(23)怒りの矛先
(23)
「「はっ?」」
シュカは云われた意味が分からず、口をあけたまま固まった。シュカと同じように固まっていた人物がもう一人いた。
しかし、その人物はシュカよりも早く覚醒し、顔をゆがめると次の瞬間には非難の声を上げていた。
「父上、どういうことです。どうして私がこんな小娘の側役をしなければならないのです!!主の後継は大巫女の側役をするのがしきたりのはずです。」
かなりの勢いで詰め寄られたハヤテだったが、その表情は落ち着いたものだった。
ハヤテはアサギを一瞥すると、低い声でアサギに告げた。
「言葉を慎め、誰のことを小娘とのたまっている。このことは大巫女様もご了承のこと。お前が意見できることではない。」
ハヤテの厳しい声と表情はシュカが初めて見るものだった。先ほどの発言にも驚いたが、いつも穏やかで優しいハヤテの見たこともない一面の方にシュカはひどく驚いた。
その威厳は、宮の主として生きる男そのものだった。
「私どものしつけが悪かったようで、失礼な口をききました。申しわけない。」
すでにいつもシュカに見せる表情に戻ったハヤテに謝られ、シュカはただ首を振った。
シュカは諌められたアサギをうかがい見た。
すると、シュカの視線に気づいたのかアサギもシュカの方を見る。その視線は、人など簡単に射抜くのではないのだろうかと思うくらい鋭かった。
シュカはこんなに憎しみのこもった目で見られるのは初めてだった。その強い思いに、背中がぞわぞわとする。
シュカは腕に蔦が一本伸びてくるのを感じた。シュカは腕をぎゅっと握ると心の中で「大丈夫」と繰り返した。蔦は握りこんだシュカの手のひらをなでるように動いて引っ込んだ。慰めてくれている。シュカは少し心が温かくなるようだった。
いつの間にか入っていた肩の力を抜くと、アサギを見据えた。ここで負けたくない。
突然のことに驚いたのはわかる。しかし、シュカだって初めて知ったのだ。大人の思惑も分からない。自分自身の足元もまだ不安定だ。憎しみを向けられるのは心外だった。
アサギはじっと見つめたシュカの瞳を忌々しげに見つめ、不意にそれをそらすとおもむろに立ち上がり何も言わずに部屋を出て行ってしまった。
「シュカ、うちの愚息がごめんなさい。厳しく育てたつもりだったのだけれど、跡取りにものすごくこだわっているようで。私たちが忙しくて手をかけられなかった分、周りにちやほやされてしまって。母親のせいだわ。ホントにごめんなさい。」
ハネの謝罪にシュカは首を振った。
「アサギ様のおっしゃる通り、私はただの小娘でございます。アサギ様が腹を立てられるのももっともだと思います。大巫女様が何をお考えなのか、私に窺い知ることなどできません。なぜわたくしに側役が必要なのでしょう。」
シュカの言葉に異論を唱えたのはハヤテだった。
「シュカ様。シュカ様はただの巫女ではありません。まして、小娘など・・・。」
ハヤテの声は穏やかそのものだった。先ほどの力強さが幻のようだ。困って眉を寄せる様子など、シュカの知っているハヤテだった。
質問に答えてくれたのはハネだった。
「シュカ様、シュカ様を前に朱月の巫女だと申し上げたのを覚えておいでですか。」
ハネの言葉にシュカは記憶をたどると頷いた。
「朱月の巫女は特別な巫女です。双子月を動かす巫女とも言われています。シュカ様はその朱月のさだめを持った巫女なのです。詳しくは私にも語ることができません。しかし、時が来れば必ず大巫女様からお話があります。不安かもしれませんが、お許しください。」
シュカに対する二人の口調がまた丁寧な形に変わっている。ここで二人に問いを投げかけてもきっとこれ以上の答えは聞けないのだろう。シュカは無意識でため息をついていた。
シュカはハヤテとハネの部屋を出ると、長い廊下を歩いていた。
赤い柱の向こうには、冬を迎え冷たくなった夜の風が吹いている。
廊下の中盤に差し掛かった時、シュカは背後で床がなったのに気がついた。
「おいっ。」
シュカは振り向かないまま足を留めた。
「おいっ、聞こえてんだろ。」
シュカは、振り向くと意識して声を荒げないように云った。
「聞こえています。大きな声を出さないでください。」
アサギは、さっきと同じ憎しみのこもった目でシュカを見つめていた。
「お前、父上や母上、大巫女様に目をかけられてるっからって調子に乗るなよ。おれは絶対にお前なんかに仕えるつもりはないからな。」
シュカは気持ちで負けないように強い目でアサギを見た。そして、わざと笑って云ってやった。
「アサギ様、私は『おいっ』でも『お前』でもありません。なんと言われても、私にはどうすることもできません。何か仰りたいことがあるのなら大巫女様に仰ってください。」
アサギにはとんでもなくかわいげのない女に映ったであろう。しかし、シュカとて頭ごなしに否定されるいわれはない。
さっきの部屋で全く腹が立たなかったわけではないのだ。
「くっ・・・。云われずとも分かっている。覚えて居れ、このままでは措かぬからな。」
アサギは憎々しげに廊下を歩いて行った。
きっと、いや絶対に大巫女様のところにも行くのだろうなとシュカは心の中で思った。
まあ、ここの生活でそう一緒に過ごすこともないだろう。名前だけのことだろうとシュカはあまり心配していなかった。
シュカはアサギの去った方をじっと見つめながら、柱の外から吹いてくる風を頬で感じていた。
ここは山の上に立っている割には冬の気候が穏やかなようで、シュカはまだ雪を見ていなかった。
シュカが育った村では秋祭りが終わると間もなく雪が舞い始める。いつもの年だったら、雪に閉ざされた村の中で女たちが集まって機織りに精を出す時期だった。
今日は夜に明かりがこぼれて森の様子がよく見えた。
紅い柱からハネの話に出ていた双子月を覗き込むように見つめた。今日の双子月は寄り添うようにならんで浮かんでいる。だからいつも以上に光って見えた。
自分を見極めるためにここに来たはずなのに、なかなかそれが進まないことにシュカは先の見えない暗闇を歩いているような気分だった。
せめてこの夜のように、足元を照らしてくれる明かりがほしいとシュカは思うのだった。