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夢月夜~古都あやかし幽玄奇譚~  作者: 星豆さとる
第二夜 二子の嵐
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十四話(一)

 諷貴(ふうき)に掴まれた腕が、未だにビリビリと痛んだ。

 浅葱(あさぎ)は、それを誰にも気づかれないようにして平静を装っている。これ以上、朔羅(さくら)をはじめとした式神たちの不安を増やすことはしたくないと思っているからだ。


「……浅葱さん、平気かい?」

「う、うん……」


 そんな朔羅の言葉に、浅葱は少しだけ戸惑いを見せた。

 だが、朔羅自身が背中を向けていたこともあり、その戸惑いは彼には気づかれずに済む。

 そして、はっ、と弾かれるように周囲を見やった。


賽貴(さいき)どのなら、あちらに」


 浅葱の探すものに即座に気づいたのは白雪(しらゆき)で、白い指先で導いてやれば浅葱はその方向へと素直に首を動かした。直後に駆けだし、その場を離れる。

 賽貴は(らん)の協力もあって、倒れ込んだ地面から屋敷内となる端近へと移されていた。

 その横たわる体に浅葱が近づけば、入れ替わるようにして藍が賽貴のそばを離れて階を降りていった。今の彼女には、賽貴以上に気にかける存在があったからだ。


「……賽貴」


 浅葱は賽貴の顔を覗き込み、小さく名を呼ぶ。

 返事は当然ないが呼吸は落ち着き、表情にも苦痛の色が消えていることを確認して、安堵のため息が漏れた。

 意識が戻るまでにはもう少し時間が必要だと判断した浅葱は、その場で女房数人を呼びつけて賽貴を室内に運び入れるようにと申し付けた。すると下男たちもその場に加わり、賽貴は静かに奥へと運ばれていく。


「…………」


 それを見届けたあと、浅葱はくるりと踵を返した。

 そして再び庭へと降り立ち、(りん)の居る場所へと向かうために顔を上げた。


「!」


 視線の先には、琳に向き合う形で地面に正座する藍の姿。

 彼女は何かを琳に語りかけ、そしてゆるりと手を伸ばした先は――。


「藍さんっ!」


 浅葱の一歩が、それにより遅れた。

 声と同時に駆けたが、藍の行動を未然に防ぐことは出来なかった。

 そして式神たちも、気の緩みからかそれぞれに反応が遅れていた。


「琳。……死んじゃうの?」


 自分で発した声が妙に穏やかな音であることに、藍は内心で驚いていた。

 目の前の兄は、地に座したままで静かに『何か』を待っている。その『何か』を、藍は本能で感じ取っているのだ。


「……双子の話は知っているでしょう。この姿が持つ意味も。お前が残って、僕が死ぬ。……それだけです」


 琳の応えは、少しだけ冷たかった。

 それでもそこに嘲りの音はなく、彼はもうすでに自らの運命を享受するだけになっていた。


 ――ああ、兄さまはもう……。


 藍の脳内で紡がれる言葉。

 それを反復して、彼女は自分の鼓動が大きく揺れた事を自覚した。

 落ち着いているわけではない。自分は、焦燥感でいっぱいなのだと。


 どうしたら。

 どうしたら。

 ドウシタラ。


 双子、同じ血、自分だけが健康体。


 そう、同じ血が流れているのであれば。


 アタシガシネバ、イインジャナイ――。


「藍!?」


 驚きの声音を上げたのは、琳であった。

 目の前で妹が起こした行動に、ただ驚くことしかできなかったのだ。


「琳……アタシの、兄さま……」

「!!」


 藍の微笑みと言葉に、琳はビクリと体が震えた。

 呟く彼女の胸には、先程まで琳が握りしめていた短刀が突き刺さっている。その柄を掴んでいるのは、藍自身だ。


「ら、藍……」

「生きて。……生きてよ兄さま。おねがい」


 そこで藍の瞳の端から、ひとしずくの涙がこぼれ落ちた。それが合図となり、彼女の表情はくしゃりと崩れる。


「もう、失うのはイヤ……。いなくならないで……お願い、琳……ッ」


「――オン」


 藍が懇願の声を漏らすと同時に、浅葱の声が響いた。朔羅がそれを見て、藍に何らかの術を施すのだろうと判断する。

 その間にも藍は短刀を自分の胸から引き抜き、そこから生まれる自分の血を手のひらに落として琳へと差し出していた。その血を飲めという事なのだろう。

 一方の琳は、そんな妹の姿を見ていられなくなったのか、大きく視線をそらして俯いた。


「琳さん」


 少しの間のあと、浅葱の声が頭上に降ってくる。

 それにゆっくりと顔を上げると、手刀を収めつつの浅葱の姿が藍の後ろにあった。術を発動した直後であるためか、彼の体の周りには僅かに気が揺らいでいる。


「私が庇わなくても、貴方は急所を外していたでしょう。貴方は、藍さんを殺せなかった」

「……何故、そう思われます?」


 まっすぐな視線だと思った。

 先刻、自分が振るった刃の前に身を投げ出した時も、浅葱はこんな表情をしていたと琳は心の中で呟いた。

 守られるだけの、中途半端な人間だと思っていたのに――。


「貴方は、藍さんを愛しているから。……そうでしょう?」


 続けられるしっかりとした言葉を耳にした琳は、自嘲気味に哂う。

 そして、その眉間に深い皺を刻んだ。


「は……、お見通し、ですか……」


 言い知れぬ後悔と、贖罪の気持ち。藍を本当に憎んでいたのであれば、こんな表情を作れるはずもない。

 琳は浅葱の揺るぎない微笑みの前に、完全に折れている状態であった。

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