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1:変人さんこんにちわ

 人生には様々な出会いがある。廊下でぶつかって始まる縁もあれば、車に轢かれて始まる恋もある。

 真正面にある黒い瞳が瞬いて、掴まれた腕――支えられた体勢を元に戻すこともなく、わたしの肩をじっと見つめた。

 異性に縁遠い人生だったけど、このために薄かったのかもと思える密着度。

 わたしの席によろめいてきたのを支えるというなんとも運命的な出会い。

 助け起こした目の前の彼は、三科陸みしな りく。ちょっとばかり噂の多い人物だが、こんな展開は初めてなのかしばらく硬直し。

 俯いていた顔を上げたとたん、そいつはこう抜かした。


『あっ。両肩に……キツネ乗ってる』


 恋愛に疎いわたしも運命的な出会いは嫌いじゃない。しかしながら動物霊から始まる縁を喜ばしいとは思わなかった。



 ごくごく普通の神経を持っているわたしこと笠木楓かさぎ かえでは反応に困って相手を見る。きつね……? 両肩っていうと二匹ですか?

 人より少々肩こり体質だけど。いきなり動物霊が出てくるか、普通。

 自分の発言を恥じるどころか彼はやっと体勢を戻し、重そうだね、と少しだけ首を傾けて。


「餌付けして良い? 明日から油揚げ持ってくるから」


 そりゃもう嬉しそうに輝く瞳で顔を近づける。

 相手の見かけは黒髪黒目の整った顔立ちな男子高校生。でも中身は全然違うと風の噂で聞いている。

 いきなり「蝶々が居た」とテストの最中立ち上がったり「空に手が届きそう」とふらふら窓から空を掴もうと出て行こうとしたりとまあ奇行の多い人物らしい。

 付いたあだ名がまんまだけど、〝学校一の変人〟さん。反射的に助けてしまったが、礼の前に第一声はキツネだよ。


「良い? 油揚げ」


 潤んだ瞳で見つめられ、自分の肩を見る。何もない。いつもの校庭の風景が硝子越しに見える。

 彼はと言うと、わたしの肩に視線を注いで今か今かと返事を待っている。言うまで離れてくれないだろう事は明白。

 変人さんのお相手に慣れないわたしは、今の状況を取り去りたくて「はぁどうぞ」と適当に頷いた。

 


 それが、わたしと変人の縁の始まり。


 憂鬱な気分でお弁当を口に運ぶ。天気は晴天、窓からかかるお日様の光は心地よい。

 だるい身体はいつも通りなので今更気にする理由もない。

 気分を害するのはさっきからリピートを続けるアレだ。


「あーん」 


 人間テレコが言うも、わたしは口を開けない。なぜならば声の主のお目当てはわたしではないからだ。


「特上油揚げ」


 特上って何だよ。ちら、と視線を動かすと無邪気に餌付けを試みる彼が居た。

 指がべた付くのも構わずに、大きな特版サイズの油揚げをわたしの肩に向かって振り回している。


「美味しいよ」


 姿だけ見ると鳩や猫を誘う動物好きだが、周囲と言わずわたしから見ても何にもない空間に話しかけている三科は不思議を通り越して不気味だ。

 口は災いの元。

 彼はあの後から毎日欠かさず昼休みに必ず向かいに陣取って、自分の弁当に手を付ける暇をも惜しみ飽きることなく肩の「キツネさん」にお話を続ける。

 鬱陶しいを通り越して人間関係に支障が出始めている。真人間(わたしもそうだけど)である友人達は一歩以上にわたしから距離を置き、近寄ってすら来ない。

 更には先生からも笑顔のまま『最近三科みしなと仲が良いな』と話しかけられるという深い誤解が生まれている。


「清水と御神酒どっちが良い?」


 内心の苦悩も陽気な変人には届かない。三科は用意してたらしき小振りな二つの水筒とおちょこを取り出し、こぽこぽとおちょこに透明な液体を注ぎ入れ、うやうやしく差し出してくる。

 このかぐわしい香り、脳髄を痺れさせる独特の匂いは。


「学校に酒持ってくるな!! ていうか勧めるな」


 思わず語尾が荒くなる。先生に見つかったらどうするのだ。見つからなくてもヤバイけど!


「飲んだら駄目だよおきつねさま専用だから」


 ふるふると彼は首を振り、的外れな注意をくれる。知らないわたしの同居人は『さま』付きに昇格したらしい。


「そういう問題じゃなくて公衆の面前で堂々とアルコールを差し出す神経がね非常し――」


 言い募ろうとしたわたしの肩からすっ、と重みが消える。


 お。おお?


 幼少から続く謎の倦怠感がすっぱり外れた。両肩がもの凄く軽い。

 湿布を貼ってもマッサージしてもお風呂に入っても病院いっても治らなかったのに。


「気に入って貰えたみたい。良かった」


 肩からおちょこに視線を向け、笑顔を見せる。

 う、うう。信じた方が良いのか。おきつねさま。夜中の金縛りはあなたのせいなのかおきつねさま。他に害はないけど。 

 ――否、害はあった。この変人が人生史上最悪の害だ。こんなのと縁出来てしまったよどうしてくれるんだおきつねさま。


「もういらない? そう、戻るんだ」


 おちょこの中身は全然減ったように見えないけど、彼が吐息を付くと同時、山のような重りが乗せられたみたいに両肩が重くなる。

 上半身をそのままでは支えきれなくなってがくっ、と肘が机にのる。


「満腹みたいだね。重くない」

「おもい」

「良かった。おなかいっぱいになって」


 呻き混じりに返答するわたしに向かって彼は満足げに頷いた。全然良くないです。

 わたしは両手を合わせ、見えない同居人に祈る。

 取り敢えずおきつねさま早く住居移動してください。ゴハン貰えるんですし。

 更に肩が重くなって恐らくその願いは叶わないと理解した。  




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