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(26)アサギの思い

(26)

あの日、小娘と言葉を交わした後だった。

アサギは小娘に言われるまでもなく勢いに任せて大巫女の部屋を訪ねた。

いつもの冷静なアサギであったら絶対に行わない夜の訪問だった。


すでに夜は更け、頭上には双子月が出ていた。

仲良く寄り添うさまがアサギの気持ちを逆なでする。

アサギは音を気にすることもなく、どたどたと板張りの廊下を進む。

巫女ではない自分は表からは部屋に入ることはできない。働き手用の裏口に向かって無心で進んでいた。。ここは、もしもの際の逃げ口でもある。

奥づまった小さな部屋が見えてきて、アサギは歩調をゆるめた。

扉に手をかけようとして、深呼吸をする。

アサギは大巫女の部屋の前に来て、実際に裏口を目の前にするとさすがに勢いに任せてきてしまったことを少し反省していた。


幼いころから慣れ親しんだ方だとは言え、こんな風に突然訪ねて行ったことはなかった。

さっきまで熱く煮えたぎっていた思いが少しずつ冷えていく。

父上や母上が大巫女様の考えを聞かずにこのことを決めたとは思えない。父上や母上は大巫女を絶対的に信じている。では、これは大巫女様の意思なのか。

自分は、ここで大巫女様に対して何と問うつもりだったのか。自分の熱がさめるとアサギは自分の行動の軽率さにやっと考えが追い付いてきた。


扉にかけようとしていた手を、力なくおろそうとしたその時だった。

「アサギ、入りなさい。」

アサギはその声に一瞬びくっとなった。

自分の大きな足音に起こしてしまったのだろうか・・・。いや、きっと大巫女様にはすべてが見えているのだろう。

アサギは覚悟を決めて扉に手をかけると音をたてないようにゆっくりと引いた。



向かい合わせに座った大巫女は普段と変わらぬ、穏やかな表情でアサギをじっと見ていた。

幸い夜着には着替えておられず、寝ていたところを起こしてしまったのではないことにアサギはそっと安心の息を吐いた。

「夜分に突然の訪問、大変申し訳ありません。」

アサギはせめてもと頭を下げた。

「気にすることはない。きっと来るだろうと待っておった。」

やはり大巫女には自分の行いなどお見通しらしい。たまたま起きておられたのではなく、自分が来ることを見越して起きておられたのだ。

バツが悪く頭を上げられないアサギに大巫女はあくまで優しく続けた。

「頭をあげなさい。目を見せておくれ。」

アサギは頭を上げると大巫女に視線を合わせた。その眼はほのかに蒼がかっていて、見つめると吸い取られていく感覚がした。

大巫女の目はずっと見えないという。しかし、多くのことをまた、視ているともいわれる。

お巫女の前では何も隠せない。アサギはそれが恥ずかしくもあったが、不思議と強がりもせず素のままの自分でいられることに深い安堵感を感じることも確かだった。

だからこそ、大巫女のそばで使える日を心待ちにしていたし、大巫女の役に立ちたいと心から思っていたのだ。

「これは、また。ひどく疑ってかかったものだね。」

“何を”とは言わずとも、何を示しているのかは明らかだった。

「大巫女様。わたくしにはかの娘がそれほどのものとは思えません。わたくしが側役を務めなければならないそのわけを知りたいのでございます。」

大巫女は意味ありげに口角をあげた。

「何がそんなに気に入らない。」

「わたくしはずっと大巫女様にお仕えしたく、お努めに励んでまいりました。それが覆されたというのですから納得のできる理由が知りたいのです。わたくしには長の跡目の資格がないということでしょうか。」

口元は笑っているのに、油断できない。すべてが知られているのに自分は何も知ることができない。大巫女はそんな存在だった。

「・・・跡目になることがそんなに大切か。では問うがアサギはどうして長になりたいのだ。」

アサギは押し黙った。

アサギにとってハヤテの跡を継いで長となることは『なりたい』か『なりたくない』かという問題ではなかった。長には『なる』ものだった。それ以外の選択肢を考えたことはない。

だからこそ、自分が跡を継ぐために大巫女様の側役を務めることが大切なのだった。そこから放り出されたら、自分の足元がなくなってしまったように不安なのだ。


「アサギ。人の生き方には確かにさだめはあろう。しかしな、歩む道ががっしりと決まっておるほどつまらぬものはない。さだめとはいわば道に落ちているものだ。それが大きな岩の場合もあろう、金かもしれぬ、人かもしれぬ。崩さねばその先へ渡れぬものもあれば、みぬふりをして通り過ぎるものもあるだろう。どう道を歩むのかはそなた次第じゃ。では、長というものは何なのであろう。それはさだめではない。選んだ道の先にあるものだ。そなたは道を歩いておるかのう。」

道を歩いているか・・・・大巫女様は自分がまだまだだということが言いたいのだろうか。


「そなたはまだ自分の目を持たぬ。シュカが何者であるのか、どうしてそなたを側役に据えたいのか、わしらが何と言ったところでそなたが納得することはないだろう。良い機会だ。そなた自身で見極めよ。シュカから見えてくるものが必ずあるはずだ。自分の目は自分で育てるのだ。自分の正しき道を自分の手でつかみなさい。」

長になりたければ、自分の手でつかめということか。

それとも、小娘の側役をしながらしっかり小娘を見極めろということか。

どちらにしても試されている。アサギはそう思うのだった。


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