(25)可愛げのないやつ
(25)
草むらには茶色い頭が見えている。
周りほ警戒しているのか、くるくるとよく動く頭が下に降りるのを待つ。
息を潜め、低い姿勢から素早く矢をつがえると狙いを定め、一気に引くと手放した。
シュッ、カツン
明らかに岩に当たる音に、舌打ちをする。
「ちっ、またはずれだ。」
一瞬びくっとして草むらから飛び立つ鳥をにらみつける眉間にはきつい皺が寄っている。
くそっと投げた弓矢を、にやにやと笑いながら拾ったのはマニだった。
「なんだよ、最近荒れてるなぁ。男前が台無しだぞ、ほら見ろ怖がって獣すら逃げてんじゃねえか。」
着物をだらしなく着た、ひょろっと背の高いマニはたいていにやにやと笑っている。その目は糸のように細く。にやにやした笑いが全く嫌味に見えないのは持って生まれた特性だろう。
「うるさいよ。」
力なくつぶやきマニの持った弓矢をひったくると、アサギは踵を返し歩きだした。
マニは相変わらずにやにや笑いで、アサギの後ろを着いて歩く。マニはいつになく落ち込んだ様子の幼馴染をなんとからかってやろうかとさらに笑いを深めた。
「で、どうしたのかな。落ち込んでる理由は女かな?」
アサギはマニのにやけた顔を一瞥すると、顔をそむけ弓矢の手入れを始めた。
女・・・確かに女だ。あの女が来てからだ。いや、来ることになってからだ。
最近何をやってもうまくいかない、思い通りにならない。
得意の狩りだってこのざまだ。
「ほらほら、またここに皺が寄ってるよ。」
マニがアサギの眉間に人差し指を当てる。
「あれっ?ホントに女なの?今まで女なんかに見向きもしなかった癖にどういう風の吹きまわし。」
「そんなんじゃねえよ。」
「あらら、アサギが女に悩まされてるなんて知れたら、村の娘たちないちゃうなぁ。」
アサギはため息をついた。
「お前の頭ん中にはそんなことしかないのかよ。女は女でも色恋じゃねえよ。第一巫女だ。」
「巫女様との禁断の恋ですか?」
こいつには言葉が通じないのだろうか。アサギは呆れた目でマニを見た。
「だから違うって。」
「そんなこと言ってないで、話してごらんよ。僕が相談に乗ってあげるよ。」
もし本当に色恋で悩むことがあったとしても絶対に相談しない。アサギは心の中でそう誓った。
「宮に新しい巫女が来たんだ。まだ小娘だよ。14になったばっかりだって言ったかな。」
「14才だったら、別に十分じゃないの?かわいい、その子?」
アサギはシュカと云った娘の顔を思い浮かべた。
大きな目は力強かった。こちらがどんなに睨んでもしれっとしていて可愛げがなかった。色は、大巫女と張るくらい確かに白かったし、髪は黒く艶やかだったが・・・
「大したことないよ。」
美人の部類には入るのかもしれないが、まだまだ子どもだ。それに可愛げがない。
「ふーん。そうなんだ。その子どもがどうしたの。」
「そいつ。父上と母上が直々に迎えたんだ。」
マニはその言葉に目を見張った。マニもこの村の男だ。宮に迎えられるものが数少ないことを知っている。巫女は特別なのだ。ある程度の力がないと宮には入れないらしい。
働き手のものは力なぞなくても入れるのに、巫女を願ってきたものが宮に迎え入れられるのはまれだ。まして、長と奥さまが直々に迎えるなど、どれだけの力をもっているのか・・・。
「父上が一介の巫女を『様』で呼ぶのを初めて聞いた。それだけのものとは思えん。」
三カ月ほど前、父上と母上が突然、宮を空けた。
いつも通りお勤めに上がったら、すでに父上も母上も宮を出立した後だった。前日に突然しばらく宮を空けることを言われた。
宮を頼むと云いながら、父上は「仕事は補佐を務めるタマセに任せてある」と云った。父上が自分をまだ子どもとして見ていることを知ってはいたが、こうも頼りにされていないことを見せつけられると、歯がゆい思いがした。
確かに村ではこうして仲間とともにいることもあるが、お勤め自体は至極真面目に取り組んできたし、長の息子として恥じないふるまいをしてきたつもりだ。
代々長を継ぐ者は大巫女の側役として仕える。そこで仕事や宮の教えを学ぶのだ。父上も自分くらいの年には大巫女の側役を命ぜられていたという。
どうすれば認めていただけるのか。
そして、宮を空けた父上と母上が直々に連れ戻ったのが、あの小娘だった。
あの女にどれほどの力があるというのか。ウミや他の若い巫女との違いなど感じなかった。
父上や母上には殊勝にふるまっていたが、一体腹の中では何を考えているものか。
「でも、何がそんなに気に入らないのさ。」
マニのことばに、アサギは憎々しげな声を発した。
「よりによって、父上はその小娘の側役におれを据えようとしているんだ。」
なぜ、側役をつけようとするのか自分には理解ができなかった。
父は一体何を考えておられるのか。母上も母上だ。なぜとめないのだ。
「なんで、大巫女様じゃなくてその子なんだろうね。」
そうだ。大巫女様だ。
自分は大巫女様に仕えるはずなのだ。決してあの小娘に仕えるつもりはない。
「どうするの?」
「どうすることもできん。父上が決められたことは覆らん。形だけは従うさ、言われたとおりに。」
そうだ。大巫女様のために形だけだ。自分が化けの皮を剥いでやる。
アサギは大巫女の部屋に押し掛けたときのことを思い出していた。