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夢月夜~古都あやかし幽玄奇譚~  作者: 星豆さとる
第四夜 招かねざる命
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十八話

「――――」


 賽貴(さいき)が何かを感じ取り、顔を上げた。

 手元には僅かばかりの私物をまとめた物がある。彼は静かに身辺整理を行っている最中であった。


「僕との約束、違えるつもり?」


 そんな彼に声をかけたのは、朔羅(さくら)だ。

 振り返らずとも分かる、苛つきの感情。隠さずにそれを背中へとぶつけてくるのは、賽貴のこれからを否定する朔羅の精一杯でもあった。


 ――約束をして。何があっても、浅葱さんの手を離さないって。


 それを言われたのは、半年ほど前のことであったか。賽貴の脳内で蘇るその響きは、未だに鮮明なものであった。


「お前は、故郷より浅葱さまを選べと言うのか?」

「興味ないって言ってたの、賽貴さん自身でしょ」

「……いい加減、その趣味の悪い盗み聞きはやめてくれ」


 朔羅はやはり怒っているようだった。

 そんな彼を振り返らずに、賽貴は手元の荷物を風呂敷に詰め込み始めつつ、そんな返事をする。


「向こうの状況が、思っていた以上に芳しくないらしい」

「それは、わかってるよ。琳たちもそろそろ戻るはずなのに、戻ってこない。門を開けた白雪(しらゆき)が様子を見に行ってくれてるけどね」


 朔羅自身も、良くない事態になっていて個人的な感情は捨てるべきだと、十分理解しているのだ。

 それでも彼は、賽貴が浅葱の傍を離れることを反対し続ける。自分だけにしか出来ない事だからだ。


「……諷貴(ふうき)さんは、あちらを制圧して、どうするつもりだったんだろう」

「あの人の性格上、この先は支配するつもりは無いだろう。屋敷の襲撃も、単なる暇つぶしに過ぎない」


 支配欲があれば、とうの昔にそうしていたはずだ。それは、賽貴も朔羅も同様に感じたことだ。

 諷貴という男は昔から、物には大して執着しなかった。

 彼が何より求めていたのは、『(しずか)』という存在だけだったのだから。


「それで、話し合いなんてものも成立しないって解ってるのに、戻るの?」

「王帝が『不在』であるならば、俺は戻らなくてはならないからな」

「頑固だね――これでも、行ける?」

「…………」


 チリン、と鈴の音色がした。

 一瞬の行動であったが、賽貴はきちんとそれに反応して、静かに顔を上げる。その直後、彼の手元の平包が中身ごと四散した。

 朔羅の操る鋼の糸が、引き裂いたのだ。


「お前、いま本気で俺を殺そうとしただろう」

「いや? 致命傷くらいだったらとは考えてたけど」


 本音かどうかも解らないほどの言葉が、交わされる。

 その空間内に幾重にも張り巡らされた糸は、朔羅が手を引けばいつでも賽貴の肢体をも引き裂ける。鈴の音がしたのは、鋼糸の先に括り付けられたそれが鳴ったためだ。

 滅多に見せない手の内をわざわざ見せつけてまでの行動は、やはり朔羅の感情の乱れからくるものなのだろう。

 なぜ彼は、ここまで賽貴と浅葱を第一に思うのか。それを今、問うことは出来なかった。


「――ええと、喧嘩でもしたの?」


 ふいに、緊張をほぐす声がした。

 姿を見せたのは浅葱(あさぎ)だ。それを確認して、朔羅は糸を解除して、器用に片手のみで片付ける。


「知ってはいたけど、初めて見たかも。朔羅のその武器」

「あれ、そうだったかな。このろくでなし男を懲らしめようと思っただけだったんだけどね」


 何気に酷いことを言いつつ、朔羅は浅葱に微笑んでみせた。そして彼はわざと浅葱を手招きして、実に自然に自分の腕の中へと招き入れる。


「……別に、喧嘩じゃないんだよ。僕は、賽貴さんをあちらに帰したくないだけ」

「ああ、そっか……うん、ありがとう、朔羅」


 浅葱は朔羅の言葉と行動に、僅かに驚きつつもそう言って微笑んで、彼の温もりに甘えた。

 賽貴はその光景を、少しだけ面白くなさそうな表情を作り上げて、見上げている。

 その数秒後、彼らのいる場所で一つの空間が歪んだ。


「!」


 朔羅も賽貴も身構えるが、直後にそれは白雪の生んだものだと理解して、具現化を待つ。


「――失礼いたします、浅葱どの!」


 沈着冷静であるはずの白雪の口調が、乱れていた。彼女は戻らない琳たちの様子を見に行っていたのだが、状況はますます悪化を辿っているのだと誰もが悟る。

 そして、姿を見せた彼女の傍らには、薄汚れたように見える琳がいた。


「……琳、何があったの!」


 朔羅から距離を取り、浅葱は琳へと駆け寄った。明らかに、良くない展開だと察知したからだ。


「申し訳、ありません……藍を、奪われました」

「……っ!」


 それに激しく反応したのは、賽貴だ。

 手に取るようにして分かる。その経緯がどのようにして行われたのかを。


「変わりに何を差し出せと言ってきた。俺か? 浅葱さまか?」

「――浅葱どのです。三日待つと言われました」


 膝を付き、下を向いたままで琳はそう言った。

 浅葱はそんな彼の言葉を聞き、肩をわずかに震わせた。そして数秒思案した後、琳の肩に手を添える。


「当たり前だけど、行くよ」

「……っ、いけません!」


 浅葱の言葉を間近で聞いた琳が、そこで漸く顔を上げて声を荒げた。金の瞳がいつもより冴えた色をしていると感じたのは、気のせいだろうか。


「藍を取り戻さないと」

「そうですね、と、僕が頷くとでも?」

「……琳」

「明らかに罠だと解っていて、あなたを送れるわけ無いでしょう!」


 叫ぶようにして、琳がそう言った。

 焦燥の色があるのに、それでも彼もまた、主である浅葱を優先しようとする。

 それを受け止めて、浅葱は苦笑した。


(琳だけじゃない……朔羅も、賽貴も、みんな――)


 心で小さくそう呟いてから、また口を開く。


「もう一度、言うよ。私は、諷貴さんに会いに行く。でも、私だけじゃ無理だから、賽貴も朔羅も一緒に来てほしい」

「……全く、賽貴さんも浅葱さんも頑固なところはそっくりなんだから。あなたがそう言ってしまったら、僕は頷くしか出来ないじゃないか」

「朔羅」

「賽貴さんは、元から戻るつもりで居たんだから、今更文句言わないよね」


 朔羅はそう言いながら、やれやれと肩をすくめる。そして、何も言わない賽貴に先回りで釘を差すことも忘れない。

 その言葉を言い切ってから本人へと視線を送れば、やはり賽貴はどこか迷ったような表情を浮かべていた。

 だが、首を横に振ろうとはしなかった。


「浅葱さま、あちらはあなたが思っている以上に危険なところです。それはお覚悟の上ですか?」

「賽貴が守ってくれるでしょう? だから私は行こうって言えるんだよ」

「――わかりました」


 浅葱の言葉を聞いて、賽貴は軽くため息を吐きながらそう言った。

 主の意思の固さは昔から知っている。言い出したら、決して揺らがない。

 少しだけ離れた位置で彼らを見守っていた白雪は、そこで静かに室を出ていった。彼女は彼女なりの準備と支度がある。この場に居ない紅炎や颯悦へ事を報告するのも、彼女が務めるだろう。

 そして琳は、黙ったままで俯いていた。体力を消耗しているのもあり、これ以上の苦言は出せないようだ。


「三日、と言っていたね。じゃあ少しだけ時間を貰って、やるべきことをやっておかないとね」

「具体的には?」

「色々あるけれど、何より重要なのは――」


 浅葱と賽貴と朔羅を中心に、そんな相談事が始まる。

 九条邸全体で、ここに住まうもの全てが動き始める。そんな気配がしていた。



 第四夜・終

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