(8)イヨ
(8)
「まずは、あなたのその力を使いこなせるように練習しましょう。」
イヨの教育係となったのは案内をした年かさの巫女だった。
「この宮には、さまざまな力を持った者がいます。“視える”者、“聴こえる”者、“とべる”者、“動かせる”者。ほかにも・・・一人一人持っているものは違います。あなたはどうやら“視える者”のようですね。」
イヨは幼い頭で必死に話を理解した。
同時に、自分と同じように力を持った者がいることに深い安心と少しの恐怖を感じた。イヨは“視た”ことはあっても、今まで“視られた”ことがなかったからである。
「あなたの今の力は制御できないため、視たくないものも視えてしまうし、周りにも影響与えてしまいます。ですから、まずはそれをあなた自身で使いこなせるようにしなくてはなりません。それができるようになれば、壁を作って、“力”から自分を守ることもできるようになります。」
なるほど、自分の力を制御し、壁を作ることができたのでここで出会う巫女たちの“まとうもの”が視られなかったのかとイヨは納得していた。
「大丈夫、慣れたら呼吸をするように使いこなすことができます。安心して修行にはげみなさい。」
「はい。」
イヨは年かさの巫女にならって一生懸命修行に取り組んだ。
結果、季節が一回りする頃には、随分と自分の力を使いこなすようになっていた。
イヨにとって、宮での生活は新鮮なものだった。すべてが初めてのことだらけだった。
身の回りのことは、できる限り一人で行わなければならなかった。
巫女は大きな宮の割に大勢とは言えなかったが、それでもさまざまなところから、いろいろな力を持った人々が集まっていた。
少女と呼べるものもいたが、イヨほど幼い少女はいなかった。
しかし、周りの巫女たちもイヨをかわいがってくれた。
宮の中で巫女は巫女とそこで働くものとしか会話を交わすことができない決まりがあり、まだ巫女と認められていなかったイヨに話しかけることができなかったのだ、と後になって教えてくれたのは湯あみを手伝ってくれた巫女たちだった。
宮にいるのは巫女とその世話をする者だけだった。
世話をするのは、代々この宮を守り支えることを生業としてきた宮長の家の者が行っていた。
このときの宮長はヒョウゴという男で、人好きのする優しい目をしたおやじだった。
ヒョウゴは幼くして親元を離れたイヨをかわいがってくれた。
ヒョウゴはイヨの遊び相手にと、自分の息子を宮につれて上がってくれていた。
ヒョウゴの息子はカカといい、イヨの三つ年上だった。
いつも大人びて、しっかりしているイヨも、カカといるときだけは子どもらしくふるまうことができた。
もっとも、気の強いイヨにかかれば、泣かされるのはもっぱらカカだった。
宮では修行のほかにもいろいろな仕事があった。
宮の生活は基本的に自給自足である。
食事の準備はもちろん、宮の掃除、洗濯。
宮で食べる野菜も米も、そこに住まう者たちで育てていた。
初めて見たときその白さに驚いた着物も、自分たちで織って作っていた。
持っている力だけに頼らず、「生きる」力が本当は大切であること。
自分たちは生かされた存在であること。それが大巫女の教えだった。
大巫女の教えの中、力を使わずとも自分たちのできることは自分たちの手で行なわれていた。
お姉さんのような巫女に囲まれ、厳しいながらも充実した生活を送っていた。
イヨが24歳になった春、イヨは久々に大巫女に一人で呼ばれた。
24歳とはいえ、この宮に来てもう20年。
宮の中でも、若いながら古株となり、下の巫女の教育係も務めるようになっていた。
「失礼いたします。イヨでございます。」
膝をつき、扉を開け、頭を下げる。
宮で一番厳しく教えられたのは、力の使い方よりもむしろ礼儀作法だったように思う。
20年の生活でしっかりと身についたイヨの作法は完ぺきだった。
「おはいりなさい。」
顔をあげると、目の前には大巫女が座っていた。20年前と何も変わらないように見える大巫女。
しかし、二十年の間に美しい顔にも年齢が刻まれつつあった。
目を閉じているのは、視力がないせいだと気がついたのは、いつのことだったか。
大巫女もまた、“視える”者だった。
ふと、視線を横に移すと、大巫女のよこに控えていたのはカカだった。
一昨年妻を娶ったカカは、ヒョウゴの後継として、宮の大切な仕事にも従事するようになっていた。
最近は、大巫女の側役も務めていた。
まるで本当の妹のように過ごしてきたイヨにとって、カカが大切なお役目を授かり働いている姿をみるのはうれしいものだった。
昨年生まれたカカの息子にも名をつけてほしいと頼まれてイヨは祈りの中でハヤテという名を授かり、そうつけた。そして、来春には次の子も生まれる予定である。
ハヤテの成長はイヨにとっても楽しみにしていることだった。
いつもなら、イヨをみて優しく目を細めるカカがこのときは厳しい表情で目を伏せている。
イヨは少し不思議に思いながら、正面の大巫女に視線を合わせた。
「イヨ、そなたこちらへ来て何年になるかの。」
いつもと変わらない口調で大巫女は言い出す。
「20年になります。」
ほほ笑みをたたえた、大巫女はそのままなんでもないことのように続けた。
「そうか、実はな、そなたを宮から出そうと思う。」
イヨは、驚きに目を見開いたがことばが出てこなかった。