(27)彼の人となり
(27)
シュカとアサギの関係は、表面上は何事もなく過ぎて行った。側役になったからといって、特に一緒に過ごすというわけではなかったからだ。
それでも三日に一度は大巫女のもとで二人そろっての修業が始まった。
宮の歴史や村について、力について、薬や自然の営みについてなど大巫女自らが語るそれは多岐にわたった。シュカやアサギは疑問を問い、大巫女から考えを問われながら学びを深めていった。
大巫女は間違った答えを言っても決して怒らず、じっくりと考えを述べ、シュカやアサギのその答えに至った道筋を丁寧に問いながら正しい道筋へと導いた。
シュカはそうした学びを大変好んだ。もともと落ち着いた表情の下に強い好奇心を秘めている少女だった。知りたいことを泉のように沸かせていたシュカにとって、様々な答えを得られるこの時間は夢のように楽しかった。アサギは聡明で、考えに道筋が立っていた。シュカは、アサギから発せられる嫌悪の気配に気まずさはあったが、知識豊富な言葉に感心することが多かった。
アサギにとっても本来なら大巫女の側役として自分だけが大巫女の話を聞くはずだったのにという思いは消えていなかったが、物事を柔軟にとらえ自分では思いもよらなかった発想をするシュカのことをまた違った目で見ることも出てきた。
「でも、うらやましいな。シュカ。アサギ様がおそばにつかれるなんて。」
朝の水汲みは相変わらずで、でも当初に比べたら随分と時間をかけずに往復できるようになっていた。アサギがシュカの側役になったということは公に発表されたわけではなかったが、この前遅くまで部屋に帰ってこなかったシュカを心配してくれたり、シュカが修行で抜ける分の仕事をこなさなければならないウミには側役の話を伝えた。
そのあとの廊下での出来事はなんとなく言えなかったが。しかし、ウミの今の言葉に言わなくてよかったとシュカは思った。
「うらやましい?どうして?」
「だって、あのアサギ様よ。とても素敵な方じゃない。背も高いし、男前だし。まあ、私たち巫女とどうにかなることはないけれど、とてもお優しいから巫女たちの間でも人気なのよ。」
巫女は嫁ぐことはない。嫁ぐためには宮を出なければならない。だからここでアサギが巫女を選ぶことはないということなのだろう。
「あの方はお優しいの?」
シュカはウミの抱くアサギの姿と自分が目にしたアサギの姿とがあまりにも違うことに驚いた。
「お優しいわ。私たちが会えることは滅多にないけれど、お会いした時には必ず声をかけてくださるし。たまにお手伝いくださることだってあるのよ。いつも柔らかい声で穏やかに話されるの。それに、私たちにもきちんと礼を尽くしてくださる方なのよ。」
確かに大巫女様を前にした時のアサギは穏やかではあるが、激しい一面を目にしたこともまた事実。どちらが本当のアサギなんだろう。
「お優しいだけじゃないの、武にも長けていらっしゃるのよ。剣の腕はハヤテ様に次ぐようだし、弓矢は下の村でも一番らしいわ。」
シュカはウミのその情報量に唖然とした。
「くわしいのね。」
「そうかしら。んー、そうね。働き手の女の子がいろいろと教えてくれたのよ。ほら、あなたが来るまでは私も同じくらいの巫女がいなくて一人だったでしょう。働き手の女の子と仲が良かったの。」
ということは、アサギという男は働き手にも好かれているということか…。もしかして、私は特別に嫌われているのだろうか。
シュカは身に覚えのないアサギ過剰な嫌悪に疑問を持つようになっていた。
それに加えて、どんなにアサギが嫌悪の表情を投げかけてきても蔦が動き出さないことも不思議だった。アサギに反応したのは最初に会ったたった一回だけ。敵対する者には激しく動く蔦にしては珍しいことだった。私が警戒していないということなのか、それとも・・・。
午前の仕事をひと段落させ、休憩が終わるとシュカは腰を浮かせた。今日は大巫女の部屋での修行の日だ。
「じゃあ、ウミ。行ってくるわ。」
柱にもたれてウトウトしかかっていたウミに声をかけると、ウミは眠そうにこすりながら見送ってくれた。慣れたとはいえ重労働。昼の休憩時間は貴重なのだ。
「ええ、いってらっしゃい。がんばってね。」
シュカは少し急ぎ足で大巫女の部屋へと向かった。扉の前で呼吸を整え声をかけると部屋に入った。
シュカが部屋に入ると、すでにアサギは座敷に座っていた。背筋をすっと伸ばし、きりっと整った顔で大巫女を見つめる姿は、なるほど確かに素敵に見える。こうしてみると人気があるのはうなずける。
シュカはあいさつで頭を下げながら、村にこんな人がいたらヒマリなどは黙っていないだろうな、などとのんきなことを考えていた。
「遅くなりました。シュカでございます。」
「待っていました。お入りなさい。」
シュカはアサギの隣に座った。というか、そこにしか座れないくらいの大きさの部屋なのだ。
シュカの視線に気づいたのか、「遅い」というような鋭い視線をアサギが投げかけてくる。
シュカは待たせてしまったことを軽く頭を下げて詫びた。
二人が正面を向くと、大巫女が口を開いた。
今日の学びの内容は何だろう。この前はこの宮の森でとれる薬草についてだったので、動物のことだろうか。などとシュカは心をわくわくさせながら大巫女が内容を告げるのを待っていた。
「今日は、最近の国々について話そうかと思う。」
大巫女が自然や宮、宮の歴史以外のことを話すのは珍しい。新しい話にシュカは身を乗り出した。しかし、なぜかアサギの気配が少しだけ鋭くなったのを敏感に感じ取っていた。