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(4)眠れない夜

(4)

ヒマリと雨宿りしているうちにいつの間にか雨もやんでいた。村の外れの分かれ道でヒマリに手を振って、シュカはおばばの待つ家へと急いだ。


その日の晩、シュカはなかなか寝付けずにいた。

薄い布団の中で寝返りを打つが、心の中が晴れない。自分と同じような年の子たちの恋情に正直驚いた。

宵の宴での幸せな約束は憧れだったが、ヒマリに言われて自分がそんな未来を漠然としか考えたことがないことに気付いた。

改めて考えると、なぜか宵の宴で旦那さまを見つけて、夫婦となって、子をなしてという当たり前の未来を想像することができない。

30や40になったときの自分の姿が想像できない。

何年か経って、いろいろなことを経験すればそんなことを思い描くようになれるのだろうか。

そんなことを考えていると、昨年のノノ姉の姿へのあこがれも周りの娘たちが騒ぎたてるのに合わせてそんな気になっていたのかもしれないという気になったりしてしまう。


シュカはおばばを起こさないようにそっと布団を抜け出し、草履を持ってはだしのまま外に出た。

以前と比べずいぶん涼しくなった夜の風に、いつの間にか随分近寄ってきている秋の気配を感じる。

シュカは着物の合わせをきゅっと寄せて、草履をはくと森のわきの道を歩き出した。

森奥からは獣の啼く声もかすかに聞こえるが、怖くはなかった。

あたりは暗いが、見上げると二つの月が寄り添うように出ている。

月明かりに照らされて、物の形がぼうっと浮かび上がる。


昔から、それこそやっと歩き出す頃から何かあるといつもこの道を通って必ず向かうのは湖だった。

シュカが捨て置かれた場所。

たからかどうかは分からないが、湖に来ると心がすっと落ち着いてくる。

さっきまで胸の中でぐるぐると渦巻いていたことが溶けだすように、流れていく。


今日は月が出ている。

もしかしたら、会えるかもしれない。


シュカは湖の淵にしゃがみこむと目を閉じ、手を合わせた。

「美しき双子月さま、豊かな湖のシェイ様、ひと時ここで休むことをおゆるしください。」

シュカが目をあけると、水面に淡い霧が立ち込め始めていた。

こうなると、かすかに聞こえていた獣の啼き声も静まり返り、一切の音がなくなる感覚がする。

湖の上から、滑るように少年が歩いてくるのが見える。

やっぱり会えた。


少年は、シュカが月夜の晩に湖にやってくると、必ずと言っていいほど現れた。

初めて少年に出会ったのは5つのとき。

夜中に急に眼が覚め、心がざわざわしていてもたってもいられなくなった。

布団から起き出したシュカは、昼間でも一人では来たことのない湖へやってきていた。自然と足が向かっていた。

そこで出会ったのがこの少年だった。


「やあ、シュカ。久しぶりだね。」

真っ白な上等な着物に身を包んだ少年は、目を細めて美しい頬笑みを浮かべる。

「トウヤ。なんだかいろいろと考えていたら眠れなくなってしまって。」

「そう、シュカに悩みごとなんて・・・珍しいね。」

クスッと笑ってトウヤは優しくシュカの乱れた髪を梳いた。

シュカはトウヤの白くて美しい指を見ながら、くすぐったそうに顔を揺らす。

「私、自分が思ってた以上に子どもなのかなって・・・。」

トウヤは神を梳いていた指を滑らせて頬を優しくなでた。

「シュカはそこがいいところじゃないか。わたしはそのままのシュカがすきだよ。」

トウヤの手でなでられると、いつもシュカはまるでネコになったかのように甘えてしまう。

シュカは村の少年たちに感じる漠然とした不安感を、トウヤには感じることがなかった。

シュカにとって、トウヤは心おきなく、何も考えず甘えられる存在だった。

月夜の晩しか会えない、時に兄のように、父のように、母のように優しくシュカを包みこんでくれた。


トウヤが何者なのかシュカは知らない。初めて会ってから、シュカと同じように年々成長しているが、本当に人かどうかも分からない。

何となく敬虔で、神聖な雰囲気を持った少年だった。

何しろ、湖の上からやってくるのだ。いつも真っ白な美しい着物のに身を包んでいるし、畑仕事についたことのない、細く美しい手足からも、もし人だったとしてもこのあたりの子どもではないことは確かだ。

初めて会ったときは、シュカと同じくらいの幼児だった。まるでシュカの成長に合わせるように、シュカに会うたびに成長していた。

見かけは少年だがその心は果てしなく深く広い。

さまざまなことをよく知り、たくさんのことをシュカに教えてくれた。


さまざまな疑問があるものの、シュカはそれをトウヤに問掛けることはなかった。

それを聞いた瞬間にトウヤが二度とシュカの前に現れないのではないかという恐れもあった。

それに、トウヤの深い深い瞳を見ていると、シュカの何もかもがトウヤには知られているような気になってしまうのだ。疑問をぶつけなくても、それら全部を包み込むのがトウヤという存在だった。


ひとつだけわかっているのは、何に変えても失いたくない存在だった。

だから、トウヤのことを誰にも話したことはなかった。


「シュカ、何も心配することはない。シュカには与えられた運命さだめがあるんだ。時が来れば動き出す。何も心配することはない。君は朱月の巫女なのだから・・・。」

気持ちの良く目を閉じていたシュカは、目をあけてトウヤを見上げる。

「トウヤ・・・。」

いつもの優しい声に表情だが、何か大切なことを言われた気がする。

それを問いかけようとするが、頭をゆっくり撫でるトウヤの指がそれを邪魔するように気持ちが消えていく。いつの間にか、また瞳を閉じて、体をトウヤにゆだねてしまう。


不意に、トウヤの手が止まる。

「もう、時間のようだ。大丈夫、シュカ。君には私が付いている。今夜はもう、月が隠れる。月が隠れてしまう前に行きなさい。」

シュカはトウヤの目をじっとみつめ、小さく頷いた。



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