(22)ハネの部屋
(22)
「シュカでございます。」
夕餉のあと、シュカは宮の東の部屋にやってきていた。教えられた部屋の前までくると扉の向こうに声をかけた。
中から、入るように声がする。
「失礼します。」
シュカは扉に手をかけて音をたてないように開けた。
部屋の中には、ハネとシュカが予期せぬ人が座っていた。
「ハヤテ様!!」
思わず声を上げシュカは部屋の中へと駆け寄った。
結局、宮へやってきた日からハヤテとは再び会うことができなかった。宮の中で働いている男性は大変少なく、シュカのような新人が行う仕事場ではなかなか会うこともなかった。
たまに出会う男性の働き手の中にハヤテがいなかったため、宮へ来るための旅のお礼も云えないままだった。
シュカはハヤテの前に座ると頭を下げた。
「お久しぶりでございます。ハヤテ様。」
ハヤテは柔らかい笑顔でシュカのあいさつを受け入れてくれる。
「シュカ様。お久しぶりです。お元気そうで安心いたしました。この前はきちんとしたご挨拶もせず失礼いたしました。」
「そんな、きちんとご挨拶しなければならなかったのはこちらでございます。お礼も申さずに失礼いたしました。でも、ハヤテ様もお元気そうで安心いたしました。お会いできなかったので、心配していたんです。」
「シュカ様、恐れ多いお言葉です。」
頭を下げるハヤテに慌ててシュカは手を振る。
「そんな。やめてください。私は一介の巫女でございます。どうぞシュカとお呼び下さい。そもそも、ハネ様もハヤテ様もどうして私に様をつけられるのでしょうか。」
「そんなっ・・・当たり前です。私は・・・」
「はいはい、そこまで。」
二人の話が終わりそうにないと読んだのか、ハネが二人の会話を遮った。
そうだ、ハネに呼びだされたのだったとシュカは思い出した。
シュカはハヤテを見て、思わず体が動いてしまったことを反省した。
「シュカ。今日は前に約束していた通り、私の家族を紹介しようと思い、あなたを呼んだんですよ。」
ハネは下働きのものから『奥さま』と呼ばれている。宮でのハネの様子を考えると旦那様は身分の高い方なのだろうとシュカは考えていた。
「そうなのですか、私も楽しみにしていたのです。」
シュカの言葉にハネは、片眉をあげてニヤッと笑った。
「あら、楽しみにしてくれていたのはうれしいわ。」
でも、部屋にはハネとシュカ、ハヤテしかいない。シュカの顔に疑問が浮かんでいたのが伝わったのだろう。ハネが笑いを含んだ顔をしながら手で示した。
「こちらが私の旦那さまよ。」
えっ?その手を伝って示された先を見る。・・・・ハヤ・・テさ・・ま?
ハヤテはシュカのぽかんとした表情に苦笑いしながら云った。
「隠していたわけではないんだが、云いそびれてしまって。私とハネは夫婦なのだよ。」
シュカは驚きに目を見開いた。だって、旅の時もそんなそぶりひとつも見せなかった。
確かに仲は良かったように思ったが、結構年も離れていると思うし。
シュカは、ハヤテと違い故意に驚かそうと隠していたのだろう人物を見た。
「そんなに意外かしら。これでももう連れ添って18年になるのよ。私、ハヤテの奥方に選ばれて宮を出たの。」
「意外とか、そういうんではないんです。でも、考えたことがなかったので驚いてしまって。ごめんなさい。」
「そんな謝らないでください。ハネが驚かそうとしたのが悪いのです。」
「そうですよ、謝るのはこちらです。驚かしてごめんなさいね。」
ハネは、いたずらが見つかった子どものように無邪気に笑っていて、シュカも思わず笑ってしまった。
「ハヤテ様はこの宮で働いておられるのですか?こちらに来てから一度もお会いできなかったのでこちらにはいらっしゃらないのかと思っていたんです。」
今度はハネとハヤテが驚く番だった。一瞬二人は顔を合わすとハネはたまらず吹き出した。
「ふふっ。ハヤテは一応この宮の主なのですよ。表だってみんなと働くことはありませんが、宮の外での仕事を中心にこの宮を支えてくれているのです。」
「そうだね。私はなかなか宮にいない。大巫女様のお役目で宮をあけていることも多いからね。まあ、主といっても、宮を出られない巫女たちの代わりに外での役目をするのが仕事のようなものさ。その代わり、内でのことはハネが仕切ってくれているからね。」
疑問に思っていたことが分かってシュカは納得するとともに、二人に失礼なことを聞いてしまったことに真っ赤になった。
また、失礼なことを云ってしまった。どうしよう。そういえばハヤテの父カカも宮で大巫女の側役を仰せつかっていた。カカはあの後主を継いだのだろう。そして、カカの跡を継いだのがハヤテだったということなのだ。
「ごめんなさい。また、失礼なことを・・・・。」
「まぁまぁ、そう小さくなられてはこちらが困ってしまう。いつもの笑顔をお見せくださいな。」
ハヤテは相変わらずシュカにとても優しかった。失礼だと怒ってもいいのに、シュカは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
なかなか顔をあげてくれないシュカに、ハヤテは思い出したように声を上げた。
「そうそう、忘れていた。もう一人紹介しようと思っていたんだ。」
ハヤテはハネに目配せをすると、ハネはシュカが入った戸とは違う方にすり寄ってそこにあった戸をあけた。
戸から入ってきたのは、スラっと背の高い若者だった。すっと通った鼻筋に鋭い瞳、でも頬はまだややふっくらとしていて少年らしさを残している。村の女の子が見たならば黄色い声を上げそうな美男子だった。
若者はシュカを全く見ずにハヤテの隣まで進むと、さわやかな所作で腰を落とした。
座ったのを確認してハヤテが紹介した。
「紹介します。私の息子のです。アサギです。」
アサギと言われた少年の顔をよく見ると、目元がハヤテによく似ていた。気の強そうなところはハネに似ているか。
しかし、ハヤテが続けたことばに反応したのはシュカだけではなかった。
「今日からアサギがシュカの側役になります。」