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夢月夜~古都あやかし幽玄奇譚~  作者: 星豆さとる
第二夜 二子の嵐
19/85

九話(二)

「……浅葱さま」

「あ、……ごめん、なに?」


 蒼唯(あおい)との短い会話を終えた賽貴(さいき)は、思考の淵に沈む浅葱(あさぎ)を現実へと引き戻す。

 それに瞬きをして浅葱は返事をし、顔を上げた。


「琳への同情心は、お捨てください。あれはまだ幼いですが、それでもあなたにとって、良い存在ではありません」

「……優しすぎるのは、時には危険に繋がるよ、浅葱」


 静かに目を開いた蒼唯が、賽貴のあとに続いた。

 浅葱は二人を見やりつつ、困惑の表情を浮かべる。


「でも……」

「浅葱さま。狂気の中にいる存在を、我々と同じに考えてはいけません。あなたは陰陽師なのですから」

「うん……」


 念を押すように賽貴にそう言われ、小さく頷いてはみるが、どうしても割り切れないようで浅葱はまた俯いてしまう。

 再び、その場に沈黙が訪れようとしていたその直後。


「――ところで、浅葱」


 蒼唯の少し明るめな声が、重い空気を振り払った。


「はい」

「薬湯は飲んだかい?」


 話題が切り替わったことに安堵した束の間、浅葱は傍らに置きっぱなしにしていた椀の存在を思い出した。


「……まだ、です」

「好き嫌いは、いけないよ」

「はい……」


 少し憂鬱な気分になりつつも、父の言葉に逆らうことができない浅葱は、そっと椀に手をかける。そしてそれが、膝元に移動したのを見計らって、蒼唯が次の言葉を紡いだ。


「それから、その瘴気(・・)

「……え?」

「取り除きなさい。それが、命取りになる」

「え、……で、でも……」


 ぴ、と自分を指さしつつ言う蒼唯の科白に、浅葱は困惑した。

 体を診てくれた白雪は何も進言しては来なかった為に、自身では確認することができない。


「意図的に、付けられたんだろうね」


 『あの時』よりずっと、浅葱をうっすらと取り巻いている瘴気。浅葱に感じ取れないだけあって、今すぐどうにかなるような物ではなかったが、蒼唯には不快であるようだ。

 賽貴もそれには気付いていたが、敢えて申し出ることはしなかった。

 蒼唯の言う『意図的』が、最終的には自分に繋がるような気がして、言い出せないのだ。


「今のうちに、取っておいたほうがいい。そろそろ『元に戻る』時分でもあるだろう? その時に障りでも出たら、また倒れてしまうかもしれないしね」


 蒼唯はそう言いつつ、ゆっくりと立ち上がった。


「……父上?」

「お邪魔だろうし、私は退出するから。賽貴、頼みましたよ?」

「え?」


 不思議そうに父を見上げる浅葱。

 蒼唯はにっこりと笑みをたたえつつ、賽貴を一瞥した。

 視線を向けられた賽貴はその意味を察しているのか、押し黙ったままだ。


「父上?」

「……ここから、吸い上げてもらうのが一番なんだよ。妖気が強いものであれば、なお良い」

「!?」


 とん、と軽く浅葱の唇の上に置かれたものは、蒼唯の人差し指だった。

 その行動と言葉の意味を悟った浅葱は目を丸くし、頬が桃色に染まる。


「ち、父上……っ」

「いい機会だ。気持ちを確かめるには、一番の方法だよ」


 こっそりと浅葱に耳打ちする蒼唯の顔は楽しそうだった。

 反対に浅葱は目を回しそうになり、両手に収めていた椀を再び傍らに慌てて置いていた。


「では、父さまは失礼するよ」

「……と、父さまッ!」


 楽しそうに微笑みながらいそいそと部屋を後にする蒼唯へ、真っ赤な顔をした浅葱が非難の声を上げる。

 だが彼はするりと御簾(みす)をくぐり、瞬き一つの間に姿を消してしまった。


「……………」


 二人残された室内で、去っていく蒼唯の足音を聞きながら、浅葱は先程までとは違う意味で俯き沈黙した。


「浅葱さま……?」

「は、はいッ」


 賽貴が覗き込むように声をかけるとそれに過剰反応した浅葱は、極度の緊張のために声が裏返っていた。

 瘴気の事は嘘では無いだろうが、それは口実だったのではないだろうか?

 そう思わずにはいられない。


「…………」


 硬直したままの浅葱を見て、珍しく賽貴が表情を緩ませた。

 そして。


「――失礼します、『当主』」


 わざとらしい呼びかけに、浅葱は思わず顔を跳ね上げる。


「賽貴ッ、その呼び方は嫌だって、……ッ……!」


 はめられた、と気づいたときには既に遅く、浅葱は賽貴の腕にしっかりと抱かれ唇を塞がれていた。


「ん、……っ」


 腕の中、もがいてはみるものの力が入らない。そもそも賽貴とこうした触れ合いも久しぶりのことであるので、頭の中は既に真っ白な状態だ。

 幾度か繰り返されたあと、ゆっくりと解放される。

 賽貴の着物をぎゅ、と握り締めながら、浅葱は小さい言葉を紡いだ。


「……、ばか……誰か、来たら……」

「時間がありませんでしたので」


 賽貴が言う時間とは、浅葱が元の姿に戻るまでのことを指している。それをあっさりと答える様に、浅葱は頬をふくらませた。

 自分だけが動揺していると言うことに、不満を抱いたのだ。


「ご迷惑でしたか?」

「もう……賽貴のばかっ!」


 涼しい顔で改めての問いかけを投げられた浅葱は、真っ赤な顔のままで、瞳に涙を浮かべつつそれを吐き出してそっぽを向く。

 賽貴は小さく、笑みをつくるのみだ。


「…………」


 僅かな間を置き、浅葱がちらりと視線を戻す。

 するとそれに気づいた賽貴が、そろりと右手を伸ばして浅葱の頭にそれを静かに置いた。

 そして二人には、久しぶりの笑顔が戻るのであった。

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