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(24)双子月の下

(24)

やっと慣れたかなぁと思っていたのに、アサギの一言で急に村に帰りたいと思う自分の心にシュカはため息をついた。

村にいるときでも、一人になりたいと思っていたシュカが、こうして村を欲することに自分自身で呆れてしまう。でも、いつもおばばはどうしているか考えないときはなかった。おばばにあって、優しい笑顔を見たい。その欲求に押しつぶされそうになる。

シュカの足は、自分の部屋ではなく宮の外に自然と向かって行っていた。



足元は双子月が明るく照らしてくれる。

水汲みで通う階段は、多少暗くても戸惑わないくらいは慣れていた。

湖の近くまで降りるとさすがに水面を吹く風が冷たかった。自分の吐いた息が白くなるのが見える。

最初に訪れた時からこの湖は村を思い出させた。

シュカは湖の縁に座りこむと手を組んで頭を下げた。

「豊かな湖のシェイ様、しばしの間こちらで休ませていただくことをお許しください。」

シュカか両手を湖に浸けると蔦が伸びる。まるで水を吸い込むかのように生き生きと動いている。

湖のそれを温かく受け入れる気配を感じ、シュカはやっと心を落ち着けることができた。

この宮に来てからもうすぐひと月。やっと仕事にも慣れ、他の巫女とも予想以上に仲良くできている。もちろんそれはいつもそばで助けてくれるウミの存在が大きい。

しかし、修行に励めばそれだけ成果を感じることができるし、この宮の者たちは働けば働いただけきちんと認めてくれた。

ここにいる巫女たちはそれぞれの力を過信することなく冷静に受け止め何かに役立てるために頑張っている。一人ひとりが自分のなすべきことのために努力する、そういう教えが行き届いていた。

シュカはこの環境の素晴らしさを感じるたびに、自分の幼さやふがいなさを実感していた。

だから、アサギの言葉には腹が立ったが、シュカ自身がもっともだと思う部分もあったし、側役がつくことは中途半端な自分には不相応だとも思った。

シュカは自分の幼さや甘えをアサギのあのまなざしに見透かされているような気がしたのだ。


村でそうしていたようにシュカは、ほとりに腰を下ろすとぼんやりと空を見上げた。

今日の双子月は互いが近いので光が強い。すでに月はシュカの真上まで上がっていた。

おかげで星は見えないが、それでも月から遠い山裾のあたりにはかすかに星が瞬いているのが見えた。

村ではいつも、つらいことや悲しいことがあるとこうして湖までやってきた。

そして、湖には自分をもっとも慰め甘やかしてくれる存在がいたのだ。

しかし、ここは村ではない。

シュカの胸にさみしさがあふれる。

シュカはただ、湖の静かな調べと明るい夜空に心を傾けるしかなかった。


どれほどそうしていただろうか。双子月が雲に隠れてしまった。

ずっと空を見上げていたシュカの体はすっかり冷えてしまったので、シュカは腰を上げようとした。

しかし、腰を上げようとしたとき、かすかに湖が靄に包まれていることに気付いた。

背中がざわざわとして、蔦が落ち着かなくなる様子が伝わってくる。

シュカは伸びてきた蔦を優しくなでた。

あっという間に水面が隠れるくらい靄が湖を覆っている。

シュカが目を凝らすと、湖の向こうから何かが近づいてくるのが見える。


まさか


シュカは段々と姿がはっきりとしてくるその者に、知らず涙がこぼれてくるのを止められなかった。

それは、シュカの間近まで来ると動きを止めた。白いつややかな手がシュカの頬を滑る。

「また、泣いているの?」

シュカは声を発っせず首を振る。涙は止まりそうもない。

「・・・っく、うっ・・ト・・トウヤ。」

シュカは絞り出すように名を呼ぶと、その者にしがみついた。

トウヤはゆっくりと背をさする。その顔には、慈愛に満ちた笑顔が浮かぶ。

「・・うっ・・・もう、会えないかと思ってた。」

トウヤは腰に回した手を強めると、背をさすっていた手を頭に回し、優しくなでた。」

「ふふふ、大丈夫って言ったじゃない。」

トウヤだ・・・。本当にトウヤだ。

村を出ることが決まって、いくら湖に行っても出てきてくれなかった。さよならも言えずにトウヤと別れなければならなかったことがシュカの心に傷を残していた。

「でも、どうして?」

ここは村ではない。どうしてトウヤがいるのか。

「ここの湖は、村の湖につながっている。つながっていれば、どこへでも行けるんだ。」

確かにつながっていた。それは湖をとおって船に乗ってやってきたシュカが一番よくわかっていたことだ。

「とにかく、あなたに会えて本当に良かった。本当に。」

シュカはトウヤから離れると涙をぬぐって微笑んだ。

トウヤは村で会っていたときと何も変わらなかった。まったくそのままだ。


シュカとトウヤは湖のふちに腰を落とすとしゃべり始めた。

この宮へどうしてやってきたのか。どんな暮らしをしているのか。友だちや他の巫女について。

話は尽きなかった。それは月が西に傾くまで続いた。


シュカはトウヤとの久しぶりの逢瀬に夢中になっていて気付かなかった。

その様子を森の中から見ている者がいたことに。


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