十五話
目の前が赤く燃えていた。ゴウ、と音を立てて燃えていた。
「――クッ……ハハ、呆気ないもんだ……!」
炎が生み出す光を全身に浴びながら、一人の男が嗤っている。
歪んだ表情、狂気の瞳のその男は、かつてこの屋敷に住んでいた禁忌の子――諷貴であった。
「おい貴様、そこで何を……ぐぁっ!」
彼の背後に、一匹の鬼のような姿の妖が姿を見せた。明らかに不審者である諷貴に言葉を投げかけた直後、その鬼は体が裂けてただの肉塊となってしまった。
諷貴の妖力で吹き飛ばされたのだ。
「……クク、手ぬるいぞ。雑魚ばかり置きやがって! この俺を屈服させてみろ、王帝め!」
「――お前の仕業か、息子よ」
ガラガラ、と大きな音を立てて屋敷の梁が崩れ落ちた。その向こうから声が聞こえ、炎の中から姿を見せたのは、一人の男だ。
大柄で体格の良い男であった。短い黒髪と金の瞳は、対峙している諷貴を『息子』と言った。
つまりは、賽貴と諷貴の父親――天猫族の長であり王帝と呼ばれる者その本人が現れたのだ。
「こうして姿を見るのは、何年ぶりか……」
「今日で見納めだろうさ。俺はいい加減、色んなものに飽きた。もう全部……終わりにしたいんだよ」
親子とは思えぬ会話が続いた。諷貴のほうが一方的に父を拒絶した物言いであった。
禁忌の双子であり、諷貴は『堕ちた者』と呼ばれた存在だ。狂気に触れたものは、この世界でも排除される。
それが例え、王族であろうともだ。
「諷貴、お前は……!」
「――父上、ここで死んでくれ」
諷貴がそんな事を言った。その視線の先は、父には向けられてはいなかった。
ゆらゆらと揺れる視点の定まらない金の瞳は、父の姿を目に留めることすらを拒絶していたのだ。
そして彼は、口元に笑みを浮かべながら地を蹴る。
燃え盛る炎の中に飛び込んでいくような、そんな光景に見えた。
「――――!」
バチン、と派手な音がその場で響く。間を置かずに何度かその音が繰り返され、また屋敷の一部が炎に包まれ地に沈んだ。
「……、諷貴ッ!」
「ははッ、やはりそう簡単には殺されてくれないか! だが、それでいい!」
諷貴は笑っていた。実に楽しそうな笑みだ。
右手に集中させた己の力を、刃のように見立て父親に向けている。だが彼は、すんでのところでそれを交わされていた。
「……息子よ、話を聞けっ!」
「今更、何を話す? 俺を散々拒絶しておいて、何を話す!」
「……ッ」
父である王帝は、息子の力に若干押されていた。否、押されていると言うよりかは、息子の言葉に動揺しているのだろうか。
この世界で最強を誇るはずの存在が、銀の髪の男に平常心を乱されている。
相手が実の息子である為に、本来の力も出せていないというところでもあった。
だが、諷貴にはそれは伝わらない。
――銀色は狂気そのもの。
それを最初に唱えたのは、誰であったか?
王帝は、息子の力の刃を両手で遮りつつ、そんな思考を巡らせた。
息子の誕生の喜びは、今でも鮮明に憶えている。たとえ双子であっても、それは変わりなかった。だから彼は、父として今日まで諷貴を信じていた。
そして、限られた命であるその時間を、彼なりに救える術はないものかと密かに薬などの研究もしていた。
以前、浅葱に救われた琳が、始めの頃に服用していたあの薬こそがそれの初期段階に当たるものであった。
(これが、報いというものか……)
王帝は心でそう、静かに呟いた。
その直後。
――ドッ。
鈍い音が、間近で聞こえた。
王帝の視界は、そこで朱に染まった。
「……息、子よ……」
「アンタも賽貴と同じように、ずいぶん腑抜けたな。最強の名が汚れるぞ!」
眼前で笑みを浮かべ続ける諷貴は、尋常のそれではなかった。
最後の最後までわかり合うことの出来なかった息子と、人間界に居続けるもうひとりの息子の姿を思い浮かべながら、王帝の意識はそこで途切れてしまうのだった。