十二話(二)
――後日の話である。
「ねぇ、浅葱さん。僕と結婚しない?」
「え、えぇっ!? な、なに……? 突然……」
自室でいつものように文机に向かっていた浅葱に、朔羅がとんでもない一言を投げかけてきた。
当然、浅葱には予想もしない発言で、慌てている。
「突然じゃないよ? 僕はいつだって、浅葱さんを好きだって言ってきたはずだけど」
「……え? う、うん……?」
浅葱は朔羅の言葉に惑わされて、首をかしげた。思考は混乱したままだ。
確かに好きだとは言われてはいた。半分は冗談で、半分は家族的な感情だとは思ってはいたのだが。
「――朔羅」
「おやおや、浅葱さんの愛しい君の登場だ」
妻戸の入口に、賽貴が音もなく現れた。その表情はあまり良いとは言い難い。
朔羅はそれをからかうようにして振り返り、腰を上げる。
「……ああ、二人が揃うと空気が熱くなるね。僕はお邪魔かな」
「さ、朔羅……!」
浅葱は朔羅のそんな言葉に頬を真っ赤にさせて、賽貴は珍しく露骨に嫌そうな表情をしていた。
「独占欲が強い人って、怒らせると怖いからね。さっきのは、もちろん冗談」
「……、……」
数日前に賽貴が言った言葉を蘇らせて、朔羅は軽い言葉を続けた。
嫌な奴に見られてしまった、と後悔の色を浮かべるのは賽貴だ。そして彼は、諦めたようにして深い溜息を吐く。
「あ、でもね、浅葱さん?」
「はいっ」
「僕は隙あらばって主義だから、賽貴さんに飽きたら僕のところにいつでもおいで」
「あ……う……」
さらに続く朔羅のとんでもない言葉に、浅葱はまともな返事を一つも返せずにいた。そして妙に明るい朔羅を、見ることができない。
「さーて、お邪魔虫は退散するよ」
楽しそうに笑いながらそう言い、朔羅は賽貴の横を通り過ぎる。
「――僕はもう大丈夫だよ、ありがとう」
賽貴にしか聞こえない声でそっと告げて、彼は軽い足取りでその場を去っていった。
瞳だけで彼を見送った賽貴は、未だに照れている浅葱に向かって、歩みを寄せる。
「……あ、あの。朔羅……元気になってよかったね」
「そうですね……」
浅葱の改めての言葉に、賽貴は抑え気味の声音で返事をした。
元の朔羅になってくれて良かったとは思ってはいるが、浅葱や自分をからかうのだけは、どうしても納得いかないようだ。
だが今は、浅葱がこうして楽しそうに笑うことが賽貴にとっては何よりも大切なことでもあった。
流れていく時間とともに、自分たちもその流れへ。
少しでも幸せだと思えるように、笑っていけるように。
『浅葱どの、火急の知らせを受けました』
「聞きます、どうぞ――」
陰陽師・浅葱のいつもどおりの毎日が、また繰り返されようとしていた。
第三夜・終。