表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢月夜~古都あやかし幽玄奇譚~  作者: 星豆さとる
第五夜 終章-廻る魂-
80/85

余聞。いつかの話。

 自ら飲み込んだ王の座の負の部分は、思った以上の昏い闇であった。

 それでも彼は、その空間の中を正気を保ったまま、静かに生きてきた。

 何度か、意識を揺るがす過去の声が聞こえてくることがあった。『忘れるな』、『憎め』、と言った在り来りな言葉は、彼を堕とすには足りず、軽い響きでしかなかった。それ故に、かつての弟のように中てられることも無かった。


「――諷貴(ふうき)


 何もない空間から、声が聞こえた。

 空耳かとも思ったが、憎悪のそれではないと判断し、名を呼ばれた諷貴は顔を上げる。


「誰だ?」

「……誰だと、思いますか」

「っ、まさか……」


 諷貴は瞠目した。

 疑いようのない声音だった。

 だがそれでも、あり得なかった。

 誰の侵入も許されないこの空間に、その者だけが入り込めるはずもなく、どう考えても納得が出来ない。

 ――(しずか)のような存在が、諷貴の目の前に立っているのだ。


「瀞……なのか?」

「正確には、あなたの言う『瀞』ではありません。ですがそれでも、私はあなたを知っています。憶えています」

「……廻った、のか。魂が……」


 諷貴が恐る恐るそう言うと、瀞のような彼は、小さく微笑んだ。それが、肯定の証だった。

 ――どれだけ、どれほどの時間が流れたのか、諷貴には解らない。だが、目の前の存在は幻でも妄想でもなく、本物であった。


「長く……待たせてしまいましたね。私は貴方を、迎えに来たんです」

「馬鹿を言うな。この場から出られると思うのか」

「……それでも貴方は、私の式神でしょう?」

「!」


 その言葉に、体が震えた。

 確かにあの時――浅葱をこの場から追い出したあの瞬間、忘れかけていた自分の『印』が、酷く疼いた。それが何であったのかは敢えて確かめなかったが、何らかの術の発動だったのか、と思えた。

 それが今ここで、証明されている。


「……私は賀茂家の四代目。名を静柯しずか。三代目を伯父に持つ、陰陽師です。そして貴方は、私の唯一の式神なんです」

「唯一、だと……? 他のやつらはどうしている」

「三代目はご存命ですし、賽貴たちは彼の式神のままですから」


 俄に信じがたい話をされている。

 だが、このどこか噛み合わない口調は、やはりとても『彼』に似ていた。


「それで、どうやってここから出る? 俺はこれでも王の座そのものだぞ」

「それがまぁ、不思議な話なんですが、三代目と賽貴(さいき)が頑張りまして。……貴方のその背負うモノ全てを、取り込む球体を作りました」


 これです、と彼が差し出してきたものは、手のひらに収まるほどの小さな球であった。かつて藍が握りしめていた、あの球と同じものであり、違うものでもある。真っ黒であったはずのものが、今では透明なそれであるからだ。


「これを、こうして……」

「おい、待――ッ」


 静柯はその球を手のひらに乗せたまま、パン、と両手を叩いてみせた。諷貴が止める間もなくそれは弾けて、闇が明ける。

 僅かな浮遊感のあと、数年ぶりに感じた光に諷貴は目を細めた。


「……ねぇ、ほら、諷貴。不思議ですよね」

「お前は……」


 どういう仕組なのかは解らなかった。

 それでも諷貴は、『救われた』のだ。

 目の前の静柯が首を傾げて笑うと、かつての彼をそこに見た気がして、諷貴は彼を思わず抱き寄せていた。


「俺のもの、で、良いんだな?」

「そうですね。あの時、貴方の手を取れなかった私を、許してくれるなら……」

「馬鹿だな」


 その言葉は、『瀞』そのものの響きであった。

 諷貴は苦笑しつつもそれを噛み締めて、腕の中の彼を抱きしめ直す。

 これだけで充分であった。

 そう思いつつ、諷貴はようやく手に入れた存在の温もりを、いつまでも確かめ続けていた。


 終

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ