(3)雨宿り
(3)
「…シュカ。」
誰かに呼ばれたような気がしてシュカは顔を上げた。
周りを見渡すと、いつの間にか機織り場は若い娘たちでああふれていた。
どうやら機織りに気を入れすぎて、ずいぶん時間がたったらしい。ひさしの向こうをみるとすでに雨は降りだしていた。
「シュカてば!」
ぼうっと外を見るシュカの肩をゆする人がいる。
そうそう、呼ばれたのだと肩をゆすっている人物を見上げれば、そこには頬を膨らましたヒマリが立っていた。
「ヒマリ、おはよう」
「おはようじゃないわよ。もうとっくに昼よ。ずいぶん声をかけたのにちっとも気付かないんだから。」
シュカは機織りをしていると、どうも気が入り込み周りが全く見えなくなってしまう。
いつものことではあるが、今日は特に夢中になっていたらしい。
「もう、一緒に帰ろうと思ってたのに。雨が降ってきちゃったじゃない。」
シュカは肩をすくめるばかり。
「ヒマリ、許してあげて。シュカは私の婚礼衣装を織ってくれているの。私が代わりに謝るわ。」
困ったように眉尻を下げてノノ姉がかばってくれる。
申し訳ないなと思いながらも、やっぱりノノ姉は優しいと思う。
「シュカ、ノノ姉の婚礼衣装、それね。うわぁ、なんてきれい。」
ヒマリの声にほかの娘たちも寄ってきた。織りかけの機を覗き込んでは感嘆の声を上げる。
「なんて細かい模様。」
「ほんと、素敵ねぇ。」
「ノノの模様の組み合わせも凝ってるわ。」
口々に言われ、シュカは照れながらもうれしく思う。
「どれどれ?や、いい色遣いだ。織りも丁寧で細かいね。腕を上げたねシュカ。」
若い娘たちの間から顔をのぞかせたのは、機織り場の責任者も務めるアインだった。
村一番の織り手からも褒められ、シュカは頬を赤らめて小さな声で「ありがとう」と言った。
「でも、今日はそのくらいにしときな。順番待ちの子もあるし。」
アインの声に頷いたのはノノ姉だ。
「そうね、根の詰めすぎは良くないわ。今なら雨も小ぶりだし、今のうちに帰ったほうがいいんじゃない?」
それに返事をするかのように、シュカのおなかが鳴った。どっと笑い声が起きる。
「そうね。おなかも返事をしているし。ヒマリが怖いから帰ることにしよう。」
おどけて言うと、ヒマリがまた頬を膨らますのだった。
「ねえ、シュカ。」
雨足が強くなり、ヒマリとシュカは村の上にある大きな楠の下で雨をしのいでいた。
「ん?」
シュカは大切な機織りの道具が濡れていないかそっと懐をのぞきこんだ。
「もうすぐ秋祭りだね。」
ヒマリもシュカとおなじ14歳になる年だ。去年は一緒に初めての夜の宴に出た。
そして一緒に、ノノ姉が幸せな求婚を受けるのを見たのだ。
「シュカは今年の秋祭り誰かお目当ての人はいないの?」
お目当て…シュカより少し低い位置から覗き込むように見ているヒマリの目を見ながら口の中で繰り返してみるが誰と思い浮かぶものがない。
「ヒマリにはお目当てがいるの?」
「わたし、この秋はセンジと絶対いい感じになりたいわ。声をかけてくれたらいいけれど、もし声をかけてもらえなくてもそれとなく近づいて声をかけるつもりよ。メイやラシュヤもセンジに気があるらしいから絶対に先に声を掛けなくちゃ。」
シュカは力強く宣言するヒマリに、内心驚いていた。確かに昨年の宵の宴でのノノ姉の婚約にはあこがれたが、シュカは具体的に誰と仲睦まじくなりたいなどと考えたことはなかった。ただ漠然と憧れていただけだった。
やわらかいふわふわとしたくせ毛のヒマリはその髪がよく似合うかわいらしい面立ちをしていた。そのかわいらしい顔とは対照的な勝ち気な性格は、とても愛らしい。きっとヒマリならセンジを引きつけることだろう。
ヒマリにメイ、ラシュヤ……シュカは自分と同じような年の子たちがすでに恋情を持っていることに少なからず衝撃を受けていた。
「シュカったら、そんなんじゃ宵の宴で独りぼっちよ。2年目は楽しまなきゃ。」
そう言われても、そんな風に村の男の子を見たこともなく。
困ってしまったシュカの顔を呆れたように見ながらヒマリはさらに続けた。
「まだ嫁をとってない素敵な人、結構いるのに興味ないのね。西の村のトイとかは日に焼けて力強い感じが、男らしくて人気があるわ。隣村のリュエルは、細面の優しい顔の上、この1年でずいぶん背も伸びて大人らしくなったって人気が上がると思うわ。」
「くわしいのね。」
ヒマリの話に驚きを通り越して感心してしまうシュアだったが、そのあとの一言にさらに目を剥いた。
「シュカが知らなすぎるのよ。あぁ、シュカ目当ての子もいるのに、本人がこれじゃかわいそうね。」
「なっ、ないわよそんな物好きな人。いいのよ、気を遣わなくても。」
黒いまっすぐの腰までの髪につややかな白い肌。紅をささなくても赤い唇に黒めがちな瞳。みんながうらやましがるような容姿にあって、無邪気で屈託のないシュカ。女の子の中ではいつも元気で朗らかな彼女が、なかなか色恋に興味も持てず男性の前だと委縮してしまう。
本人には自覚がなさそうだが、無意識の内に距離を取る姿をこれまでも見てきた。
そんな彼女に男の子たちもなかなか近付けずにいることに本人は全く気付いてないのだとヒマリは心の中で小さくため息をついたのだった。