(7)はじまりのはじまり
(7)
少女が朱の宮に上がったのは4歳の時だった。
赤子のころから少女が大泣きするあとは必ず雨が降った。
また、死を目前としたものには怖がって近づくことができなかった。
言葉がしゃべれるようになると天気や失せ物の場所を言い当てるようになった。
少女にとっては、“わかる”ということはごく当たり前のことであった。
しかも、少女には人々の“まとうもの”が見えた。周囲の“まとうもの”が、好奇心から猜疑心、そして欲望へと変わっていくのも少女には見えてしまった。
両親には愛情を持って育てられたと思う。だからこそ、欲望を怖がる娘を守ろうとしてくれた。
何かに利用されることを恐れ、少女を守るためにどうすればよいかを悩んだ両親と村長が相談した結果が朱の宮へあげることだった。
少女はその能力で両親の思いは“わかって”いた。
だからこそ、娘を4歳という幼さで親元から離さざる得なかったことに罪悪感を抱く両親の気持ちもよく“わかって”いた。
別れの日、両親の思いを理解し、涙を流さず微笑んですら見せる少女。
対照的に少女の母は、涙を止めることができず苦しそうに少女を抱きしめた。
父に連れられて家を発つ少女の胸に母の苦しげな顔は焼き付けられた。
それから幾年も過ぎたが、いまだに思い出すのはあの時の母の顔である。
初めて目にした朱の宮の門は、見上げれば頭の後ろが背中につくくらい高くそびえていた。
門のところで父とは引き離され、それが家族との今生の別れとなった。
朱の宮と呼ばれるだけあり、門から入って目にした建物はすべて朱い柱で支えられていた。
少女が一抱えできそうなくらい太い柱は、先が遠くに見える長い廊下に等間隔でずらっと立っていた。
少女を迎えたのは、長い髪を後ろにひとくくりにした、年かさの行った巫女だった。
巫女は白い衣装に朱い組みひもと柄の組みひもを2本腰に巻き、下には朱い袴をはいていた。
最初に連れられたのは、湯あみだった。少女は若い巫女に引き渡された。
長旅でほこりだらけになった体を3人の巫女に洗われる。
田舎の村で暮らしていた少女に湯あみの習慣はなく、湯で体を洗われることに緊張しながらも、汚れが落ちていくのは気持ちよかった。
湯から上がると、髪を丹念に梳かれた。やや、長さが不ぞろいであったが無理やり後ろに流して、しっかり結われた。
ほかの巫女のように白い衣装を着せられ、初めての袴に足を通す。
こんな上等な着物に手を通したことのなかった少女は、緊張しながらもその感触を楽しんでいた。
少女の世話をする巫女たちは、年かさな巫女も含め、一様に口を利かなかった。
にこやかに接してはくれるが、いつもなら感じることのできる“まとったもの”も感じることができなかった。
少女はだんだんと不安が募っていた。“まとったもの”を感じることができない人に出会ったのは初めてだった。
身支度がと整うと、先ほどの年かさの巫女に引き渡された。
巫女に連れられ、行きついたのは永遠に続くのではと感じるほど長い廊下の先にある位置さな部屋だった。巫女にならって座らされた少女は、頭を下げ扉が開けられるのを待った。
「大巫女様、新しい巫女を連れてまいりました。」
「入れ。」
中からは、想像よりも若い女の声がした。
頭を下げたまま、するようにして少女は部屋に入った。
「面をあげなさい。」
少女は顔をあげ、その前に座る人にくぎ付けとなった。
小さな部屋には、背筋を伸ばして座る美女がいた。
真っ黒でつややかに流れ落ちる髪、ほかの巫女と同じ衣装であるが、その上に薄い透き通った織物をかぶっていた。
鼻筋はすっと通って、つややかな唇がその下に形作られていた。しかし、長いまつげを携えた瞳は閉じられている。
くっと美女の口角が上がる。
「賢そうな良い顔をしておるな。そのほう、名は?」
少女は、目を閉じたまま自分を“視る”大巫女と呼ばれた美女を見つめたまま答えた。
「イヨでございます。」
美女は満足そうに微笑むと言った。
「うむ。今日からここがそなたの家じゃ。たくさんのことを学ぶとよい。」
それが少女イヨと大巫女の出会いだった。
そして、イヨが巫女となった最初の日だった。