発見と思惑
「クリュウさん、なんかもう本当にすみませんでした」
「ありがとうクリュウ。書類整理助かったよー」
黒髪黒目の少年――矢ノ内拓朗は申し訳なさそうに頭を何度も下げながら、そして彼の隣にいた儚げながらも元気そうな少女――雪乃は明るく微笑みながら、そう口にした。
「役に立ててよかったよ。もしこれからも手伝えることがあったら言ってくれ」
クリュウと呼ばれた、一見男に間違われそうな容姿をしている自分は、二人の言葉に対してそう返した。……自分で言ってて悲しくなるな。
「そう言ってもらえるなんて……。本当すみません」
「そんなに謝らなくていいさ。自分が勝手にやってることだから」
謝罪のお手本に選ばれそうなほど綺麗に頭を下げた少年を、苦笑いしながら諭す。
謝ってばかりいる気持ちは理解できるけど、ずっと謝られていると自分まで申し訳ない気持ちになってくるなぁ……。
「いや、俺が手こずってたのが悪いんです。すみませんすみません……」
しかし拓朗は相変わらず謝りつづけた。いったい何が彼をこうしたのだろう……、と疑問を持つほどだ。
「だからそんなに謝らなくていいって。いや本当に」
「そうだよー。クリュウも困ってるよ、拓朗くん」
自分の表情から気持ちを読み取ったのか、雪乃が自分の気持ちを代弁してくれる。ありがたい。
「そ、そうですよね。本当にすみま、」
「はいストーップ!」
しかし、また謝罪の言葉が出てきそうになった拓朗の口を、彼女は手で押さえ付けた。
「こういうときは“謝”は“謝”でも、“感謝”の気持ちを口にするの!」
「もご、もごもご(はい、すみません)」
くぐもっているが何を言っているのかを容易に理解した彼女は「まだ修練が足りないかも……」と少しがっかりする。その様子を見て自分は先程と同じように苦笑した。大変だなぁ、雪乃も。
「はい。それじゃあちゃんと感謝の言葉を言うんだよ」
彼女は言い聞かせるように拓朗にそう言うと、口を押さえていた手をどける。
「はい。クリュウさん、ありがとうございます」
雪乃に返事をしたあと、先程と同じような綺麗なお辞儀をして、拓朗は感謝の言葉を自分に述べた。
「どういたしまして」
「じーっ」
なんだか雪乃が自分のことをじっ、と見てきた。なんだ……。
「どうしたんだ……?」
「クリュウが笑うのって珍しいね」
「えっ、……そ、そうか?」
突然そんなことを言われて戸惑う。
「うん。微笑んでた」
雪乃は貴重なものでも見たかのように嬉しそうだった。私の笑顔ってそんなに珍しいか……。……まごついたせいで一人称が“私”になったし。平然を保つために“自分”でいないと……。
自身の心に言い聞かせる。冷静さを欠いちゃいけない。ちなみに戦闘は別だ。
自分の笑顔が珍しいと思ってるのは雪乃だけで、他の人は違うかも、だし。
「そういえば俺もクリュウさんの笑顔って見たことなかったですね」
…………。…………追い討ちを掛けられた気分だ。
「……そんなに私の笑顔は珍しいか?」
意識せずに私の口から問いがこぼれる。そして二人が首を縦に振る。……はぁ。
「だっていつも気難しそうな顔してるし」
「そうですそうです。少し近づき難いというか……。あ、すみません」
「別に謝らなくていいよ」
謝られることじゃない。その雰囲気を出してるのは事実だろうし。……意識的ではないのだが。
「でも、クリュウの笑顔を見て、私たちって打ち解けてるんだな〜、って思ったよ」
「俺も思いました。クリュウさん、これからもそういう笑顔を見せてくださいね」
「あ、ああ……」
やめてくれ二人とも……。……恥ずかしいから。
「……そ、それじゃあ私はこれで。二人とも初代生徒会長頑張って」
これ以上この部屋にいると恥ずかしさで頭がどうにかなってしまいそうだったので、私は逃げるように廊下へと出た。
「またね、クリュウ」
「ありがとうございました、クリュウさん」
「ああ、それじゃあまた」
少しだけ手を振り、自分は扉を閉めた。
「ふぅ……」
ため息をぽつり。
……自分ってやっぱり絡みにくいのか。そうだよなぁ、普段の喋り方がぶっきらぼうとか、いろんな人から何度も言われたしなぁ……。
壁に手をつきながら落ち込む。ダメだとわかってても直せないんだよ、ちくしょう……。
「……嘆いてても仕方ないか」
とりあえず、頑張ろう。やれるだけやる。うん。
「今は部屋に戻るか」
寮の自室へ帰ることにする。今日はもうゆっくりしよう。
「……打ち解けてる、ね」
窓の外を眺める。夕日が差し込んでくる窓からは大きな闘技場が見えていた。
「……ここも、あまり悪くはないかな」
打ち解けている、と思われて嬉しかった。だから、自分でも顔が少し綻んでいることがわかる。
ここに連れてこられた最初は、まったく知らない世界だったから恐怖を感じていた気がする。でも今は……。
「……仲間、か」
一言呟く。なんだか足取りが軽い気がした。
* * *
「あ〜あ、浮かれちゃって。こんなところで油を売ってる場合じゃないのに……」
クリュウたちがいた校舎から離れた食堂の屋根の上。一人の少女が、廊下を歩いているクリュウを眺めながら呆れたように呟いた。
呆れていながらも無邪気そうな顔をした少女は大きな剣を背負っており、銀色の髪と、その上に乗せられたキャスケットが特徴的だった。
「これもあの女がこっちの世界にクリュウを連れ込むから……」
「あら? “あの女”とはいったい誰のことでしょうね、ナイアさん?」
少女の背後、少しの距離を開けて姿を現した黒髪ポニーテールの女性が、少女――ナイアの独り言に問い掛けた。その言葉には若干の威圧が込められていた。
「これはこれはお偉い校長さまじゃないですか〜。こんなところに来てどうしたんですかー?」
だが、ナイアはそんなことに気づいていない……わけではないが、まったくもって気にしない様子で平然と受け流した。
「悪い子がいないか校内を見回るのも校長のお仕事なので……」
校長がニッコリ微笑む。しかし目は笑っていなかった。
「へー、大変なのねー」
だが、そんな校長に対してナイアは先程と同じように、適当にその言葉をあしらう。その視線は再びクリュウへと向く。
「……まあ、いいわ。あの子本来の目的はこのナイアさんが思い出させてあげるわ」
自分に言い聞かせるように呟き、最後に薄ら笑いを浮かべたナイアは、勢いよく振り返り校長と向き合う。
「それじゃあワタシは行かないといけないので〜。会ってすぐですけどバイバ〜イ校長先生♪」
彼女の足元から黒い瘴気が滲み出てくる。
それは混沌。取り付かれれば狂気に至るであろう闇の気。
混沌に身を包ませていくナイアは、わざとらしい明るい挨拶を残して姿を消した。
「はぁ……。大丈夫なのでしょうか……」
あとに残された校長は深いため息を一つ吐き、心配そうに呟いた。