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脚本  作者: 誰か
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始まりの日と、10月20日~10月21日

 「物語の綴り手ストーリーテラー」は脚本を書き上げた。


 真っ赤に染まった夕暮れ。カラスの乾いた鳴き声が学校が終わったことを知らせていた。

 部活動に所属しているものや、委員会に所属しているものは残り、それ以外の人間は帰路についている頃。

 現実に絶望していた誰かは、その日一つの不完全な脚本を拾う。非日常への第一歩へと足を踏み入れる。

 失うものなど誰かにはなかった。

 はやる動悸を抑えながら、誰かはその先へと踏み出した。

 その日、彼、あるいは彼女は「犯人」となり、彼、あるいは彼女は「被害者」となった。

 そして彼は「――」となった。彼は演じきる。心の底から。

 「物語の綴り手ストーリーテラー」の本当の脚本通りに。




10月20日夕方


 その日高校2年生の桐生 幽木きりゅうゆうきは何気なく、いつもとは違う道を通っていた。

 特に何かあったわけではない。ただ、なんとなく。帰る道を変えてみたくなっただけ。

 空は真っ赤な夕暮れ。人通りの決して多くない道。ここまでですれ違ったのは、大柄で丸い体型の中年男性と、二十代後半と思しきOL風の女性だけ。

 馴れ親しんだ街でも、いつもと違う道を通ってみると違った顔を覗かせる。中学校、高校と過ごしたこの街でも知らないことはあるものだ。知らなかったケーキ屋、古めかしい古書店、怪しげな占い師。

 こんなところにこんな店があったのかと、新しい発見もある。

 たまにはこういうのも悪くない。そう思いながら、幽木は家路をゆっくりと味わいながら歩く。

 寂れたビルの前で立ち止まる。テナントなど入っておらず、無人で物悲しさを感じさせる。

 黄色いテナント募集の張り紙が今にも剥がれてしまいそうだ。

 以前ここには、2階に喫茶店、1階には本屋があったのだったか。

 昔は賑わっていたこのビルも不況の煽りを受けて、次々とテナントが撤退してしまった。

 そんな記憶を思い出しつつ、ビルの間の細い隙間を縫うように進む。ここを通らないと家には帰れない。

 少し進むと道が開ける。出口は後少しだ。

 鼠色を少し黒ずませた壁際には、四角い鉄製のゴミ箱が置かれている。

 上には蓋がしており内部はうかがい知れない。

 その横を通り過ぎようとしたとき――


ベチャ  


 音がした。水たまりにつっこんだようなそんな音。

 最近雨は降っただろうか? 記憶を探ってみると一週間前まで遡った。

 足元に眼をやると何か液体が漏れている。ビルの影によって液体の色は見ることは出来ないが、どうやらゴミ箱から漏れているらしい。

 何か気になって、使われていないはずのゴミ箱を開けてみる。外に晒されている鉄の箱は冷たい。ギィィと金属が軋む音がする。

 中をみて幽木は顔をしかめた。同時に吐き気を催す。

 そして、自分が踏んだものが誰かしらの内臓であるとようやく自覚する。

 中にあったのは赤く染まった制服、それと原型を留めていない人間と思われる死体だった。




10月21日朝



「10月21日朝のニュースをお伝えします。最初はまずこちらから。昨日五時半頃皆木市の路上で高校生の遺体が発見されました。遺体で見つかったのは、皆木市に住む高校生根元淳也君17歳。根元君の遺体はバラバラに切断され、ビルのゴミ箱に寿司詰めにされており、死亡推定時刻は昨日未明から朝にかけて。警察では殺人事件として捜査を進めています。続いてのニュースは―――」


 めんどくさそうに頭を掻き、朝のニュースをやっているテレビの電源を切った。

 幽木は憂鬱な気分だった。

 原因は昨日見た死体。バラバラに切り刻まれた死体。見覚えのある制服。一目で誰だか分かってしまった。

 これは同級生の根元淳也だと。特別仲が良かったわけではないが、その制服と顔ですぐに分かった。

 そこからのことはよく覚えていない。ただ、焦りと恐怖に襲われ、とりあえず110番して、気づけば警察署にいた。

 警察署内では強面の中年刑事に色々根掘り葉掘り聞かれたが、自分が知っていることなど特にないのでありのままを伝えた。

 途中刑事ドラマでありがちなカツ丼を頼むかと聞かれたが、食欲は起きなかった。

 どうやらあのカツ丼は自腹らしい。

 ようやく解放されたと思ったら時間は既に11時を過ぎており、家に帰るとドッと疲れが押し寄せて来たので着の身着のままで昨日は寝た。

 昨日あんなものを見たせいで朝になっても食欲が湧かない。

 朝のパンを少し齧っただけで、もう食べる気がうせた。

 こんな日は一日中家でゴロゴロしていたいが、平日なのでそうもいかない。

 フローリングの床に無造作に広がった新聞を手に取る。

 一面は昨日の死体だ。「高校生バラバラ殺人」「猟奇的殺人」「恨みを持った者の犯行か!?」などと好き勝手なことを書き連ねている。

 見るだけで気分が悪い。新聞を放り投げた。バサッと新聞は宙に舞い、そのまま床へと落下していった。

 



通学路


 通学路は一見普段と変わらない風景を見せていた。事件があったからとって何かが変わるわけではない。いつもどおりパン屋は営業しているし、サラリーマンは会社に行く。

 昨日見たことがまるで夢だったかのようだ。

 皆木市は北の中堅都市といったほどの規模で、人は多くも少なくもない。駅前はシャッター商店街に少しずつなってきてはいるが、それでも活気がないわけではない。

 幽木が通う皆木市立高等学校(通称皆高)は、よくいえば普通、悪く言えば平凡、つまるところ難しくも簡単でもない極めて平均的な学校だ。

 通いなれた通学路を歩いていると、不意に後ろから軽めの衝撃が背中を襲った。

 振り返るとそこには見慣れた顔。同級生の渡辺 總わたなべそう(通称ナベ)がこちらを向いていた。


「よっす、元気かオイ。辛気臭せえツラしてるけどよ」


「自分で答え出してるだろ…これが元気に見えんのか」


「えっ? お前いつもそんな顔じゃなかったっけ?」


「ぶっ殺すぞお前」


「ははっ、冗談だ冗談。でも、お前根元なんかと仲良かったっけか?」


 どうやらナベも昨日のことは知っているらしい。昨日から耳にタコが出来るほどテレビで報道されまくっているので不思議ではない。


「いや、全然……」


 実は、と言いかけて口を止めた。死体を見たなどと言えば、また根掘り葉掘り聞かれるだろう。

 幽木としては思い出したくもないので、これ以上先を言うことを躊躇した。

 

「だよなー。あんな奴のことなんて、別に死んで貰っても構わないよな」


 不謹慎な言い方だったが、おそらく死体を見ていなかったら幽木も同じ意見だったであろうから反論出来ない。

 根元淳也という男はそれくらい害のある人物だった。

 所謂不良とと呼ばれる類の人間で、出来れば関わりあうのを避けたいくらいだ。

 死んでも学校内は何ら問題はないだろう、むしろ平和になりそうだ。

 だが、実際に死体を見た幽木にそんなことを言う元気はなかった。バラバラになった死体。それを見ただけで可哀想だと思った。同時にあんな風になりたくはないという恐怖が幽木を襲う。

 気づけば幽木の顔は青ざめていた。

 

「おーい大丈夫か幽木?」


「…あ、ああ…大丈夫だ」


「割とお前って優しい奴だったんだな。アイツが死んだことそんなに気にしてるなんて。俺なんか、死んで万々歳だぜ?」


「割とってなんだ。割とって。俺はいつでも優しいだろうが」


「えっ? なんだって?」


 わざとらしく耳に手を当て聞こえないフリをするナベ。

 いつもと変わらぬ友人の姿に少しだけ、元気を取り戻した幽木だった。



校門前


 幽木たちが校門に着くと異様な雰囲気を感じた。

 校門はにわかにざわめき立っていた。原因は見慣れた校門に見慣れない異質な車。中から出てきたのはカメラを持ったリポーターだ。

 見れば他にも何人かのリポーターや記者が手当たり次第に、生徒へとインタビューをしている。


「根元君はどういう生徒だったの?」


「いや…あの、なんていうか…すいません…」


 生徒の方からすれば、嫌なやつに違いはない。

 しかし、テレビのインタビューで故人を悪く言うのは憚られる。

 誰も彼も言葉を濁すばかりで、まともに答える者はいない。

 それでもリポーターはインタビューを続ける。

 酷いテレビ局になると、わざわざスタッフにカンペを持たせそれを生徒に読ませる局さえある。


「ええー、根元君は正義感が強く…皆のまとめ役でした。なぜぇ、彼が殺されてしまったのかわかりませぇん」


 酷い棒読み加減だ。しかも、視線がカメラではなくカンペの方に向かっていてバレバレだ。

 おそらく放送するときは、顔にプライバシーに配慮したとか言ってモザイクを入れて声を変えるに違いない。

 偏向報道というやつをまざまざと見せ付けられた気がする。

 呆れ顔でその光景を暫し眺めていた二人だったが、二人にも記者が近づく。


「あっ、ねえねえお話を聞かせてもらってもいいかな?」


 マイクを持たない中年の男性だ。幽木の隣ではナベが「何で、綺麗なお姉さんじゃねえんだよ…」などと俯き嘆いている。

 

「根元君が殺されたことについてどう思う?」


「いや…、ちょっとそういうのは…」


「なんでもいいからさ、ホラ」


 やんわりと断ろうとしてもしつこく聞いてくる。

 そろそろ走って立ち去ろうかというとき、ナベがズイッと前に出た。


「あっ、俺でよければ何でも答えますよ?」


 さきほどの嘆きはどこへやら、優しそうな笑顔で記者に喋りかけるナベ。


「ホント? なら、色々聞いちゃおうかな」


「ハイ、何でも聞いてください」


 まるで好青年のようにハキハキとナベはそう言った。

 ひっそりとその間に幽木は離れていく。

 幽木は知っている。ナベがこういう笑顔と口調のときは、本気でキレているときだ。

 大方、しつこい記者に嫌気が差したのだろう。

 嵐の予感を感じながら、二人のやりとりに耳を澄ませる。


「じゃあ、根本君はどんな生徒だった?」


 言葉の裏にどう答えたらいいか分かってるよね?という意味を含ませながら尋ねる記者。

 一方のナベは笑顔だ。どこまでも綺麗な笑顔で言い放つ。


「そうですねー。一言で言えばゴミですね!! いなくなっても誰も困らないレベルの!! むしろいなくなった方が、環境がよくなると思いますよ!!」


 ナベは大きな声で周りの記者やリポーターにも聞こえるように高らかに言い放った。

 口をワナワナとさせている記者を無視してなおも、ナベは続ける。


「この学校の九割はみんなそう思ってますし!! アイツが原因でイジメとかも起きたりしてね!! まあ先制たちが尽力したお蔭で外部には漏らしてませんけど!! 死んでも喜ばない一割はアイツと一緒になってイジメに参加してたやつらですよ!! なあ、みんな!!?」


 完全に記者を置き去りにして持論…いや、事実を堂々と展開していく。

 もうある意味で爆弾なんじゃないかと思う。敵を撃破する爆弾。差し詰めナベは爆撃機か。

 爆撃された一同は口をポカンと開け、ナベの方を見つめている。

 生徒はというとナベの言葉に誘爆でもしたのか「そうだ!そうだ!」の大コール。

 生放送の局もあるだろうから、放送事故間違いなしだ。


「えー、これにて中継を終わりたいと思います」


 そそくさと帰っていく一同。生放送以外も、もう欲しいコメントは得られないと察したのだろう。

 そうだコールは彼らが完全に消えるまで止むことはなかった。



学校内廊下

 

「あー、面白かった。見たかよあの顔!? ざっまあねえ」


 横を歩くナベは上機嫌だ。


「たまにああいうところで無駄なカリスマ性発揮するよな、お前」


「無駄とはなんだ。俺のカリスマ性のなせる業よハッハッハ」


「はいはい」


 人の少ない廊下を抜け、教室へと入っていく。

 教室内の人間はまばらだ。まだSHRが始まる時間ではないというのもある。

 もっぱら話題は根元の死に関してのことだ。

 しかし、どう聞いても同情の声は聞こえてこない。

 それだけ根元が嫌われていたということに他ならないのだが、関係無い幽木から見ても若干可哀想である。

 ある意味でそれだけ嫌われるというのも一種の才能かもしれない。

 席に着き座っていると、ピンポンパンポーンと丸いスピーカーから音が響いてきた。


「今日は緊急全校集会を行いますので、生徒の皆さんは体育館に集合してください。繰り返します。今日は緊急全校集会を行いますので、生徒の皆さんは体育館に集合してください」


 またピンポンパンポーンと校内放送の終わりを告げる音で締めくくった。

 


体育館内


 人がごった返す体育館内。オレンジ色の照明は点いておらず外からの陽が十分に中を照らしている。

 雑音が多く聞こえ、やむことはない。やはり、ここでも話題は根元のことのようだ。

 どうせ、集会の内容もそうなのだろうと思うとげんなりする。

 周囲を見渡すと何台かのテレビカメラが入っていた。

 教師が静かにしろと生徒に注意を促す。ざわざわと色めく体育館内は次第に静かになっていく。

 壇上に校長が眩い頭と共に現れた。

 顔は皺だらけで年がいっているように見えるが、まだ五十代だ。

 皺くちゃの顔から生徒の間では密かにブルドッグと呼ばれている。

 威厳の欠片も無いブルドックが壇上に立つと統率の取れた動きで、生徒が整列していく。

 ブルドッグが一礼すると生徒も一礼し、そのまま一斉に座り込む。

 

「えー、皆さんも既に知っていると思いますが、我が校の生徒である根元淳也君の尊い命が、凶刃によって奪われてしまいました。まずは皆さんで黙祷を捧げましょう」


――まったく、白々しい。


 恐らく校長も問題児が消えて内心はホッとしているのであろう。


「黙祷」


 司会役の先生がそういうと生徒は皆眼を閉じ黙祷を始めた。

 遅れないように幽木も眼を閉じた。

 この中でどれくらいの人間が純粋に黙祷を捧げているのだろうか? そんな事を考えながら。

 

「はい」

 

 マイクから聞こえる先生の声を合図に生徒は眼を開ける。


「本当に痛ましい事件でした。そもそも――」


 校長の吐き気がするほど白々しい話は長くなりそうだ。マスコミを意識してということも踏まえて。

 殺人事件ともなれば学校に大して責任はないだろうから、心の内ではほくそ笑んでるに違いない。

 

「クッソなげェな」


「早く終わんないかなー」


「ブルドッグも空気読んで早く終わらせて欲しいよねー」


「マジめんどい」


 生徒の間からはちらほらと不満が漏れる。

 幽木は天井を仰ぎ溜め息を吐く。天井には照明の間に挟まったバレーボールやバスケットボールがこちらを覗いていた。

 死体さえ見なければ自分もこんな暢気にいられたのだろうかと思うと、ちょっぴり他の生徒が羨ましくなった。



放課後教室内


 学校の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

 生徒が一人死んだからといって、さして変わるわけでもない授業。

 変わった事といえば、普段は口にされない根元に関する話題が増えたくらいのものだ。

 だらだらと授業を受けているといつの間にか放課後になっていた。

 幽木の頭には内容などまったく入ってこず、脳裏に浮かぶのは死体ばかり。


「帰り暇ならどっか行こうぜ」


「…悪いけど、今日も一人で帰るわ」


 ナベの提案に乗る元気も無く、力無い言葉で幽木は答える。


「ホンッと辛気臭い顔してんないつもより。何かあったのか?」


「うっせぇな!! 何でもねぇよ!!」


 八つ当たりだ。最低だと自分でも思った。

 気遣ってくれている友人にこんな言葉を吐いてしまったのだから。

 ナベは驚いたように一歩身を引く。

 冷静になって辺りを見渡して自分がやったことの、改めて最低さを認識した。


「あっ、悪い……」


「………今日は俺もう行くわ。じゃあな」


 冷ややかな視線を向けてナベはどこかへと消えていった。

 何でそんなことをしてしまったのかと、こんなことになるくらいなら、昨日別の場所を通った自分に止めておけと言ってやりたくなった。

 憂鬱な気分が更に増して、もう何もする気が起きず、家へと帰ろうと教室を出た。



通学路


 校門前では朝の出来事に懲りたのかカメラを見かけることは少なく、さして時間もかからず抜けることが出来た。

 今日はいつもの朝と同じ道を通る。昨日のようなことは真っ平御免だ。

 息を吐くと煙のように白い息がうっすらと出現する。10月ではあるが北の方である皆木市では珍しいことではない。むしろ、そろそろ初雪が降るかもしれないくらいだ。

 肌寒い秋の風を感じながら、通学路を歩いていると、眩しい夕陽が正面に来た。

 あまりの輝きに眼を細める。

 しかし、ふと気づくと光を感じなくなっていた。

 光の代わりに現れたのはよれよれのコートを着た白髪の男性。白髪を蓄えてはいるが、年寄り臭さは感じられずガッシリとした体格だ。

 どうやら、彼が夕陽を遮っているらしい。

 背に夕陽を背負うその姿は後光が射しているようにも見えた。

 白髪の男性はこちらの姿を認めるなり、手から黒い手帳を差し出して柔和な笑みを浮かべた。


「やあ、僕はこういうものなんだけれど。桐生幽木君で合ってるかな? ちょっとお話を聞かせて貰いたいんだけど、時間はあるかい?」


 差し出した手帳には金色の桜の代紋。警察の証だ。名前の欄には村山雄山むらやまゆうざんと書かれている。

 幽木はこれから自分の身に起こることを想像し、深い溜め息を吐いた。


「……何やってんだアイツ…?」


 その姿を遠くから見るナベに幽木が気づくことはなかった。





喫茶店内


「ああ、好きなもの頼んでいいよ。どうせ経費で落とせるし。あっ、僕はチョコパフェデラックスで」


 メニューを指さして、店員に注文をつける村山。

 

「どれに致しますか?」


 オーダー表を持ち、制服に身を包んだウエイトレスが幽木に注文を聞いてくる。


「あっ、いいです」


「かしこまりました。では」


 一礼をして厨房へと消えていく女性のウエイトレス。

 大手チェーンの喫茶店内は人が少なく店員も暇そうだ。

 店内の造り自体は至ってシンプルで、ボックス席数席にカウンター席が少々。

 明るいオレンジ色の照明が店内を照らす。流れている音楽は、教養の無い幽木でもクラシックとわかる。量産型の無個性な店内。

 

「さて、余計な前置きは抜きにして単刀直入に聞こう。桐生君、君が犯人かい?」


「………はい?………」


 幽木はその言葉に眼を丸くした。

 何を言っているのだろうかこの人は? 犯人? 誰が? 俺が?

 頭の中はめまぐるしく活動を始め、混乱していく。


「いや、そうならそうとはっきり言ってくれ。僕も仕事なんて早く終わらせてしまいたいのでね」


「ち、ちょっと待ってください。俺はやってないですよ!?」


「犯人は皆そういうんだ」


「だからって…。とにかくやってません!!」


 慌てたような咆哮が静かな喫茶店内に響く。

 何の説得力もなかったが、今の幽木にはそういうしか出来なかった。

 ドン、とこれでもかというほどに盛られたチョコをメインにしたパフェが乱雑にテーブルに置かれた。

 見るとウエイトレスのコメカミに青筋が浮かんでいる。


「店内ではお静かにしてくださいね? お客様?」


 村山は「どうも」と臆することなく笑顔で言葉を返し、山盛りのパフェにスプーンを突き刺す。


「あーあ、怒られちゃったよ。まあでも、あんな若い子に叱られるのも悪くないね」


 スプーン一つでパフェの山を次々に崩していく。

 

「と、まあ冗談は置いといてさ。真面目な話でもしようか」


「……は?」


「あっ、冗談っていうのは今までの話全部だよ。君が犯人だとかそういうこと含めて」


「冗談だったんですか……」


 ホッと安堵すると同時に、幽木は目の前の村山を殴りたい衝動に駆られた。


「まあね。本気一割、冗談八割、からかい一割ってとこかな。あははっ」


 もう殴ってもいいと思った。このにやけ面を一度ふっとばしてやりたいと。


「どうよ? ちょっとは落ち着いた?」


「落ち着きはしましたけど…」


「じゃあ、真面目な話をしようか。そうだな-、まず言っちゃうと君は疑われてます。形式的にだけどさ」


「形式的?」


「そっ、形式的。いやさ、一応第一発見者を疑えっていうマニュアルがあるのよウチには」


「はあ…」


「でも、君昨日ウチに来て話した限りだとさ。アリバイあるじゃん?そんなわけで、君はほぼシロなわけよ」


「……?……」


 その言葉に幽木はキョトンとした。

 なぜなら、根元が死んだとされる昨日の未明は家、昨日の朝は通学途中でほとんど誰にも会わなかったのでアリバイにならないと思っていたからである。

 そんな幽木の考えを見透かしたように村山は続ける。


「いやね、根元君が死んだその日に君のアリバイは無いんだけど、あー、これ言っちゃっていいのかな?」


 村山は自分で何か確かめるように口に手を当てる。


「……ま、いっか。死亡推定時刻ってさ公式には、未明から朝にかけてってなってるけど、実際は未明でほぼ確定なんだ。で、君のマンションって防犯カメラついてるでしょ? そこに君らしき姿は朝まで映らなかったからさ。もちろん君が自宅のマンションの七階から直接飛び降りて、帰りも自力で壁をよじ登ったっていうならまた別だけど」


 ここで、幽木は疑問を口にした。


「疑われてないならどうして俺をここに呼んだんですか?」


 ばつの悪そうな顔で村山は答えた。


「それは、アレだよ。一応容疑者の一人なわけだし、もう一度話し聞いて来いって上からさ。で、そんな犯人の見込みもないやつに聞き込みに行きたい物好きなんて、サボり魔の僕しかいなかったわけ。ま、正確には押し付けられたんだけど。ほら、僕って窓際だから」


 言いながら自虐気味に村山は笑った。


 今日のところはこれ以上話すこともなかったようで、その後解放された。

 帰り際に村山から


「ほい、これ僕のメアドと電話番号。何か気づいたことあったら連絡してよ。多少の下ネタトークにも付き合うからさ」


と言って、連絡先を渡された。

 信用できる男だとは到底思えなかったが、話が終わる頃には幽木を纏っていた暗い気持ちは若干薄らいだ。

 ただ気になることが一つ、幽木の中でリフレインする。

 

「一応疑われてる…か」



10月21日朝 皆木署内


 お世辞にも大きいとは言えない皆木署内は慌しかった。

 普段であれば他愛もない話題を肴にコーヒーでも楽しんでいる時間帯。

 しかし、この日はそうも行かない。

 普段は使われていない大会議室を開放し、見慣れない刑事たちが列をなしてそこに入っていく。

 入り口には皆木市高校生バラバラ殺人事件捜査本部と書かれた紙がでかでかと貼られている。

 

 村山は欠伸を噛み殺しながら、その様子を見つめていた。

 わざわざ人がごった返す今入るのが非常にめんどくさかったからである。

 ぼけーっと、人の列を眺めていると聞き覚えのある声が耳に響いた。


「あれっ? 村さん入んないんですか?」


 後輩の犬井賢いぬいけんだ。ここに入ってまだ五年目くらいだったと村山は記憶している。

 同じ課の後輩で、色々とやらかすことが多い。

 名前に犬が入っているのだから、もう少し鼻を利かせて仕事をしてもらいたいものだ。


「いや、人が収まってから入ろうと思ってね」


「それにしても早いですよね。事件起こったの昨日なのにもう上から人が来て、捜査本部まで立てるなんて」


「まあ、今回は全国的にも報道されてるし早めに対応しとかないと、色々つつかれると思ったんだろう」


 高校生バラバラというのがマスコミの眼に留まったのだろう、昨日夜の事件発表から瞬く間にニュースは全国を駆け巡り、今日の新聞の一面を飾った。お蔭で世間の注目度は高い。


「そろそろ入りましょうか」


 人が収まったのを確認してから、二人は中へと足を踏み入れた。

  

大会議室内


 人がぎっしりと収容された室内は外とはかけ離れた熱気に包まれていた。といえば聞こえはいいが、実際はただ汗臭いだけだ。

 それもそのはずで、茶色い長机に人がところせましと座っており、端の人間は机からはみ出している。

 どうみても収容人数をオーバーしていた。おまけに暖房が効いており、外が寒いため厚着の彼らからは汗が噴出している。

 二人はひっそりと一番後ろの席に座った。

 もっぱら前に座っているのは、本部から来た人間で見慣れない顔ばかり。

 対して後ろの席には遠慮してのことだろう、所轄が多く座っており、二人からしてみれば後から入ったのは正解だったと言える。

 そして会議が始まった。


 そこからのことを村山はよく聞いていない。

 恰幅の良い、というより肥え太った偉そうなやつだったり、その他なんやらが入ってきて、色々と話をしていたが、無意味だと思ったからあえて聞き流した。

 どうせ、知っている情報の確認と役割分担についてであろう。

 情報に関しては今日ここに来た本部の人間よりは確実に知っているし、所轄の自分は聞き込みしかさせてもらえないことも知っていた。

 結局村山の読みどおりに会議は進み、お開きとなった。


「さて、行くとしようかな」


 人の大半が消えた室内で、ぐっと背伸びをしながら村山は立ち上がる。


「あれ? 村さん会議中殆ど寝てませんでした?」


「どうせ聞き込みだろう?」


「そうッスけど…」


「じゃ、後は任せたから」


「ちょっ、どこ行くんですか!?」


「なーに息抜きに大人の遊園地に行くだけさ。聞き込みは十分足りてるだろうからね。じゃあ」


「息抜きって何も仕事してないじゃないですか! ちょっと!」


 犬井が村山に追いすがるが、それを振りはらって村山は警察署を出ていった。



校門前 昼


 犬井から逃れた村山は皆高に来ていた。

 村山が気になるのは第一発見者である桐生幽木という少年。

 刑事の勘などとよく言われるものがあるが、村山はそんなものが自分にあるとは思っていない。

 持っている人間は数人思い当たるが、少なくとも自分にはないと思っている。

 今回その少年に眼をつけたのは、ただ誰も引き受けようとしなかったからだ。

 会議でも特に注目されたわけではない。むしろ、触れられなさ過ぎて不気味なくらいだ。

 ここに来た理由は強いていうなら、一応仕事しようかな程度の気持ちで、なおかつ仕事時間の大半をサボりに使えそうだったからである。

 そんな、ある意味で怠惰な考えを持ちながら皆高前に来たのだが、今は授業中。

 当然彼も今頃授業を受けているのだろう。許可を取って中に入るのは非常にめんどくさい。

 それに、刑事がわざわざ中に入って事情を聞くとなると彼にも余計な迷惑がかかるだろう。


「失敗したな、こんな時間に入って聞くことでもないし。また来ようか」


 

夕方 喫茶店


 とりあえず桐生幽木を誘い出すことには成功した。

 村山の第一印象では、よくも悪くもまだ子供らしさが残る高校生といった感じだ。

 ちょっとかまを掛けてからかってはみたが、感情をむき出しにして反論されてしまった。

 逆にあれが演技だとしたら、彼は相当な役者だ。ハリウッドにでも行った方がいいだろう。きっと名俳優になれるに違いない。

 色々と探ってはみたが、目ぼしい情報も得られはしなかった。

 死亡推定時刻が未明で確定などと嘘を言ってボロが出ないかと思ったが、それもなくまったくの無駄骨だった。

 元々期待はしていなかったので、特に落胆することもないが。

 帰り際に一応連絡先を渡しておいたのは、万が一情報が得られるかも知れないと思ったからで、そちらも宝くじで一等当たらないかな程度の期待しかしていない。

 

「ま、サボれたからいっか。タダでパフェも食えたし」


 チョコパフェデラックス2459円と書かれたレシートを眺めながら村山は呟いた。


 後日経費では払えないと言われてしまい村山は後悔することになるのだが、それはまた別のお話。




10月20日 朝


 外の明るさとは対照的に薄暗いビルの隙間。冷えたビル風が吹き込む。

 冷たい鉄の箱に「物語の綴り手ストーリーテラー」は手を掛ける。


 「駄目じゃん、これじゃあ」


 異臭のする鉄の箱を開け、「物語の綴り手ストーリーテラー」はそう呟いた。




10月21日 夜 皆木署内


 村山が皆木署内に戻ると犬井が腰に手を当て待ち構えていた。


「もー、どこ行ってたんスか?!」


「だから大人の遊園地だってば」


 適当な返答を返す村山。犬井はどうやら真面目に仕事しなかったことについて怒っているらしい。変なところで生真面目なやつだ。


「ねえ、僕もう帰っていいかな? 今日娘の誕生日なんだ」


「アンタ独身でしょ!?」


「なぜバレた…君ってエスパー?」


「見りゃわかります! そもそも、年中ふらふらしてるアンタに嫁さんが出来るとは思えません」


「これでも一応バツイチなんだけれども」


「えっ嘘!? って、そんなことより、分かったんスよ」


 興奮した様子で地味に失礼なことをいってのける犬井。おそらく無意識なのだろう。

 その言葉に村山は若干ムッとしたが、口に出すと話が進まないのであえてスルーした。


「何がだい?」


「死因ッスよ死因」


「切断による失血とかじゃないのかい?」


「いや、どうやら硬い鈍器、金属バットとかバールみたいなもので複数殴られたことによる急性硬膜下出血だそうです。死んだ後も複数回に渡って殴られた後もあるとか。切断は死後数時間経ってから行われたみたいです」


「へえ、ってことは怨恨かな? 死体をバラしたのは証拠隠滅か。数時間後っていうのが気になるけどね」


「ですね。本部もそっちの線で探ってるみたいです。害者は言うのもあれですが結構嫌われてたみたいですし」


「それにしても、死体なんて山奥にでも捨ててくればいいのにねえ。あそこのゴミ箱は普段使われてないにしろ、いずれバレちゃうでしょ。死体って臭いし」


 そこで、村山は少し考え込む。


「…山奥に運べない理由があったとか?」


 考えたけれど答えは出なかった。まだ分からないことが多すぎる。

 真面目に事件について考察をしている自分に気づき、村山は慌てて自分の頭の中から振り払う。


「さてね。考えたところで結局僕たちがやれることなんて殆どないわけだよ。後は本部に任せるとしよう。僕はちょっと由美ちゃんと約束があるので失礼するよ」


「嘘つけェ!! 由美ちゃんって誰だァァ!! こういう時に休みなんてあるわけないでしょうが!」


「若者は頑張りたまえよ。老兵は去ることにしよう」


 笑顔で手を振って、村山は真っ暗な秋の夜に消えていった。




皆木市繁華街


 眩いネオンが夜の街を照らす繁華街。昼間に見れば物悲しさを感じさせるが、夜となればまるで別の場所かのように光輝く。

 人々が行き交い、活気付く夜。

 この時間帯は酔っ払いによる喧嘩なども多いので、担当の交番は大変なのだろう。

 村山はここに来る途中で、何度か制服姿の警官を目撃し同情した。

 途中には酔いつぶれた若者が電柱によりかかっていたり、ベンチで寝ていたりということもあった。

 肌寒い日だというのに元気なものだ。

 今の自分ではもうそんなことは出来ないのだと思うと、時の流れというものを改めて認識させられる。

 喧騒を抜け、村山は繁華街の大通りから少し離れた裏路地へと入った。

 そこは一転して、暗い静寂に包まれていて本当にここは同じ街なのか? と疑ってしまう。

 ところどころ薄い明かりが、暗い路地を照らしている。

 路地と言っても繁華街には近いので、店は少数ある。

 しかし、ここに足を踏み入れるものは少ない。

 どれもが一見さんお断りのような雰囲気を醸し出しているためだ。そう書かれていなくても雰囲気で初めての人間に告げる。

 そんな不思議な雰囲気を漂わせる店の中で村山は躊躇うことなく、「雅」と書かれた古臭い日本家屋へと入った。

 


小料理屋「雅」


 セピア色の明かりが照らすセピア色の店内。カウンターが6席あるだけで、客席は他に存在しない。

 カウンターの向こうには菊の花が描かれた掛け軸、そして桜で彩られた着物を着ている若い女性。

 来客に気づいたのか、女性は村山へとにこやかな笑みを向ける。


「いらっしゃい、村山さん」


「やあ、由美ちゃん久しぶり。とりあえず適当なもの頂戴よ」


「かしこまりました」


 そう言って若い女性は奥へと消えて行った。




「――で、どう最近?」


 熱い肉じゃがを頬ばりながら村山は尋ねた。口の中では一際熱いじゃがいもが踊っている。


「いつもどおりですよ。本当に」


 ここの店主である堺由美さかいゆみは曖昧な笑みを浮かべる。


「そりゃあいいことじゃないか。平凡っていうのが一番だよ」


「そうですね。フフッ」


 手元へと眼を落とし慣れた手つきでマグロの赤身を捌いていく由美。

 その光景を微笑ましく見つめながら、村山は酒を煽る。

 暫しの沈黙。この店は頻繁に会話を行うような店ではないのでこれが正しい状態とも言える。

 しかし、そんな店の雰囲気を打ち破るようにガラッと店の入り口が開いた。同時に流れ込む冷気が店内を冷やす。

 入ってきたのは、眼鏡をかけた中年の男性で、村山と比べるとコートはヨレておらずしっかりと整っている。

 中年の男性は真っ先に由美を見るなり、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「ここって、雅で合ってますよ…ね?」


「ええ、そうですよ」


 にこやかな笑顔で客を出迎える由美。

 一方の男は何か納得がいっていないのか、首を傾げている。

 その状況を見かねた村山が男へと声を掛けた。


「合ってるよ黒ちゃん」


 いたずらっぽく笑う村山。

 黒ちゃんと呼ばれた男は村山の姿を認めるなり、途端に不機嫌になり無愛想な表情へと変わった。


「…どうして、貴方がここにいるんですか? まだ、仕事中でしょう?」


「なぜっていうのは、酷いなぁ。君にこの店を教えたのは僕だよ? 仕事には息抜きが必要なのさ。それを言うなら君もだろ?」


 皮肉の篭った言葉を意に介さず、村山は笑いながら皮肉で答えた。


「私はこの近くに用事があったので少し寄っただけです」


「じゃあ、僕もそういうことにしよう。まあ、座りなよ」


 ブスっとした表情を崩すことなく、男は村山と席を空けて座った。

 

「いやー、そっれにしても久しぶりだねえ。何年振りだろうか?」


 村山は強引に男へと近づく。話すたびに零れる酒の匂いに男は顔をしかめる。


「酒臭いです。勤務時間中に何やってるんですか。それに、朝の会議にいたでしょう」


「あれ? そうだっけ? 僕寝てたからわかんないんだよね」


 男は村山を引き剥がし、顔を由美の方へと向けた。


「そういえば、今日雅さんはどちらに?」


 横で呻く村山を無視し男は由美へと尋ねた。

 

「祖母は三年ほど前になくなりました。今では私がここの主です」


「これは失礼。何分、暫く来ていなかったもので…」


「薄情者だよねー」


「貴方は黙ってて下さい」


 一喝されムウと黙り込む村山。


「今までありがとうございましたと雅さんにお伝えください」


「ええ、分かりました」


 会釈をして、二人は黙り込んだ。再び店内を静寂が包み込む。

 村山はというと、タイミングを見計らったように男へと話かける。


「黒ちゃんも出世したよねえ。今回の事件任されてるんでしょ?」


「今回の事件?」


 由美が言葉を挟む。


「そっ、高校生がバラバラになったアレ。黒ちゃんはその捜査本部のトップ、役職は省くけど簡単に言うと責任者なんだ」


「なんだか、大変そうですね…」


「黒ちゃんと呼ぶのは止めて頂きたいですね。もう、貴方の部下ではありませんので」


「ははっ、固いこというなよ黒ちゃん」


 眼で止めろという怨念にも似た視線を送るが、村山は気にせず続ける。


「あの時の僕よりずっと上に上り詰めたんだよね。遅くなったけど、おめでとう。まさか抜かれるとは思って無かったよ」


「貴方もあそこで殉職でもしてれば、まだ同じくらいでしたよ?」


「無理無理僕にはそんな度胸ないもん。痛いのは嫌だからね」


 男からすれば皮肉をなげかけたつもりだったが、笑顔で返されてしまった。

 これ以上話すのは得策では無いと判断した男は、強引に話を切りにかかる。


「さて、私はそろそろお暇させていただきましょう」


「もう行かれるんですか?」


「ええ、そちらの方と違ってまだ仕事がありますので」


 立ち上がって帰ろうとする男を村山は強引に引き止める。


「まあ、待ちなよ黒ちゃん。君は来たばかりなんだからゆっくりして行きな」


「これ以上貴方といても楽しめそうにありませんので」


 不愉快そうに答えた男の言葉に村山は怯まない。


「じゃあ、僕が先に出て行くとしよう」


 そう言って今度は村山が立ち上がり、出口へと歩き出した。

 出口にたどり着いたところで村山は振り返る。


「ま、君がここに来たことは誰にも言わないからさ。ゆっくりして行ってよ。もう僕みたいな年寄りは寝る時間だしね。そんじゃあ」

 

 村山はガラッと引き戸を開け、後ろ向きに手を振った。

 去り際に何か思い出したのか、ぽんと手を叩く。


「あー、それと由美ちゃん? 僕の勘定は黒ちゃんが支払うからよろしく」


 その言葉に男は何か言おうとしたが、そのときには既に村山の姿は夜の闇の中へと消えていた。






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