(1)朝
(1)
シュカの朝は、水くみから始まる。
山裾がうっすら白む頃、シュカは手提げの桶を両手に持って森の入口にある湖までやってくる。
桶2杯を三往復。それがシュカの朝の仕事だった。
「うん、今日も気持ちの良い朝。」
シュカは大きく腕を持ち上げて伸びをした。森から流れる澄んだ空気を胸いっぱい吸い込む。
少し冷えた夏の終わりの朝の空気は、寝起きの熱い体に気持ち良く染み込んでいく。
湖につくとシュカは桶を体のわきにそろえて置き、膝をついた。
来る途中で手折った榊の枝を澄んだ湖に濡らし、持ち上げて自分の額につける。
目を閉じると、シュカは小さく祈りの言葉をくちずさむ。
「豊かなわれらの湖の神様、恵みの水をお分けいただくこと感謝いたします。」
湖の神に祈りをささげ、手と口をゆすぐ。
すべての自然には、神が宿る。神に感謝し、力を分けていただくことで私たちは生かされている。それがおばばの口癖だった。
朝一番のこの祈りを行うと、シュカの体に自然と力が満ちてくるような気がした。
シュカは立ち上がり、膝についた土を軽く払うと桶に八割がた水を汲んだ。
水を汲み始めた当初は、桶いっぱいに水を汲んで運ぼうとしてつまずいたりよろけたり。時間がかかってやっと家にたどりついても、桶の中の水は半分などということは珍しくなかった。
仕事をこなす年月の中で、シュカは体に負担をかけず効率よく運ぶ量を自然と身に付けた。
慣れた今では、陽が完全に山際に姿を現すまでには甕をいっぱいにできる。
村の外れ、森のすぐわきがシュカの暮らす家だった。
柱の細い、簡素な家だがこのあたりの家は代々そんなものだ。
水くみが終ると、かまどに火をおこす。ここでもシュカが火の神に祈りをささげることを忘れることはない。
「気高き火の神様。その熱き炎をお分けいただくこと感謝いたします。」
目をあけると火打ち石で枯れ草に火をつける。
炭の上に積み重ねた薪の隙間にそっと差し入れて薪に火を移す。
しばらく経つとぱちぱちと音がして、炎がかまどの中に広がっていった。
シュカは満足そうに頷いた。
かまどにかけたなべの湯が沸くころ、おばばは竹で編んだざるに畑の野菜を載せてかえってくる。朝餉は野菜と少しのコメを炊いた汁だ。
二人っきりのご飯は、しかし、いつもにぎやかだった。
もっぱらしゃべるのはシュカで、おばばはそれを表情をにこやかに聞いている。
この家に暮らすのはおばばとシュカの二人だけ。
シュカが物心つく頃にはすでにそうだった。
おばばはシュカの本当のおばばではない。
その事実もまたシュカが物心つくころには当然のこととして知っていたように思う。
誰に、改まって聞かされた覚えはない。
13年前の雲ひとつない真っ青に晴れた日の朝、先ほどシュカが水を汲んだ湖のほとりに白い産着に包まれたシュカが置かれていたのだという。
それを朝の水汲みに訪れていたおばばに拾われたのだ。
拾われた時、産着は組紐で留められていた。
その組紐に編みこまれていた意匠が朱花の花だった。シュカという名前はその花の名からとられた。
村の中ではシュカが拾われた子であることが隠されることもなかった。
だから、シュカは両親を知らない。
両親どころか、自分がどこでどう生まれたのかも知らなかった。
それでも、シュカがこの暮らしに不満を持ったことはなかった。
いつもにこやかで、でもしつけには人一倍厳しかったおばばは、もうすぐ14歳になるシュカを普通の子と変わりなく大切に育ててくれた。
村のみんなも拾われ子のシュカを村の一員として受け入れてくれた。
たまに「拾われっ子」と馬鹿にする心ない子もいたが、必ずシュカをかばい、手を引いてくれる子があった。それがこの村の温かく、シュカがこの村を愛する理由でもあった。
シュカは、自分が村の人々からも大切にしてもらっていることを知っていたのだ。
それは、シュカが、というよりも村の人々から信頼を受けるおばばのおかげでもあった。
おばばは村のほかの人々と同じように畑や糸紡ぎをして暮らしている。
しかし、豊作を祈る春の祭りや収穫を祝う秋の祭りでは、祈祷をささげたり、村の人に頼まれて卜を行ったりとかんなぎのような役目も行っていた。
おばばがかんなぎを務めるようになってから、大きな天災もない。
そのため、おばばは村の人々から頼りにされ、敬われていた。
シュカは小さい頃から村の人々の前で凛と祈るおばばの姿を見て育った。
60歳を過ぎても、若かった頃大変美しかったであろう面影を残すおばばはシュカの自慢であり、そのおばばに育てられたということが誇りでもあった。
そしていつか、おばばの後を継いで村のかんなぎを務め、村の役に立つことでおばばや村の人々に恩返しをしたいと思うシュカだった。