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夢月夜~古都あやかし幽玄奇譚~  作者: 星豆さとる
第四夜 招かねざる命
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十話(二)

「へぇ、さすが白狐というべきか。綺麗なカオしてるな」


 空いている方の手で朔羅の頬をひと撫でし、そう言う。


「兄上、おやめください。この者は病み上がりです」

「俺に命令するな、賽貴」


 諷貴は口元に笑みを乗せたまま、賽貴を見ずにそう言った。

 高い位置で括られた長い髪は、銀の色をしている。禁忌の双子としての何よりの証しだ。


「……なんだよお前ら、そんなに俺が怖いのか? もっと抵抗してみればどうだ」

「出来る、ものなら、やってるよ……っ。いい加減……その手、離してくれる!?」


 朔羅は苦痛に歪んだ表情のままで、そう言った。髪を引かれたままなので、痛いのだろう。彼の体はまだ万全でもなく、乱暴に扱われることで嫌な記憶まで呼び起こされてしまう。今がまさにその状態なのだ。


「あー……いいね、そういう表情。賽貴はいつも死んだ顔しかしないからな。お前のほうがよっぽど構い甲斐がある」

「――諷貴、どうかその手を離してあげてください」


 朔羅の反応を楽しんでいる諷貴の背に、そんな声がかけられた。(しずか)のものであった。

 直後、諷貴はあっさりと朔羅を手放し、賽貴のほうへと彼の体を投げ捨てる。


「遅いぞ瀞。俺が来た時はすぐに来いって言ってあっただろう」

「すみません、文の整理に思いのほか手間取りまして」


 瀞は穏やかな口調のままで、諷貴の元へと歩み寄った。

 伸ばされる右手。それが頬に滑りこんでも、彼はいつもと同じように柔らかな表情で受け入れている。

 その光景を傍で見る羽目となった朔羅と賽貴の思惑は、決して良いものではない。


「……諷貴。いつでも遊びに来てくださいと言いましたが、これだけは約束してください。朔羅や他の式神たちには危害を加えないと」

「俺は何もしてない。こいつらが勝手に怖がるだけだ」

「歩み寄りも必要ですよ、と言っているのです」


 頬に滑り込んだままの諷貴の右手に触れつつ、瀞の言葉は続いた。


「貴方は生まれ持つその類まれな能力で、周囲を畏怖に導きます。それだけ、諷貴の力が強いという表れです。最強と言われる族の長子なのですから、それを解らなくてはいけませんよ」

「好きで生まれたわけじゃない。それに、後を継ぐのは俺じゃなく賽貴だと決まっている。……だったら、その分自由でいたっていいだろ」


(……諷貴さん。貴方は、寂しいんだね……)


 妖の世で最高位である存在に生まれつつも、求められることの無い立場。銀の髪を持っているというだけで疎まれ、異端扱いを受け、有限の命だと告げられる。それは彼ら(あやかし)にとっては、どんなに屈辱的な事だろう。

 浅葱はそう思いつつ、少し前の(りん)の姿を思い浮かべていた。

 ――死にたくない。

 生を願うだけ。愛を欲するだけ。

 それだけなのに。


「自由でいる事と、勝手に生きることは同じようで違うんですよ、諷貴。貴方の未来は完全に絶たれたわけじゃない。私が、そして賽貴がいるじゃないですか。……少なくともこの屋敷にいる限りでは、貴方は要らない存在ではないんですよ」


(先々代の言葉は、私が発するものより、ずっと重いな……)


 浅葱が同じことを空気に触れさせたとしても、ここまでの深みのある言葉にはならないだろうと感じた。

 瀞には、おそらく天性のものであろうが、口にする言葉が相手の心の奥底まで届く魅力があった。

 だからこそ皆から愛され、親しまれている。


「……俺はお前がいればそれでいい」


 諷貴が瀞を引き寄せてそう言った。

 傍にいた朔羅も賽貴もそれに体が反応するが、何も告げることが出来ない。

 そうさせない雰囲気が二人の中に確かに存在していたのだ。


「諷貴はいつでも、私を困らせてばかりですね。そこが可愛いのですけどね」

「…………」


 瀞の次の言葉に、その場にいた誰もが絶句した。

 あの諷貴ですら反論出来ずに、瞳を逸らす。その頬は僅かに桃色に染まっているような気がした。

 絶対的な存在感。

 不思議な話術と雰囲気。

 ――賀茂瀞(かものしずか)という一人の人間が、ここまでの影響力を自然に周囲へと根付かせている瞬間を垣間見た浅葱は、改めて祖父への敬意を心に抱いた。

 もっと、彼を知りたい。

 そう思った矢先にまた、視界が変わる。


(――えっ……)


 ゆっくりと瞬きをしたような視点の切り替わりの後、浅葱は信じられない光景を目の当たりにした。


「瀞さま……っ」


 悲しみに満ちた声が漏れる。

 賽貴のそれが、直接心に突き刺さるかのように聴こえた。

 場所は、九条邸に変わりない。

 四季を楽しめる庭から(きざはし)。その先には自分の室がある。

 そんな、いつも目にしているはずの景色が、赤に染められていた。


 ――それは紛れもない、血の色であった。

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