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第34話 応募は敗北

作者: 山中幸盛

 平成二十三年十二月三十日の深夜、パソコンの「お気に入り」に登録してある『ショートストーリーなごや』をのぞいてみると、驚いたことに受賞作品が既に発表になっていた。結果は、賞金の一部を「北斗」に寄付するという一世一代の皮算用がはかなく消え去った。くそっ!

 さっそく、気を取り直してヤケ酒を飲みながら受賞した三作品に目を通してみた。大賞賞金五十万円也の「過去を描いた伊藤さんの話」と、佳作賞金十万円也の一つ「矢田川のバッハ」に対しては素直に負けを認めるが、もう一遍の佳作「キスナナ」に対しては、落選した幸盛の「睡蓮物語」の方がまだ少しマシなのではないかと疑義をただしたくなる。 

 いずれにせよ、中部ペンクラブ会員であり「北斗」同人でもある幸盛が賞金欲しさに小手先で書いただけなのに対し、受賞した「思い上がった脳天気なド素人」さん方の作品には熱意あるいは才能すら感じる。選考委員長の清水義範氏が選考講評の中で「ほかにもいい作品が多く、佳作にしたいものが五編ぐらいあったが」と(今回も)なぐさめて下さっているので、幸盛の「睡蓮物語」はきっとその中に含まれていると信じたい。


 平成二十四年一月二十二日午後一時三十分から名古屋市中生涯学習センターで「北斗」の月例会が開催された。この時は誰一人として『ショートストーリーなごや』の話題には触れなかったが、その終了後、金山駅近くの居酒屋で粛々と開催される恒例の食事会で、全身に生ビールがしこたま巡ったところで幸盛自らが棚橋さんに向かって口火を切った。 

「ショートストーリーなごやの賞金で『北斗』に寄付することができなくなりました」

 眼鏡を外したら街ですれ違ってもおそらく誰も気づかないであろう棚橋さんが笑顔でなぐさめてくれた。

「山中さんのブログで『睡蓮物語』を読んだから知ってるよ。佳い作品だから北斗で発表すれば?」

 そびえ立っていた鼻をへし折られた幸盛は固辞する。

「いえ、たかだか地方のコンテストで落選した小説を、伝統ある北斗に載せるわけにはいきません」

 普段は口数少なく穏やかな竹中さんだが、「北斗」の主宰でありながら中部ペンクラブに断固加入しない気骨の人であるだけに、アルコールが入るとタガが外れて雄弁になる。

「同人雑誌は自分が書きたい作品を書く、それが基本であり全てです。全国の誰か一人か二人が読んでいて、これちょっと面白いな、と感じてくれればそれで充分なんです。その人が手紙を寄こそうが寄こすまいが、声を上げようが上げまいが関係ない。読んだ人の心に小さな波紋が投げかけられる、それで充分。少なくとも私はそう信じてやって来て、後悔をした覚えがないばかりか、数々のびっくりするような出逢いに恵まれたものです。唯一絶対の価値観など絶対にないのだから、自由に自分の道を行けばいいんです」

「その通り」

 と尾関さんが女性百人中九十九人のハートを射抜くお茶目な笑顔でビールの入ったグラスを竹中さんに差し出すと、日本酒が入った竹中さんのおちょこがコツンと応える。

 『カプセル・タイム』で頂戴した賞金を気前よくポンと「北斗」に寄付した人格と実力と実績と金がある大西さんが目を細めて幸盛にからんできた。

「落選の原因を、ご自分ではどう捉えておいでかな?」

 幸盛はワサビたっぷりのブリの刺身を口の中に放り込み、涙をにじませながら言い訳した。

「まず第一に、肝心の睡蓮池が戸田川緑地には実在しません、ボクが勝手にでっち上げたものです。第二に、睡蓮は二,三年に一度植え替えしないと花のつきが悪くなると書きましたから、徳川園と東山植物園にある睡蓮の花の貧相な理由が市民にばれてしまいます。第三に、フランスのモネ財団を批判しましたから、日本有数の自治体たる名古屋市としてはトバッチリは避けたい。第四に、」

 と続けようとすると、中部ペンクラブの理事であり同クラブ発行の会誌・会報すべての辣腕名編集長でもある駒瀬さんが、耳の補聴器をいじりながら割り込んできた。

「山中さん、そのような負け犬の遠吠えはさておき、文学作品としてはいかがなんですか?」

 幸盛は表情を硬くして答えた。

「そうですね、主人公を中学生にしたことが一番の敗因かと思います。日本の文学界は登場人物が少年少女というだけで児童文学という狭いカテゴリーに押し込み蔑視する傾向がありますから、おそらく、ショートストーリーなごやの選考に関わった全ての人々も、沽券に関わるので選んだりはしないでしょう。過去の受賞作の中で唯一第4回の佳作に小鬼と公園で遊ぶ子どもが出てきますが、それだって大人になった主人公がその頃を懐かしむ展開になっています。何より、ボクは純文学はようしませんから」 

「また出た、それはひがみ根性というものです」

 と駒瀬さんが一刀両断するので幸盛は開き直った。

「ボクは、俳句より川柳の方が向いているんです」

 棚橋さんが幸盛の肩をポンと叩き、ニッと微笑んだ。

「でも本当は、俳句の方が好きなんでしょ?」


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