(28)二人の修行
(28)
「シュカはクニとはどんなものか知っているか」
大巫女の穏やかな問いにシュカはしばし考え答えた。大巫女はシュカが考える間を決してせかしたりはしない。シュカはいつも安心して考えることができた。
「クニは村がいくつも集まったものだと聞きました。」
「うむ。ではシュカが以前暮らしていた村は、クニの中にあったか。」
「いいえ。私の村は近隣の村と一緒に祭りなどを行うことはありますがクニではないと思います。」
「それはなぜだ。」
「クニは、一人の首長が治めていると聞いたことがあります。私の住んでいた村にはそれぞれ長がいました。その長同士も平らな関係だったと思います。ですからクニとは違った集団だと思います。」
「そうだな。シュカの育った村と近隣の村はお互いに協力関係を上手に保ちながら集合体を作ってくらしておる。」
大巫女はシュカの答えに満足げにうなずくと、今度はアサギに問いを投げかけた。
「では、アサギに聞こう。クニはもっと詳しくいえばどう説明する。」
「はい。クニとはシュカの言った通り村が集まったものですが、武力に強い首長の治める村が周りの村を飲み込みながら大きくなったものです。もともとは村の民が増えた結果、耕す土地を拡大するための抗争が発展し、その結果村の外の土地を奪いながらクニとして広がって行きました。ですから、クニの中には勝者と敗者が生まれ、戦に負けて吸収された村の中には奴隷となったものもあると聞きます。」
大巫女は口をはさまず最後まで聞くと、ゆっくりと頷いた。
「うむ。その通りだ。」
シュカはアサギの言葉を聞きながら脳裏にひとつの場面を思い浮かべていた。
幼い子供の白く焦点のあわない瞳。生気のない顔。
その母の・・・死に顔
あの子はそういった戦の中で母を失ったのか。
あの時の少年の切り裂かれたような渇きにも似た痛みがよみがえり、シュカは胸元をぎゅっと握りしめた。
「戦に負けるとはどうなったときに決まるのですか。」
戦に巻き込まれたことのないシュカには、現実の戦を知らなかった。
「戦の負けは村の長が負けを認めるか、闘って全滅させたとき、村全体を敵方に占領された時に決まる。そこで求められるのは武の強さだ。」
アサギの言葉にシュカはさらに握りしめた手に力を込めた。
シュカの指先は白くなっていた。
「私は、この宮へ来る途中に戦で負けた村を見ました。建物は焼け落ち、人びとは疲れ果て、子どもに希望はありませんでした。細々と店をしていたあの人たちは奴隷なのですか。」
アサギは実際に見たわけじゃないから確かではないがと前置きをして語った。
「その村にいて、そうして暮らしていたのであれば奴隷ではないと思う。奴隷になった人々の多くは広くなった農耕地を耕しそこでとれた作物を首長にささげるのだそうだ。そのほかに勝った村の人々に使われたり、他のクニとの交渉に使われたりするという。」
「そんな・・・ひどい。」
シュカはうつむいた。こみ上げる涙を必死に抑える。人が人を使うなんて・・・・。
シュカは泣かないようにぐっと目に力を込めるともうひとつの疑問を投げかけた。
「では、十分な土地もあり近くに水もあるのに土地がやせ、農耕がおこなわれていなかった村はどうしてなんでしょう。」
「それは多分、戦によって働き手が失われせっかくの土地も耕せるものがいなくなったのだと思う。そうした土地も増えていると聞く。」
農地を手に入れるための戦であったはずなのに、戦が終わってみればそれを耕すものがいない。何のための戦だったのか。これではただの殺し合いだ。何の意味があるのかシュカには到底理解できそうになかった。
「シュカ、戦で最も傷つくのはだれかの。」
「・・・こどもだと思います。」
「そうじゃ。幼子は戦によってすみかも、家族もなくすものが多い。しかしな、本当に恐ろしいのは幼子がなくすのが人やものばかりではないということじゃ。争い、殺しあう姿を見た子が大人になったときどのような大人になるのか・・・・。守られるべきものが一番傷つくのじゃ。」
「シュカ。信じたくないかもしれぬが、これが今の世の現実じゃ。クニは数年前わしの目の届くだけでも20を超えていた。しかし、今クニは10あるかないか2まで減っておる。これがどういうことだかわかるか。」
シュカは頭を働かせた。20あったクニが10になった。クニとしてうまくいかなくなった・・・・。分解したのだろうか・・・。しかし、数年のうちにそんなに多くのクニが分解するとは考えにくい。
・・・。さっきのアサギの言葉がよみがえる。『奴隷は他のクニとの交渉に使われる』
「村を吸収して土地を広げていたクニが、今度はクニ同士の争いをはじめたということでしょうか。」
「うむ。そうだ。いま急速に国同士の争いが激しくなっている。10余りのクニの中でも大きな力を持っているクニが生まれておる。そのクニの目的は何かわかるか。」
シュカは頭を巡らしたが、争いの原因など思いうかばなかった。
「わかりません。」
シュカは首振ってこたえ、大巫女に答えを求めた。
「それは権力と支配だ。一度勝ち権力を手に入れたものは欲が出る。権力はときに人を狂わせる。増えた人を養うための土地も必要となる。戦は自分の強さの誇示じゃ。自分に傅くものを増やしたいという欲望に逆らえなくなっておるのかもしれんな。」
大巫女の言葉はシュカの胸に重く響いた。