9:保護者の助言
「へえっ!?」
真昼の教室でわたしは裏返った声を上げた。
我ながら変な呻きである。だが、責める無かれ。
目の前の男は事もあろうにとんでもない事を聞いてきたのだ。
すなわち「笠木さ。お前、陸のことどう思う。なんか最近いーカンジにみえるんだよなぁ」と。
普段ならこれだけでうろたえるはずもない。はずもないのに何か凄まじい核心をつかれた気がして返答が裏返った。ついでに顔も熱い。
なっ、なっ、なっ、わたしが。普通の女の子のわたしが。学園一と評判の〝変人さん〟をすきかだと!? なんつー事を聞いてくるのだこやつは。
流石は伊達に三科の幼馴染みをしていない。南野、恐るべし。更に恐ろしいのは先程から動揺しまくっている自分だ。
前から気にはなっていたけど、これはもしかしてもしかするんですか。ねえっ!? おきつねさま何とか言って!
思わず両肩の住人に尋ねる。霊感の欠片もないわたしには何も聞こえず、虚しい沈黙が辺りと心を支配した。
「その反応。モシヤモシヤとおもったが、やはり脈有りなのか。正体知っても陸に目をかける奇特な女子がこの世にいるなんて世界は広いな」
同じ場所にいるからむしろ狭いのか、とかなんとか言ってる南野。
わたしはというとそんな台詞を気にする余裕もない。そうなのか? その、これは、母性本能とか保護者じゃなくてだんじょのアレなんですか!?
いや、いやいやいや。嫌じゃないけどって、その時点でヤバイよわたし。
確かに見た目は人並み以上だけどあれだよ? お弁当ハクサイだったりネギだったりしてた変な奴だよ。
それに霊とか視えるから不可思議行動ばっかりの奇異の視線受けまくりの人間だよ!? そんなの好きなのですかわたし!
肩が少し重くなった。スイマセンおきつねさま。悪口言い過ぎました。重みが失せる。
うう、確かにアイツはおきつねさまの人望は厚いけど。恋愛対象としてストライクゾーンならわたしも随分奇特な存在だ。
「おお。混乱してる混乱してる。よしよし、この良二様が二人の赤い糸を糸と言わず救助用ロープ並みの結びつきにしてやろう」
それは無茶苦茶硬いな絶対切れないだろう。心で突っ込む。
南野の事だから本気で逃さないつもりかもしれない。
「んで、好きなのか?」
「わ、わからない」
そのはずなのに、答えた声は強張ってしまった。
「好きなんだろ。ほぉら好きなんだろ。好きなんだー好きなんだろ~」
人差し指をわたしの目の前でゆっくり左右に揺らす。催眠にでも掛ける気か。
「嫌いじゃあないけど」
「それだけで充分すげえよ」
半眼になる南野。いやまあ、言い返せませんが。
お弁当を作ってあげてる時点でもうある程度好意があるのは自分でも分かっていた。
友情なのかただの善意なのかは本当に判断がつかなかったけれど。
「うむ、よきかなよきかな。この良ちゃんこと良二様が若き二人のキューピッド役になってやろう」
えっへんと胸を張るこの男の頭を今すぐ叩いて静かにさせたほうが良いんだろうか。
「悩む笠木に聞くけどな、もし陸がだよ。何人かの女にアプローチされてると言ったらどうする」
「嘘でしょ?」
半眼で見つめる。特殊な事情でもない限りどの世界にあの変な行動オンパレード人間に近寄る一般人が居る。
わたしの憮然とした声に南野はひょうきんな顔に真剣さを浮かべ、顎に手を当てて考える素振りを見せた。
「いや~。見た目だけで性格後回しの奴も結構多いし。奴が本気になれば女の一人や二人彼女に出来るのだよ」
がらん。
頭の中で大きな石が崩れ落ちるのが聞こえた。
ガラガラ。
ひっ、ひとりやふたり彼女に今すぐに……
「でも親友としては末永いお付き合いが出来そうな」
三科が。あの三科が!?
酷く動揺してしまう。もしや明日にでも「もうお弁当いらない。彼女出来た」とかいわれるの!?
そっ、それはなんか嫌だ。呼吸が浅くなる。胸がヂクヂクとした痛みをもっている。
三科に彼女が出来ると寂しい。熱く滲んだ視界で涙が出そうになって居たことを知った。
「うわー。当たりだ。笠木、陸の事好きだろ」
数拍だけ沈黙して。わたしは頷いた。
変なアイツが他の人と一緒に居なくなるのは苦しい寂しい。切ない。そんなのは嫌だ。
きっとこれは、わたしは――
「好き、だと思う」
声に出して気持ちと言葉が符合する。ふっと空気が軽くなった。ああ、やっぱりと思う自分がいる。
何時からか、わたしは変人なのに何時も隣にいる三科の事を好きになってしまって居たんだ。
「よかったー。これ凄い巡り合わせだよな。おっし、奴と笠木の為に一肌脱ぐぞ」
「脱ぐって。何するの?」
「ふふ、ここは百戦錬磨の良二様を信じるのだ」
拳を固め、強く答える南野。不安が襲う。
「南野、昨日ナンパして振られてたよね」
聞いた話ではそれはもう語り草になる程に見事な惨敗っぷりだったらしい。
「そう言う過去は忘れてくれ。過去には目を向けない主義だ」
遠い目で誤魔化す。それは失敗を繰り返す人間と言うことか。
「まあそこらの女子より近くの幼馴染み。陸のことは任せなさい」
それもそうだけど。うーん、果たしてコイツにわたしの恋路を任せて良い物か。
既に変人が相手って時点で相当不安もあるのだけど。
おきつねさまおきつねさま、わたしは三科と縁が出来るかな。変だけど面白い恋が実るかな。
ケン、と小さく耳に獣の鳴き声が響いて。少しだけ安心した。
南野とおきつねさまが居ればきっと何とかなるんだろう。だってわたし達の縁はおきつねさまから始まったのだから。
放課後を告げる鐘の音を聞きながら、ゆっくり瞳を閉じた。




