飲み込む程の衝撃はある。

 更に危機。本当にヘルプ。おきつねさまー三科ー。子ぎつねさまでも良いからたすけてーーー。

 あれだけ捧げものをしていてもおきつねさまは助けてくれない。神は人に介入しないのが道理なのかも知れないけど多少住居の安否を気にして下さい、おきつねさまー。

 混乱しているわたしを余所に南野の言葉は続く。


「ラヴラヴー、だからだよ。聞くまでもなく」


 ら、ラヴ。LOVE? ダレとダレがですか!? というかこれ絶対仲を取り持っていないよ南野。悪化と誤解の一途しかたどっていない気がする。

 抗議しようとしたらまた喉を絞められてぐぇ、と吐息しか漏れない。ふ、と南野の声が耳朶に落ちる。


『良いか、笠木。俺が今から何言っても驚くなよ。沈黙しろ。水が降ろうが幽霊が散ろうが声は上げるなよ』


 絞め殺されたくないのもある、それに南野が何をしようとしているのかも気になって、思わずこくこくと頷いた。喉の圧迫感が緩んだ。


「陸。いいか良く聞け! こないだ俺はかなり振られた。なんか地面にめり込むくらいこっぴどく!」


 気持ちは分かるけど南野、拳を固めて大声で言う事じゃないと思う。色々と切なくなるから止めて欲しい。南野に向けられたのであろうクラスのみんなの哀れむような視線も痛い。


「……それは、知ってる。最後は半泣きで帰ったとか」


 しばらく沈黙した後、ポツリと三科が答えた。

 三科が知ってるって。もう学校中の噂になってるんだろう、それは。

 きっとこれから本当に語り草になり続けるのだろう。

 ……可哀想な南野。


「うう、そうなんだよ。どの女子も俺のことことごとく振り、じゃなくて! だから決めた。可能性のある奴を選ぶ。

 三科に構ってくれるくらい心が広いんだから笠木は俺の誘いも断らな」

「断る」


 それは間髪という台詞が良く当てはまった。キッパリと、何処か冷たく三科が南野を見つめている。

 いやあれは睨み付けてるんだろうか。人の話は最後まで聞いた後ぼーっとしている三科の意外な即答ぶりにクラスが凍っている。


「やってみないとわっかんないだろ」


 やる前から分かってるはずだろう。言いたかったが突っ込むのは止めた。

 「何言っても驚くな」先程小さく呟かれた忠告が蘇る。南野には何か考えがあってのことなんだろう。

 微妙に楽しそうな横顔が見えたり、肩が震えて笑うような素振りを見せたりしてるのも計算のうちだ。多分。

 嬉しそうに抱きついてるのも作戦通りなんだ。絶対。

 単なるおふざけだったら後で殴ろう。

 心に固く誓うわたしの耳にいつもより大きな三科の声が響いた。


「それは、良二がいきなり無理矢理抱きついたから。笠木、逃げられないだけ」


 正解です。


「驚いて固まって止まってる、ただそれだけ。絶対、そんなの無い」


 すごい言い切られた。

 三科、早く喋ることも出来るんだね。わたしは初めて知ったよ。


「絶対? ふぅぅん、でも根拠無いだろ」

「それ、は。何となく。良二、そろそろ離れたほうが良い、怒られる」


 視線を僅かに彷徨わせてから、三科が南野を見る。先生に向けていた疑問系ではなく、苛立ったような視線だ。

 怒られるというか、既にわたしの精神的には怒りの方にメータは向いているんですが。


「根拠って言うか陸のは希望! 憶測だろ」


 そんな心境も何のその、きっと分かっていてやってる南野がふんぞり返った。何故分かったかというとついでに抱きつかれたわたしも身体を反らされたからだ。

 南野。後で仕返し決定。


「キボウ、おく、そく? 何で、そんな事」

「じゃあどうしてさっきから引きはがそうとしてるのだか。陸」

「笠木が、嫌がってるから」

「特に抵抗はされていないぞ。そーんな生半可な理由で離れる訳無いだろ。ていうか俺がこれ貰う」


 いい加減に――


「駄目!」


 へ?


「幾ら良二でもそれは、駄目」

「なーんで。イイじゃん。どうせ笠木だって卒業すれば陸とは会わないし。それ嫌だからモノにしようとしてるのだよ」

「笠木は俺の!」

「なんで」

「笠木のおきつねさま預かったから。笠木の所に俺が行くの!」

『は?』


 思わず南野と台詞が被る。それが気にくわなかったのか、変人さんは更に声を大にした。


「神体の半身を預かったから、笠木のお嫁になるって決まってるから」

「……どういう意味じゃそりゃ」


 ほぼ素で聞いている南野。何かを引き出そうとしたらしいが奇行常習犯の三科の突拍子の無さには友でも閉口しているらしい。


「お嫁になるって。三科、男は普通嫁には行かないよ? 婿になるか嫁を取るかで」

「あ、そうだ。違う」


 わたしの突っ込みにぽんと手を打つ三科。ようやく納得してくれたらしい。


「笠木が俺のトコにお嫁に来なきゃ」


 そうそう。わたしが嫁にって、なにぃっ!?


「ちょ、ちょ、ちょっとまった三科。どうしてそうなるの」

「だって笠木おきつねさまの子供俺に預けたから。大事なおきつねさまの子供を」


 何となく三科が何を言っているのか分かってきた。つまり。


「ええっと。もしかしておきつねさまの子供は嫁入り道具のようなモノだと思ったと」


 うっとりと三科が頷く。


「道具じゃない。守り神。その半身、移してくれて幸せ」

「陸。お前もいい加減そのぶっ飛んだ思考回路直せよ。笠木困ってるじゃん」


 南野がやっと気を取り直したのか、溜息をついて突っ込んだ。


「笠木。お嫁さん嫌? 一緒になったらきっと子々孫々おきつねさまの子供を宿せるよ」


 それはある意味呪われた一族になるのと違うか三科。


「ええ、と嫌というかね、三科。け、結婚はちょっと気が早いと思うよ。もう少し違う方面で」

「婚約者」


 しれっと答えるな、少しは照れろ変人。


「そーでもなくてね」

「じゃ、恋人」


 一気に白くなる思考。そ、そうだけど。そうなんだけど。


「…………」


 なんかこう、雰囲気的に。もうちょっと甘い感じの台詞を期待したのに。

 三科にそう言うの期待するわたしが良くないのだろうけど。


「ホラ、陸。『じゃ』じゃなくてもうちょっと言い方あるだろ」


 ぼそっと南野が三科に耳打ちしてくれた。有り難う、ちょこっとだけ常識人。


「恋人……なって下さい? おきつねさまの子供も育てるから」


 やはりここでも疑問系なのか。そしてこんな場面でもきつねが出るのか。

 言いたいことは山程あったけど。差し出された指先に吸い寄せられるように手を触れる。

 心臓は破裂しそうにバクバクで。顔だって真っ赤なのは分かってるけど。ごく、と唾を飲み込んで頷いた。


「な、なります」


 嬉しいものは嬉しい。

 ざわりと教室がざわめき。ヤジと口笛が響く。

 変人と!? 正気かと問われてもわたしは正気だ。間違いなく心の底から頷いてみせる自信がある。

 にこ、と奴が笑う。変なのに純粋な笑顔。わたしはソレに惚れたから、余りそう言う顔をしないで欲しい。

 思わずそっぽを向きそうになった身体が三科の腕から強引に引き出され、ばすっと何かに包まれた。


「とりかえした。ぎゅー」


 ぎゅー?

 悲鳴が上がりざわめきが酷くなる。「ありゃ」と南野の驚きの声が遠くで聞こえた。

 息苦しい。更に頭の上で何かが擦れているというか擦りつけられているというか。

 もしかしなくても抱きしめられて頬ずりされている!?

 …………ちょっと待てこの脳天気変人! 公衆の面前でなんて事を。


「みし、三科……ちょ離れ」


 意外に力の強い奴の腕を胸を押して引きはがし、勢い余ってたたらを踏む。

 刹那見上げた視界に入ったのは黒い闇と長い髪の女。『ヒィィィ』という音は風の音か呼吸音か。

 三科から少し離れた机の上に、黒い子ぎつねがちょこんと座り込んでいる。

 どうしても今まで見えなかったちいさなおきつねさま。

 ケン! 耳元で鳴き声も聞こえる。

 アレ。アレは何。ユウレイと言う輩でしょうか。今の今まで視えなかった異次元物体。

 全く霊感がないと告げられた私は勿論視るのも初めてで、あっさりパニックに陥った。


「く、くくくく黒。おおお、女の人がーーーー」

「え、あ。離れる、ね」


 慌てたような声と共に身体に掛かった力が緩む。

 そ、そうだ。三科の側だと子ぎつねさまも見えてたしもしかして離れれば視えなくなるのかも。

 そろり、と三科がわたしを解放して数歩下がった。


『ウゥゥオオオォ』


 離れたのに。聞こえる。もの凄く聞こえる。


「どう、笠木。大丈夫?」

「大丈夫くない! なんか呻いてるーーー嫌ーー!!」


 更に離れる三科。

 全然消えない幽霊さん。というか透けてる動物やらと段々増えてきている気が。


「もう少し離れ」

「行かないで三科戻ってきて!!」


 こんな所に私を置いていかないでくれ。


「もしかして笠木。見える?」


 さっきの私と同じように天井を眺め、南野が首を傾けた。

 反射的に何度も首を縦に振る。


「何か女の人と黒いのと動物が居るんだけど。凄く居るんだけど」

「はっはは」


 ぽんっとわたしの肩を叩いて爽やかに南野が笑った。ちょっと痛かった。


「あちゃ。もともと陸はその手強いからなー。長く一緒居ると移るんだわ、霊感」


 はい?


「俺も視えたときはパニクったなー。でも初めでソレだけ見えるとは、意外と素質あるんじゃないか。

 やっぱ告白が決め手だな、アレで繋がった訳か。霊感も」


 いやそんなの要らないですから。ほんっとうに必要ないから。


「三科ー」


 もう助けは変人しか居ない。


「笠木も視える?」


 こくこく頷く。


「良かった。これで全部一緒」


 にぱあっと三科が相好を崩した。

 喜ぶな。全部一緒、とか幸せそうに言うなあっ。その微笑みで全てを許したくなってしまう。

 ぶらんと垂れ下がった人影の虚ろな視線から目を逸らす。

 わたしの恋は成就した。そして子ぎつねさまも四六時中眺めることも出来る。

 変人さんと恋人になってしまっただけでも大変なのに、ついでに霊感がついてしまったわたしの日常はこれから一体どうなるんだろう。

 昔の非日常は今の日常になってしまった。おきつねさまおきつねさま。おきつねさまの縁に感謝します。

 でも霊感は捨てさせて下さい。

 切に願うわたしだった。三科がまだにこにこ笑っている。

 こんな風にわたしはずっとずっと無邪気な変人さんに踊らされるのかも知れない。でもそれも良いんだろう。

 それがわたしが願った恋の先なら。


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